怪物の日4
ベッドに腰を下ろして、それから重力に身をゆだねる。
少し硬いベッドのスプリングが音を立てるのがマット越しに聞こえた。
そのまま、しばしぼうっと。少し小腹が減っているのに気づく。
任務の直後は興奮もあってあまり食欲は感じないが、明日の朝は7時にはチェックアウトを済ませていなければならないとなると、ゆっくり朝食を……という訳にもいかない。今何か腹に入れておいた方がいいだろう。
現在時刻は午後8時を回った辺り。外はまだまだ多くの店が営業時間内だ。
「……いや、いいか」
折角だしふらりと出てみようか――僅かに浮かんだその考えをすぐに脳内で否決する。
賑わってはいるが観光地という訳でもないし、治安はいいとはいえ公社の連中が武装している街中では、どうにも楽しもうという気になれない。この辺りは、いずれ慣れていくのかもしれないが。
体を起こし、部屋を出る支度をする。確かホテルの1階にちょっとした飲み屋が入っていたはずだ。そこで何かつまんでこよう。
部屋を出て廊下を進んでエレベーターで1階へ。エレベーターホールを抜けると、すぐに件の店が見えてきた。
それなりに人はいるが、混雑しているという程でもない。
席はどこでもいいとのことなので店内の見渡せる適当な場所へ。
折角なのでこの辺りの名物でも――外には出ないが、疲れを忘れるという事を願うのを兼ねて観光気分を味わいたくもなった。
「頂きます」
という事で注文したのはエンパナーダという、揚げ餃子のような見た目の料理。
トウモロコシの粉でつくられた生地にジャガイモや牛ひき肉を包んで揚げたもので、コロンビアではレストランは無論の事、街中の屋台などでも販売されているお手軽な軽食らしい。
まだ温かいそれを口に入れると、油で揚げたトウモロコシ粉の生地の香ばしい香りが広がっていく。中に入っているマッシュポテトが生地とは異なる食感で舌を包んでいった。
「美味いな」
思わず漏れる。安い飲み屋とはいえホテルのレストランだけあって小洒落た更に盛られて出てきたが、成程屋台で売っていそうな素朴な味わいだ。
日本の餃子より一回りほど大きいそれが盛られた皿からもう一つを口に放り込んだ時、新たにやってきた客と目が合った。
「あっ、桂さん!」
「おお、お疲れ様」
すらりと背の高い眼鏡の青年。
松原君。北ジンバラの時にヘリで救援に駆け付け、パルスランチャーで無人ヘリを叩き落した男。そして今回のMFチームの一人。
結果的に俺の命を救ってくれた彼とは、あの任務の後も何度か顔を合わせ、馬が合う事を知った。
「隣、いいすか?」
「ああ。どうぞ」
彼もここで晩飯を済ませようという事だろう。カウンターから戻ってきた彼の手にはサンドイッチが盛られた皿と瓶のコーラが一本。
互いの労をねぎらいながらささやかな夕食だった。
「外、行かなかったんだ?」
「ええ。まあ――」
何の気なしに聞いてみると、彼は少し恥ずかしいような様子を見せながら、少しだけ声を落として答えた。
「……正直、公社の連中がいると落ち着かないって言うか」
「分かる。俺もだよ」
「やっぱそうっすか。ですよね」
そう言って互いに笑いあった。
それから話はこちらの事から日本でのことに移っていく。
松原君はあっちでは――俺同様に表向きの経歴を会社から支給されていると言うのを別にすれば――フリーターだ。
と言ってもただのプータローではない。高校卒業と同時に歌手を夢見て北海道の実家からギターだけ抱えて上京して今年で2年目。日本に帰ればアルバイトで食いつなぎながら夢を追っている。
この世界に入ったのは俺と同じく暇つぶしの一環だったらしい。
正直最初は報酬に目が眩んだことを後悔したこともあったらしいが、今ではもう慣れたという。
「あの時はちょうどバイト先が潰れて生活苦しかったから、こっちの報酬で随分助けられましたよ」
とは本人の弁。
そんな暇つぶし同士のささやかな夕食会が終わりに近づいてきた頃、松原君の方がもう一人の人物に気づいた。
「あっ、どうも」
向こうと俺は彼の声に存在に感づいた。
既に注文を終えていたのか、手にはビールと豆と肉の煮物。
「博士もここで?」
「おいおい。博士はやめてくれよ」
二人は言葉を交わして笑いあう。
博士と呼ばれた方は既に30近いはずだが、その見た目も、彼のキャラクターも相まって松原君と同年代ぐらいに見える。
「さっきまで現地警察への引き渡しやら説明やらに駆り出されていてね。それに……、正直なところ治安が良くても他律生体が見えるとどうしても――」
「「落ち着かない?」」
三人目の同類登場に声が被る俺と松原君。
「ま、そういう事」
そんな俺たちに今回CPに詰めていた他律生体専門家にしてブローネルからの出向技官レイモンド・グエン氏は笑いあいながら答えた。
それからぽつりと松原君。
「せっかく治安が良くなったんだから、本当は外行った方が色々面白いんでしょうけどね」
「そうだねぇ、多分、治安が良いのは今だけだろうし」
グエン氏の言葉に俺たちは彼をもう一度見る――今だけとはどういう事だ?
その視線の意味に気づいたのか、彼は一段声を落として話始めた。
「ここが北共、北アメリカ連合共和国のPGを受け入れている事は知っているよね」
「ええ、まあ」
だからこそ公社が来ている訳だが。
「PGの正体がただの植民地の言い換えだってことも」
「まあ、そうっすね」
俺と松原君がそれぞれ共通認識を持っているということを確認すると、彼は更に続けた。
「三大国のPGなんてのは、どこも大同小異だからね。北共はコロンビア政府に対して十八か条の要求を出している。そのうちに私立教育機関の規制緩和と経費節減のための公立学校の規模縮小。そして海外企業の進出規制緩和だ」
もっとも、海外と言っても事実上北共だけだけどね――そう付け足してから更に続ける。
「連中の支配の基本は分断だよ。富裕層を取り込んだら、後は中間層と貧困層を徹底的に分断させる。富裕層は金を持って北共に移住し、中間層は私立学校でエリート教育を受けさせるが、同時に貧困層の教育を貧弱化させて身分の固定化を進める。そうしたら、後は中間層に貧困層の管理をさせる。北共企業の現地法人で最低賃金以下で使い潰すのさ」
「でも、そんなことしたら暴動になりますよ」
そう尋ね返した時、俺は言いながらそれのもたらす結果を予想できた。
――そして返ってきた答えは、まさしくその予想の通りのものだった。
「起きるだろうね。数の上では圧倒的に貧困層の方が中間層よりも多いし、そうなった時にはPGもさらに進み、軍事・警察は公社の連中に一任される。そして彼らを派遣しているのは北共政府だ」
つまり、宗主国に絶対に逆らえない状況になるという訳だ。
何しろ、彼らのご機嫌を損ねればPGを終了し公社の部隊は引き上げてしまう。
そうなった時、残された国の中枢≒少数の中間層たちには、自分を守ってくれる軍隊や警察は存在しない。いるのは大多数の反乱軍だけだ。
そして、何もPGを受け入れているのはこの国だけではない。つまり、ここの代わりはいくらでもいるのだ。
それが分かっているから、受入国の政府はどれほど厳しい条件を課されようとも一度受け入れたPGを辞めることが出来なくなる。
「つまり、受け入れた時点で詰みって訳ですか……」
一言に要約した松原君にグエンさんはピンと人差し指を立てて答える。
「そういう事。それに、今回狙われた工場は恐らく操業停止に追い込まれるだろうね。既に関係省庁にもPGの顧問団は入っていて、そして公社は他企業の他律生体のOEMもやっていたからね。そうやって受入国の産業を奪っていくのさ」
なんともむごい話だ。ここの人間にしてみれば、それこそ暴動の一つも起こしたくなるというものだろう。
「――まっ」
重くなってしまった空気を変えるように口調を変えて締めに入るグエンさん。
パン、と軽く手が音を立てた。
「操業停止云々に関してはゴシップ的な憶測でしかないし、しばらくは治安も落ち着いているだろうから、公社の連中がいるのにも慣れたら外に繰り出すのもいいかもしれないね」
僕も含めてだけど、と付け足すとビールを一気に煽った。
(つづく)
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続きは明日に




