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怪物の日5

 程なく食事を終え、それぞれの部屋に戻ると、俺は軽くシャワーを浴びて直ぐにベッドへ。

 明日の朝は早い。シャワーを浴びた時には一時的に冴えていた眼も部屋を暗くするとすぐに任務中の緊張と戦闘による精神と肉体両面の疲労に晒されて閉じられていった。


 そのまま翌朝6時までぐっすり眠り、7時までの一時間で用意を終えるとコーヒーを一杯だけやる時間が出来た。ミルクと砂糖を入れたそれを朝食代わりに手早く飲み干してチェックアウトし、車で空港まで送られる。

 途中目にする朝の街。貧民街のそれは見えなかったが、この辺りはまさに都会のそれ。それもこの時間ではまだ人も疎らで、所々朝の早い仕事に向かう人々と、ゴミの収集ぐらいしか人は出ていなかった。

 街は綺麗に清掃が行き届き、要所要所を固めている公社の監視網は浮浪者も酔っ払いもポン引きも一切の例外なく許してはいないようだ。

 清潔で整然とした街。とてもすぐ近くの、それとは正反対の貧民街と地続きとは思えない世界。

 そこを離れて高速道路を進み、いつものように空港の隅から専用機でおさらば。


 北ヴィンセント島に戻り、デブリーフィングを終えて装備管理課にチップと共に装備を預け、ようやく解散となった時には既に夕方に差し掛かろうという頃。

 「それじゃあ、お疲れ様でした」

 「お疲れ様でした」

 エレベーターで元の世界へ。

 独特の無重力感に包まれること数秒。とてもこんな滑らかなエレベーターがあるとは思えない廃墟の中へと帰ってくる。


 「ただいま……っと」

 誰もいない廃墟にそう告げて外へ。スマートフォンをポケットから出してみると、まだ11月初旬の木曜日の昼の12時を少し回ったぐらい=出発時刻のまま。

 その昼間の人通りのない町へと足を踏み出す。

 どこにでもある、代わり映えのしない住宅地。銃声もない。爆発もない。誰も丸腰で、当然ながら公社の他律生体もいない。

 ――帰ってきた。俺は帰ってきた。

 一歩一歩足を踏みしめる度に、その事をようやく実感する。

 俺は帰ってきた。生きて帰ってこられた。

 何気ない周囲の景色が、それをしっかりと俺に理解させるまでそう時間はかからない。


 「……よっし」

 俺は無事だ。俺は生きているんだ――その喜びが自然と俺を走らせた。

 久しぶりの全力疾走。マンションに帰るまでそれを続け、ほぼノンストップで自室へ。

 「ただいま!」

 扉を開け、靴を脱ぐのももどかしく自室に飛び込む――カッティングパイもルームクリアリングも必要ない。

 俺は帰ってきた!俺は生きている!!俺は生還した!!!


 ベッドに飛び込む。

 向こうのホテルのそれのような豪華なものではないが、それでもこちらの方が素晴らしいと自信を持って言える。

 傭兵になって身についた習慣はいくつかあるが、生還時のこれも間違いなくその一つだった。


 「フフハハハハハッ!!」

 意味もなく笑い、それからベッドから起き上がると冷蔵庫へ。

 奥の方に転がっている缶に手を伸ばし、キンキンに冷えたそれを手に包み込んで取り出すと、プシュッと軽快な音を立てて口を開けたそれを一息に煽る。

 「……っはぁ!!」

 半分ほどを一気に飲み干し、冷たさと炭酸が喉を圧迫するのを感じて缶を口から離す。

 しかしその間にも、その圧迫が喜びに変換されていく。

 「ハハハッ、ハハハハ!!」

 喉に、いや全身に飽和したその感情が笑いとなってあふれ出る。

 缶を持ってカーテンを開け、窓の向こうの街並みを一望。所詮地上3階の眺望などたかが知れているが、それでも満足感は十分だ。


 俺は生きている。生還した。仕事を終えた。そう、仕事が終わったんだ。平日の昼日向にだぞ!だからこうして飲んでいるのさ、昼間っからビールを!そうだ!ビールだ!プライベートブランドの発泡酒とかではない。税金を飲んでいるような金額の、本物のビールだ!


 別に酒が好きな訳ではない。ただ、生還した日はこういう事をしてみたくなるのだ。

 平日の昼日向から仕事もせず家で酒を飲み、しかして収入はしっかりとある――背徳であり、会社勤めをしていた頃には最高の贅沢と思えたそれを存分に味わうのは、たとえスケールが小さいとか貧乏くさいと言われても生還祝いに相応しい贅沢に思えた。


 目の前に広がる世界を肴に缶の中身をもう一度煽る。

 何度経験しても、ドンパチやらかして五体満足で帰ってきた時のこの気持ちは衰えることを知らなかった。


 「さて……」

 空腹にビールを流し込み、酔いが回ってきたのを感じたところでスマートフォンを手に取り、キッチンに置いてあった適当なチラシを掴んで電話をかける。

 現在時刻は午後1時になろうという頃。こちらの世界では数時間前に朝食を食べたことになっているが、実際には肉体は16時間以上何も固形物を口にしていない。


 「お電話ありがとうございます!寿司処長浜でございます」

 「すいません。出前をお願いしたいのですが」

 折角の祝いだ。報酬も入った。肴を奮発するのもいいものだ。

 マキナとBMSの効果によって水あたりや食あたりを気にしなくても良くなったとはいえ、生ものを食べられるのは日本に帰ってきたからこそかもしれない。

 電話向こうの相手に住所を伝えながらメニューを開く。


 「――304号室の桂様ですね。畏まりました。それではご注文をお願いします」

 「えーっと」

 つい癖で一番安い方から見てしまう。いやいや、今回は気にしないでいこう。

 一人前メニューの一番いい奴を見つける。ウニ、イクラ、車海老、アワビ、大トロ――いう事無し。


 「えっと、握りの『頂』を一つ――」

 そこまで言ってから腹の減り具合を考える。祝いとはいえあまり暴食するのは良くないだろうが、それでもまあもう少しなら大丈夫だろう。

 「それと、マグロ盛り合わせを一つで」

 「はい。握りの『頂』をおひとつと、マグロ盛り合わせをおひとつ。以上でよろしいですか」

 「はい。それで」

 今になって思う。

 戦争映画なんかでたまに見る、無事に生還した兵士たちが「あの店で一杯やろう」というアレは、決して映画的なフィクションだけの台詞ではなかったのだ。


 寿司を待つ間、俺はふと他の連中の事を考えていた。

 分隊の他のメンバーや松原君はどうしているのだろう。

 クロは……多分この時間は学校だろうが、というか、あいつは平日のこの時間どうやって任務に参加したのだろう。上手い事学校を抜け出しているのだろうか。

 松原君は多分時間の融通は効くだろうし、分隊長や角田さんは普段何をしているのか謎だ。


 「……っまあ、なんらかしかで楽しんでいるだろうな」

 適当にそう結論付けてベッドに体を投げ出す。酔いが回った頭はいい具合に浮遊感というか、気持ちの良い地に足につかない感じを味合わせてくれる。

 しばしそうしているとインターホンが待望の到着を告げた。

 「はい」

 「お待たせしました!寿司処長浜です!」

 アルバイトと思われる若い店員がカメラの向こうに立っている。

 寿司を受け取りお代を支払えば、後は一人だけのパーティーだ。残ったビールを飲み干し、お高い寿司に舌鼓。それが終われば夜のように支度して昼寝。


 平日昼間、酒を飲み、寿司を食い、そして本能のままに寝る。

 誰も恨むなよ。誰も怒るなよ。誰も妬むなよ。

 俺はやった。それだけの事をしてきたのだから。


 スマートフォンに着信があったのは、そんな昼寝から目覚めて、夕方になりつつある世界をぼうっと眺めていた時だった。

 画面に表示される番号と登録名=実家。

 「……もしもし?」

 「もしもし冬馬?今大丈夫?」

 久しぶりに聞いた気がする母親の声。

 大丈夫だと答えると、そう返ってくるのを確信していたかのようなスピードで本題に入っている。

 「今日あんたの部屋からアルバムとか色々出てきたからそっち送ろうと思うんだけど、明日の午前中送ったら明後日つくらしいのよ。何時ごろにすればいいかしら」

 明後日送ってくるのは前提らしいし、なんなら俺がそれをこちらで引き取るのも前提らしい。


 「えっ、いいよ別に送ってこなくても……」

 「いや、あんたの部屋整理して物置に使いたいのよ。だからあんたの私物はそっちに送るから。夜8時以降ならいるわよね」

 話はどんどん進む。

 「……まあ、いいか」

 「えっ、いるでしょ8時以降なら」

 「ああ、うん。その日なら大丈夫」

 一応表向きの設定は忘れていない。


 それから話は別の方向に飛ぶ。と言ってもそれほど突拍子のないものでもない。

 一人暮らしの若い息子に実家の母がする話――つまりこうだ「早く嫁を見つけろ」

 どこにでもある話。今も昔も変わらない話。あんたのその事だけが心配よと言うから言うとおりにしたら今度は孫の顔が見られるかどうかだけが心配になるのだろう。


 どこにでもある、平和な話だ。


 ――ふと、考える。俺の本当の仕事の話をしたらどういうリアクションが返ってくるだろう。

 「……」

 「――ちょっと、聞いているわよね?」

 「ああ、うん」

 少しだけ頭をよぎった考えは、以前そうした時のようにやめようという結論に達した。

 決して分かりっこない――唐突にそう確信した。

 異世界云々を抜きにしても、つまり、もし仮にこっちの世界で傭兵をやっていて、殺したり殺されたりしていると言っても、多分この人は理解できない。

 馬鹿にしている訳ではない。決してこちらの現状を批判したり、己の仕事を自慢に思う訳でもない。ただ、余りに状況が違いすぎて、きっと想像できないだろう。あたかも地球上にいる俺たちが月面に降りた宇宙飛行士の気持が想像できないのと同様に。


 それから少しだけ話して、向こうが満足したようなので電話を切る。

 「……」

 昼寝前からオレンジに模様替えした外の世界に目をやって、それから振り返って部屋の中を見回す。


 平和な世界。平和な日常。

 これまでの人生で慣れ親しんだそれが、少しだけ余所余所しいような気がした。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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