そこを見た者19
頭を捻って背後に目をやる。俺たちの頭上に陣取った輸送ヘリは搭載されたドアガンの掃射を続けていて、降り注ぐ曳光弾が俺たちに近づこうとする他律生体をただの死体に変えていく。
やがて掃射が止み、代わりに高度が下がってくる。
その頃には俺もライフルを手放して、もう一度ポンプを己に突き立てるだけの余裕が出来ていた。
「ぐっ……」
ひしゃげた手足を元通りに戻して、何とか起き上がる。
その時になってやっと、体だけではなくそれを包む装備もボロボロになっていることに気づいた。
「いつぞやの礼に来たぜ。全員乗ってくれ。すぐに出るぞ」
インカムにオブライエン隊長の声が響き、反射的に立ち上がってライフルを拾い上げる。
銃につないでいる金具から少し上で無残な姿になっているかつてのスリングが目に入り、全ての装備を新調するのに必要な予算と今回の報酬とこれまでの貯金とが頭の中で見積書を作り始めた。
――いや、よそう。せっかく生きて帰れるのだ。今水を差すのは辞めよう。
「待っていたよ。全く肝を冷やした」
「済まんな。この装備を積むのにも時間がかかっちまってな」
二人の隊長が言葉を交わしているところに追いつく。
ライフルを最初に機内に置いて、それに続いて自分も乗り込む。その際手を引いてくれた人物の顔を見て、それが俺の導入訓練終了時に入れ替わりでやってきた人物であったという事に気づいた。彼の横には八角柱型の電磁パルスランチャーが転がっている。どうやらあの無人ヘリを仕留めてくれたのも彼だったようだ。
「どうも」
彼に礼を言ってから開いている席に座ってシートベルトを締める。俺が回収される中では最後の一人だったようで、引き上げてくれた眼鏡の彼がランチャーを担いで俺と向かい合わせに座るとすぐにヘリは高度を上げ始めた。
「レッドバードよりCP。フルバック全員と護送対象を回収した。これより空域を離脱する」
「CP了解。お疲れさまでした」
見る見るうちに地面が小さくなっていく。既にAIFの車列も、アジャーニと話していたスーツの男の車もいなくなっていて、ただ半分がなくなった廃病院だけが一瞬で視界の下を流れていった。
「今回は一発成功だったな」
はす向かいの分隊長が、俺の隣に座っている角田さんにそう笑いながらこぼす。先程の軽口も聞こえていたようだ。
「今回はAAAですかね?」
「まさか。……全員生還。文句なしにS評価だろうさ」
俺たちを一瞥して分隊長が告げた。
誰もそれに異存はない。
そうとも、俺たちは生きて帰れる。俺たちは生きている。
その事実が、自然と俺たち全員の口元をほころばせていた。
※ ※ ※
「――以上が報告になります」
作戦を無事終了させて北ヴィンセント島に戻ったのが昨日。
報告書は目の前のデスクの彼=ミスタ・ビショップの要望に限りなく近づいたものになっていた。
即ち、もっともらしく取締役会の眼をしばらく誤魔化しておけるように。
即ち、私が知り得るこの事件の全容から、作戦に参加した彼ら=フルバックのメンバーが知っている情報だけを抽出したものを。
制作:フランシス・キング
監督:ジョン・ポール・ビショップ
もし書くならそう付け加えるだろう報告という名の物語は、監督の手に渡り、脚本の欄に書き足すことになるだろう人物も映像越しに目を通すことになる。
かつては文面をスキャンしてデータを送信する必要のあった紙の書類も、今では一枚ずつスキャンする作業を省いて、一瞬のうちに全てを表示させることが出来る。
そしてそのデータの送り先=脚本:北アフリカ連邦国土保安省第5ブランチ。
FNA国内の公安・防諜を司る部署が今回の案件の本当の依頼者だ。
送られたデータは文章評価AIが自動的に精査し、予め設定された必要な内容が記載されている事と不都合な内容のない事を確認する。
その判定は一瞬。結果は合格。
「確認しました。ご協力心から感謝いたします」
映像の向こうに担当者。彼もだろうが、私も胸を撫で下ろす。
担当者=アクセリ・ランゲル――正確にはそう名乗っていた男の上司。
AIFが準州内で何をやっているのかは彼らも掴んでいたのだろうが、護送対象が持ち帰った事実こそ、彼らが最も欲していたものだった。
事実:クレセロ・アジャーニは既に死亡している。
去年連邦警察と第5ブランチ、そして連邦軍の協力で行われたAIF掃討作戦により、東部地域に展開していたAIFは壊滅状態となった。
連中の拠点への攻撃も行われ、その拠点を制圧した際、AIF側残存部隊を指揮していたクレセロ・アジャーニの行方が分からなくなっていたこと。壊滅した拠点内から身元不明の焼死体が複数確認され、誰もアジャーニが脱出したのを見ていないことから、焼死体のうちの一体がアジャーニではないかとされていたが、確証が持てなかった第5ブランチは、AIF最後の砦となっていた北ジンバラ準州に要員を派遣していた。
それが、今回の護送対象だった人物だ。
どうやったのか、現在指揮を執っている――そして恐怖政治を敷いている――あのアジャーニは、本物の存命中から影武者として活動していたAIF構成員であるという事を突き止めたランゲルは、これまたどうやったのか風前の灯火のはずのAIFへの出資者リストも手に入れていた。全く恐ろしい仕事ぶり。
AIFが、正確に言えば偽アジャーニが死に物狂いで彼を探していたのは、偏にこれが理由だった。
「これで、我々の仕事も次のステップに進むことが出来ます。お約束の件も、勿論可及的速やかにご報告できるかと」
担当者は画面の向こうでそう告げる。
仕事――彼らにしてみれば悲願である国土健全化法案を通すための下地が今回の一件で一気に盤石なものになるだろう。
国土防衛と自国民及び産業の保護を掲げている法案だが、一方で各州の権限を制限し、連邦法の適応範囲を拡大する動きには批判の声も根強い。
だが、AIFの求心力を更に低下させる材料を手に入れた事、そのAIFの出資者リストに健全化法案反対を訴えている連邦議員の名前が載っていた事で、そうした反対派に強力な打撃を加えることが出来るようになる。更に副産物として今回の作戦で明らかになったバッグ工場についてもEFびいきの大手メディアにリークすれば最大のスポンサーが東人連であるAIFへのバッシングは更に強力なものになるだろう。味方の敵は敵。敵の味方も敵だ。勿論、彼ら自身の敵である以上尚更に。
そして、約束の件と彼が言った、こちらからの要求についてもこれで彼ら第5ブランチの協力が得られるようになる。
「……」
その件について言葉を交わしているミスタ・ビショップと担当者の横で、私はふと考えた。
これは、事実上の反乱だ。
そうすることが道義的にも経営的にも正しい事は分かっている。現場で駆けずり回った彼らを騙して使った事には後ろめたさを感じるが、それも必要な事だった。
いや、もっと言えば、全てを明らかにした時大衆の支持を得られる選択だという事は分かっていると言うべきか。
小さく、誰にも聞こえないようため息を一つ。
最早後戻りはできない。
私たちは破壊するのだ。この、オプティマル・エンフォーサーを。
(つづく)
今日は短め
続きは明日に
明日からは新章入ります




