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そこを見た者18

 「下がれ!頭を出すな!」

 ぶつ切りの指示はしかし、現状一番頭に入りやすい言い方だった。

 そして言われるまでもなく、そうし続けなければ死ぬことは分かっていた――ほんの僅かに飛び出していた左腕が後ろに吹き飛ぶような感覚に襲われて。


 「ぐうぁっ!!」

 思わず声を上げ、ライフルを取り落す。

 BMSがマキナを介して瞬時にダメージを報告――左肘やや下を6.5mmが貫通。神経と静脈に損傷。

 痛み――というより一瞬の熱と衝撃。そしてそれ以降の感覚の消滅。


 「ぐっ……ああぁぁぁっ!!」

 静脈が破壊され、穴から壊れた水道管のようにとめどなく流れ出す血が、感覚の消えたはずの左腕の表皮を生温さとなって覆っていく。

 そしてその姿を目視したことで復活する痛み――大ごとだからすぐに治療しろというマキナの指示によるもの。

 直ちに生命の危機に直結するような怪我の場合、痛みを与えるような余裕すらなく回復行動を起こさせるマキナだが、死まで僅かでも余裕がある、今回の場合で言えば致死量の出血をするまで時間的余裕がある時点では、処置を遅らせないためのアラートとして痛みが残る。

 ――そんなにしなくてもすぐに治療すると、怒鳴りつけたくなるような機能だが、そんな明瞭な言葉にすることさえ遮られるほどの強烈な痛みに、奥歯が砕ける程に噛み締めながら右手でポンプをまさぐる。


 「トーマ!どうした!」

 「被弾した!!回復中!」

 その姿を見た分隊長の叫びに、同じく叫んで返し、その間にも右手一本でポンプを首に突き刺した。

 「クソッ!!糞ッタレがッ!!」

 薬液が流れ込み、すぐに痛みが消える。

 痛みに変わって表れたのは、自分でも驚くほどの憎悪のこもった怒鳴り声。

 ――ふざけやがって。人形のくせに。死体のくせに。


 腕の感覚が戻り始める。左腕の肘から先に膜を張っている血を盾にしていた岩に乱暴にこすりつけて拭う。

 ――調子に乗るなよ肉人形が。ゾンビ風情の歩く死体が。


 それが戦意高揚のためのマキナの機能なのか、或いは俺の自分でも知らなかった本性なのか、それは分からない。

 大事なのは、それでもう一度戦意が湧き上がってきたという事。そして、対照的に脳みそは次の段階に移行しているという事。

 次の段階、即ち「何を?」から「どうやって?」に。


 「回復完了!」

 叫びながらライフルの状況を確認するが、すぐに異常なしの判断を下す。

 流石は軍用。十分な剛性だ。

 なら、やることは決まっている。


 「……ッ!!」

 岩の横から顔を出す。

 他の三人が交戦しているそれぞれの遮蔽物の隙間から見える連中の頭と銃身。

 ドットサイトの向こう、赤い光点が僅かに飛びだした一人のヘルメットに重なる。

 同時に400mゼロインを考慮してほんの僅かに銃身を上げて引き金を引く。引っこ抜いたように奴の全身が頭につられて後ろに吹き飛んだ。


 「タンゴダウン」

 宣言と同時に、まだ仕留めていないと気づいた他の個体がこちらにブラインドショットを放ち、それに合わせて伏せた俺の頭があった場所に数発が通り過ぎていく。

 恐らくそれ以外は隠れている岩が吸収したのだろうその銃声の間に、他の連中が前進してくるはずだ。


 「タンゴダウン」

 角田さんの声。同時に連続していた銃声とパラパラと軽く弾けるような音が止む。

 「全員後退!」

 「フラグアウト!!」

 指示に反射的に跳ね起きてもう一度覗き込む。

 クロが投げたフラググレネードが動き出した三人の背中を狙おうとしていた相手の頭上に放物線を描いて落ちていく。


 連中の一人が岩陰から飛び出し、もう一人が後ろにヘッドスライディングのように飛び込んだのが見えた。

 直後、爆発音。ただし幾分くぐもった。

 その瞬間起き上がろうとした飛び出しを、鉛玉で地面に縫い付ける。

 もう一人はいない。大方落ちてきたグレネードに自ら覆いかぶさって味方を守ったのだろう。


 「ちぃっ!」

 舌打ちが漏れる。一体の犠牲によって足を撃たれるだけで済んだもう一体を、後から来た別の個体が引きずって後退し、他二名がそれを援護せんと銃口をこちらに向けてくるのに合わせて、その出鼻を潰していく。胴体に撃ち込んだ弾はボディーアーマーに止められて衝撃だけに終わってしまうが、それで一瞬でも動きが止まれば次の弾は露出した箇所へ当てられる。


 しかし、それでも余計に時間がかかるのは事実だ。そしてその間に放たれた1発は俺の隠れている岩に、もう一発曳光弾が路面を跳弾して空に消えていった。

 そしてその僅か一瞬のうちに、最初に被弾した奴はここからでは狙えない位置まで後退している。大方そこでポンプを使ってすぐに復帰してくるのだろう――まさに俺がそうしたように。

 既に命などないゾンビ兵だが、それ故に自己犠牲には全く躊躇がない。COSに設定されている戦闘教義に一切の疑念を持たず、各個体が最善と判断した行動を直ちに行う。

 自身の肉体が耐えられないと分かっていてもグレネードに覆いかぶさり、撃たれると分かっても身を晒して味方のカバーに入る。憎らしい程優秀な肉人形共。


 三人が俺の前を越えたところで俺も頂上に戻っていく。

 「これ、シミュレーターで見た問題だ!」

 「冗談言っている場合ですか!」

 角田さんに突っ込みながら、しかし冗談でも飛ばさないとやっていられない事態であることは自分でも分かっていた。

 叫びながらレンガ塀の後ろに飛び込んだまさにその時、背後から銃声をかき消すようなデカい音。

 「ッ!?」

 反射的に振り返って音のした方向=上を見上げる。

 病院廃墟を吹き飛ばした無人武装ヘリが、その装備の全てを見せつけるように真っすぐこちらに向かってきていた。

 コックピット代わりに設けられた円筒形のパーツ。恐らくAIが納められているのだろうその筒を横断する様に一本入った発光するライン。

 直感的にそれが目に思えたのは、それに見られていると感じたから。


 そしてそれに見られていると感じたのは、恐らく正しい直感だった。


 「くっ!!」

 レンガ塀を蹴って後ろに駆け出す。歩兵のライフルに対しては頼もしきこの壁も、20mmチェーンガンや、対地ミサイルやロケット弾の前ではチリ紙程にも頼れない。

 足は必死に地面を蹴った。BMSによって強化された肉体は十分な加速をつけて体を動かし、僅か数秒のうちに壁から大きく離れていた。


 だがそれでも、人間に浮かび上がる機能はない。


 「ッ!!?」

 しかしその人体が浮かび上がったのだ。先程見たのと同様に。間違いなく、俺は浮いた、というより飛んだのだ。


 そしてこれまた先程と同様に、いつまでも飛んでいることは出来ないのだ。


 「があっ!!!」

 声、というより肺から漏れだした空気の塊が音を立てた。その一瞬で肺の中身は限界を超えて吐き出されていたようだ。

 全身が砕けたのではないかと思うほどの衝撃に息が詰まり、ただ口がパクパクと意味もない動作を繰り返している。

 どういう風に落ちたのか、或いは落ちてから転がったのか、俺はヘリの方に向いて仰向けに転がっている。


 遥か彼方、遥か過去から聞こえてくる凄まじい爆音。バラバラになった肉体をさらに細かく砕くような衝撃。熱風。閃光。

 それらから周回遅れ――無誘導で放たれたミサイルがレンガ塀を吹き飛ばした。

 更に周回遅れ――もしあとほんの少しだけでもリアクションが遅れたら俺は消滅していた。

 更にダメ押しの周回遅れ――治ったばかりの左腕は、飛んできたレンガの破片に叩き潰され、俺を逃がした両足は変な方向に曲がっていた。


 恐らくはミサイルは想定していたよりも下に逸れたのだろう。そしてそれによってレンガ塀に直撃せず、爆風と衝撃で吹き飛ばすに留まった。それ以外に俺の四肢が繋がっている理由は説明できない。


 「トーマ!!」

 はるか遠くから誰かの声。分隊長?角田さん?クロ?どの声も聞き間違える事のない程聞いているはずなのに、今聞こえてきたそれは恐ろしく不明瞭だった。

 そしてそれを判明するよりも重要な問題は目の前に山積している。まずは動かない左腕と両足。そして悠然とホバリングしている無人ヘリ。その下、もうもうと立ち込める土煙の中に、蜃気楼のようにゆらゆらと見える他律生体のシルエット複数。


 「……っの!」

 スリングがちぎれたライフルを拾い上げ、上体だけを起こして蜃気楼部隊に銃口を向ける――ただし右腕一本で。

 「ぐうっ!!」

 当然、照準なんてまともに定まらない。

 一発撃つごとに情けない程にぶれ、その度に両足と左腕が悲鳴を上げる。

 二発、三発、四発――五発目は出なかった。ただホールドオープンした銃から細々と硝煙が立ち昇り、引き切った引き金が空しい感触だけを返してくる。


 蜃気楼は消えない。ヘリも消えない。

 ――きっと、消えるのは俺だ。


 「……え?」

 不意にヘリがそっぽを向く。

 一瞬俺から見て左斜め上に機首を向け、合わせてチェーンガンを向け――同時に大きくバランスを崩し、機体そのものがローターとは別に回転を始めて落ちていく。

 蜃気楼たちが空を見上げ、そこに銃を向けて発砲を始める。


 その不思議な現象に合わせて、インカムに声が響いた。

 「――オールフルバック。野次馬共を一掃する。頭を下げていろ」

 声に続く何かを引き裂くような途切れない銃声。同時に空から降り注ぐ光の雨が蜃気楼を一掃していく。

 そこで初めて、ローター音が一つ多いことに、そしてインカムの声が随分久しぶりに聞いた気がするオブライエン隊長のものであることに気が付いた。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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