そこを見た者16
俺たちに動くなとハンドシグナルで指示を出しつつ分隊長が報告する。
「CP、LZにAIFの車列が停まっている。降りてきた中にクレセロ・アジャーニがいる。何か話しているようだがここからでは――」
彼の言葉を横で聞いていて思い出し、俺は自分のデバイスをタップしてアプリ一覧を呼び出すと、音声出力がインカムになっていることを確認して指向性マイクを起動する。
これで連中の会話内容が拾えるはず――そう思った瞬間に思わずアプリをオフにした。
「くっ!!」
向けている向きが悪かった。指向性マイクとして機能するのはデバイスの上側だが、画面を操作する関係上どうしても角度をつけた状態で操作している。
必然デバイスの上側は空を指す。
その時丁度、主の頭上を守るように無人ヘリが戻ってきていた。
「CP、無人ヘリも戻ってきた。ここでの回収は不可能だ。再度LZを変更したいオーバー」
「CP了解。次のLZを――」
彼女の言葉はしかし、最後まで俺たちを引きつけておくことは出来なかった。
ヘリの爆音をよけて水平にとって起動した指向性マイクは、今度は車列4台目の幌付きトラックに向いた。
「おい待て!止まれ!!」
最後尾のトラックから降りてきたAIFの兵士たちが車列の周囲を巡回する中で、幌の中から零れ落ちるように一人の男が飛び出し、そしてこちらに向かって走ってきた。
マイクが拾ったのは、それに気づいた兵士の怒号だった。
そしてその怒鳴り声さえも聞こえていない様子で走り続ける男――ボロボロの格好で、腕には革の手錠。足取りはふらふらと頼りなく、しかし気力だけで走り続けているような姿。
フラッシュバック=AIFの諸々の資金源――臓器ビジネス、密輸バッグ、殺人塾。
「待て!!クソッ!!」
決死の逃亡は毒づいた声と、直後に響いた一発の銃声。そして「ギャッ!!」という短い悲鳴によって終わりを告げた。
男は浮かんでいた。嘘ではない。嘘のようだが断じて嘘ではなかった。
背中から飛び込んだ7.62mmが胸から飛び出した時、ほんの一瞬、奴の体は空に浮かんでいたのだ。
だが、当然人は飛べない――もし飛べたら、彼も助かっていたかもしれなかったが。
浮かびあがった彼は空中で短い悲鳴を上げ、それが地上に引き戻す合図だったかのように今度は地面に飛び込み、そしてそれきりだった。
「フルバック!フルバック!!どうしましたか!?」
「奴らが撃った!捕虜を撃ちやがった!!」
インカムの中に困惑と驚きと怒りとが溢れ出ていた。
そしてそのうち怒りだけはマイクを通して追加された。
「どいつだ!今どいつが撃った!!」
怒鳴り声に兵士たちの時間が止まった。
速足で車列の先頭から戻ってくる男=彼らの上官=クレセロ・アジャーニ。
怒鳴り声はその一度だけ、その後に続いた言葉は静かな、問いかける口調だった。
静かで、しかし逆らえない圧を含んだそれを、近くにいた兵士にぶつける。
「今撃ったのは誰だ?お前か?」
「いっ、いえ!」
「では誰だ?」
兵士は何も言わなかった。だが目は口程に物を言う。
「……お前か」
その兵士から撃った兵士へ。撃った本人は立銃=右足のつま先横に銃床をついて背筋を伸ばしている。
――それが儀礼ではなく、純粋な恐怖から来るものであることはこの距離からでも分かった。
そしてその恐怖の根源は先程と変わらない静かな声で尋ねる。
「この捕虜たちをどういう目的で連れてきているか、教えなかったかな?」
「制止を振り切って逃走したので……」
「そりゃあそうだろう。捕虜が逃げる時っていうのはそういうものだ」
まるで世間話をしているかのようなテンションに一瞬で戻るアジャーニ。だがそれに対して兵士の方は恐怖に固まったまま。
「それで?だから撃ったのか?」
「既に“販売用”は必要数集まっております。なので“標的用”が一人減ってもそちらから補填できるかと考えました……ッ」
販売用と標的用。何の説明を受けずとも、その言葉だけで捕虜たちの運命など想像できた。
「ほう!」
しかし、アジャーニの驚いたようなこの反応は予想外だったが。
「成程、悪くない考えだな。やるじゃないか」
上機嫌とばかりにそう兵士に笑いかけ、小さく胸元をつつく。
助かったのか――そんな一抹の希望が生まれたのか、デバイスの画面に映し出されているマイクの向けられている方向の映像を見ると、兵士の表情がほんの少しだけ和らいでいるように思えた。
僅かに口元がぎこちなくゆるみ、肌の色とコントラストになっている白い歯が少しだけ覗く。
「……だが、一つだけ間違っている」
そしてその一抹の希望を再び静かになった声が消し飛ばす。
「一つだけ。小さな、しかし非常に重要なピースだ。分かるか?」
一拍に満たない時間の後、銃声が響いた。
兵士が絶叫しうつ伏せに崩れ落ちる。アジャーニの手にはいつの間に抜いたのか、でかいリボルバーが銀色の輝きを放っていた。
その銀色の銃口を、膝を失い倒れた兵士の頭に押し付けてもう一度静かな問い。
「俺が口答えしろと言ったか?」
答えは返ってこなかった。
その前に兵士の頭が膝の後を追った。
「いやいや済まない。部下の不手際で見苦しいものを見せてしまった――」
立ち上がってすぐ、彼は今しがたの出来事が全て大したことがないような態度でスーツの男の方に戻っていく。
スーツの男も同じように気にしていないのだろう、二人は何かお互いにだけ分かるような声で密談を始めていた。
「イカレていやがる」
正直な、そして決してユニークではない感想。
仲間の死体を戸惑いがちに見下ろしながらしかし、恐らく禁止されているか、或いは余計な疑いをかけられないための保身か、誰も先程までの仲間に近づこうとしない。恐らく彼らもまた、心の奥底では同じ感想を抱いているのだろう――己のしていることを棚に上げてではあるが。
きっと人間とは正反対に喜んで寄ってきた虫や鳥や獣の腹を満たすことになるのだろうその死体から他の兵士たちの目が離れたまさにその時、彼を踏み越えるようにしてもう一人、幌の中から飛び出すと一目散にこちら=病院の建物に向かって走り出し――そしてすぐに捕まった。
「やめて!放して!!」
やせ細った女が悲鳴交じりに叫ぶが、捕らえた兵士はしっかりと彼女を抱えている。
一瞬、女がこちらを見た気がした。彼女と目が合ったような気がした。
「助けて!!助けてよ!!そこの窓!!」
気のせいだ。そう己に言い聞かせるよりも前に彼女が叫んだ。
そしてその声はあまりに大きく、兵士たちにははっきりと聞こえていた。
「なんだ……?」
無数の眼、無数の銃口。そしてヘリのローター音。
集まってきたそれらに混じって分隊長の声。
「まずい。ここを出るぞ」
「いたぞ!!」
どちらが先かは分からない。だが、全員が部屋から廊下に飛び出すよりも早く、ボロボロのコンクリートの壁が音を立てて爆ぜた。
「フルバックリーダーよりCP!連中に居場所がバレた!病院から離れる!」
叫びながら走り出す。直後に響き渡るそれまでとは異なる銃声。
――いや、あれは銃声ではない。工事現場のような凄まじい音を立てて、20mm弾が先程までいた病室を吹き飛ばしていく。
安普請の外壁を貫通し、廊下と部屋を隔てている建材がポップコーンのように弾け飛んでいくのに、エントランスまで戻ったところで気が付いた。
「止まるな!こっちだ!!」
分隊長の声に反射的に足を動かす。入り口を封鎖していた板にミシンで縫ったように穴が開き、そして板そのものが消滅したのはそのすぐ後、俺たちが裏口から外に飛び出す瞬間だった。
直後に轟音と巨大な質量が崩れていく耳障りな音。
誰の耳にも明らか――残りのロケット弾か、或いは無誘導状態のミサイルか、すぐ後ろの廃墟に無人ヘリが撃ち込んだ。自分たちの商売を見られた以上、どうあっても俺たちを殺したいらしい。
(つづく)
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