怪物の日1
11月初旬。日本では秋も深まり、肌寒く感じる日も増えてくる頃。
だが、赤道直下のこの辺りでは事情が違う。
南米コロンビア南西部。熱帯の密林に囲まれたスラム街。かつてはきちんとした名前もあったそうだが、今住民たちは単に「町」と呼ぶ。そんな場所。
夜になっても蒸し暑いこの町で、僅かでも涼しさを求めたかのように、町のある麓から離れて小高い山の上に建てられた工場。その周りに、今俺たちは伏せている。
「ミッドフィルダーよりオールフォワード。こちらは配置についた。全ディフェンダーの起動を確認。デバイスに偵察機が確認したターゲットの位置情報を表示するオーバー」
ミッドフィルダー=本作戦の支援部隊のコールサイン。
フォワード=今回の攻撃部隊のコールサイン。そして、俺たちのコールサインだ。
「フォワードリーダー了解。これより開始位置につく。ゴールキーパー、付近の状況を教えてくれオーバー」
分隊長の返答と問いかけに先程とは異なる声が返ってくる。
「こちらゴールキーパー。全ての侵入ルートを封鎖している。現在異常なし」
「フォワードリーダー了解。そのまま維持してくれアウト」
分隊長が振り向いてハンドシグナルで指示を出す=2マンセルで所定の位置へ。
虫の声だけが響き渡る夜の山に、俺たちは滑るように移動していく。
目指すは目の前に見えている建物=かつての工場の裏口。
僅かに光が漏れているその工場の中に今回のターゲットが潜んでいる。それらを全て排除すること。それが今回の俺たちの任務だった。
「……」
背の高い草むらの中を、身を屈めて移動する。
時折草の隙間から建物の方を見るが、2階の窓から覗くターゲットの一人にはバレてはいないようだ。
「こちらフォワード1、フォワード3と一緒に裏口に到着した。突入時間まで待機するオーバー」
俺の隣で角田さんが報告する。今回は俺とこの人とでコンビを組んで侵入する。
「フォワードリーダー了解。こちらもフォワード2と位置についた。そのまま待機せよアウト」
光が漏れないよう専用フィルムを貼ったデバイスを覗き込む。既に頭の中には叩き込んであるが、建物内の構造は詳細にデータ化されてこのデバイスにも入っている。
今回の段取りはこうだ。まず保安部隊としてゴールキーパーがこの工場の周囲を制圧。工場施設をこの周囲の全てから孤立させる。
次にミッドフィルダーによる偵察と橋頭保の確保。これは既に整っている。彼らは超小型メカにより籠城中の敵部隊の正確な数、位置、武装まで調べ上げ、建物から脱出する経路も把握して、そこにディフェンダー=移動式無人タレットを配置。俺たちが取り逃がした場合でも確実に始末するよう手は打ってある。
その上、突入時には建物全体を停電させられるよう、既に送電線破壊のための要員が待機している。
お膳立ては整っている。あとは俺たちフォワードの仕事だ。
正面からはクロと分隊長。そして裏からは俺と角田さんで侵入し、全ての敵を無力化する。
「CPよりオールプレーヤー。作戦開始まで10秒前」
新たな声。俺たちは用意してきた暗視ゴーグルを起動する。作戦が始まればこの辺りも建物の中も全て暗闇に包まれる。
「5秒前。4……3……2……1……キックオフ」
「MFリーダー、キックオフ了解」
ミッドフィルダーの隊長の声。続いて世界が闇に包まれる。残ったのは俺たちにだけ見えている緑と黒の世界だけ。
「こちらフォワード2、ゲート前の2名を排除」
「フォワードリーダー了解。開錠する」
あっさりと向こうは片づけている。
そして銃声は聞こえない。今回は全員がサイレンサーの着用を命じられている上に隠密第一とのお達しが来た。分隊長は使わないだろうグレネードランチャーを外し、角田さんに至っては分隊支援火器仕様の二型からライフル仕様の一型に戻してきている。
そう言った意味で一番普段の装備から変わっていないのは俺だろう。何しろ以前購入しておいた八角柱型のサイレンサーと低光量増幅式とサーモグラフィーの複合暗視装置の他は普段のままだ。
「じゃあ俺たちも行こう。静かに」
「了解」
きっと俺も同じような顔をしているのだろう、機械の眼になった角田さんが先頭に立って静かに扉を開く。
鍵のかかっていない扉はノブを捻ると音もなく動いた。
そうして僅かに開いた扉の向こうに、俺たちは足音すら殺してすっと滑り込んでいく。
入った先は、人二人が何とかすれ違える程度の幅の廊下。左右に扉も窓もなく、俺たちは闇に銃口を向けたまま静かに足を進めていく。
「ッ!」
廊下の終わり。今はただの殺風景な空間になっている部屋の前で角田さんが足を止め、ハンドシグナルで俺に示す――姿勢を低く。
その理由は俺にも分かっていた。部屋の中には人影が二つ。どちらも銃を持っている。そしてどちらも突然の停電に戸惑っている。
そしてどちらも、まだこちらに気づいていない。
ならやることは決まっている。
角田さんのハンドシグナルに無言で頷いて答え、それを証明する様に彼の横に膝をついて銃を構える。
二人同時に仕留める。左の奴を殺れ――その指示に従って、奥で暗闇に間抜けな踊りのような動きをしている二人のうち左の奴に照準を合わせる。
合図は任せる――その指示にも従う。
指を引き金に。室内戦という事でフルオートにしていたセレクタをセミオートへ。
息を僅かに吸い、少しだけ吐いて、上下の前歯の隙間に舌を挟み込む。
手の揺れが一瞬止まる。この瞬間を逃がす手はない。
空気の抜けるような音が二つ連続して響く。小さくない質量が崩れ落ちる音も、また。
「「タンゴダウン」」
見事に頭を撃ち抜いた俺たちはそれから室内に滑り込んでいく。
辺りをクリアリングしてから倒れている相手を一目。
どちらもウッドランド迷彩の野戦服に同色のワークキャップ。そしてG36。他律生体E1916型。調達価格の安さとコストパフォーマンスの高さでこの国を始めとした南米諸国に広く普及したこのタイプはしかし、近年南米でも多くの国と地域でPGを受け入れ、公社のJ1614型に押され気味なのだだそうだ。
そのかつての名機をこの建物内に追い詰め全て排除することが今回の任務だった。
ロールアウト直後に暴走した――という事になっているこいつらを始末するために。
正確に言えば、そういう事にするために。
(つづく)
今日も短め
続きは明日に
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