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そこを見た者14

 坂を下っていく途中、右手側の木々の向こうに小高い丘が見えた。俺たちの出てきたトンネルのある山よりも僅かに低いそこはしかし頂上が広く、恐らくかつては何らかの建物があったのだろう遺構だけが残っていた。

 そして在りし日にはそことの行き来に使われていたのだろう道が、坂を下りきったところで今歩いている道と合流していた。


 「ここは……駐車場?」

 「というか車の墓場……かな」

 そしてその合流地点、背の高い草が二つの道の合流地点を中心に扇状に広がっているちょっとした草原には、恐らくそうなる前からそうされているのだろう無数の車が放置されていた。

 どれも錆びだらけで、タイヤも窓ガラスもない、そしてほとんどの場合ボンネットの中も揃っていない、あらゆる世代、あらゆる種類の車の残骸――というか車の形をした錆びた鉄のオブジェが、ここに流れ着いたという表現がぴったりくるぐらいに無造作に転がっている。

 多くは赤茶色の錆びた塊になっているが、うちの何台かは真っ黒に染まっていて、それがかつて盛大に燃えたことを意味しているのは俺にも分かった。


 その車の墓場の奥には幅2~3m程度の小さな川が一つ。丸太を並べただけの簡素な橋でそれを渡ると、その先にあるのは病院の裏口だった。

 この辺りの寂れた雰囲気の総決算のような廃病院。その向こう側にあるのが新たなLZだ。


 「フルバックリーダーよりCPへ。廃病院に到着した。ヘリはどうなっているオーバー」

 「こちらCP。病院への到着は了解しました。現在ヘリは補給と装備を行っています。出発は5分後の予定」

 「了解した。病院内に侵入し待機する」

 あと5分でヘリが飛び立つ。

 元々のLZからそれほど直線距離はない。あとはヘリが来たらそれで終わりだろう。


 「この向こうだな。中を抜けよう」

 錆で縁取りされた、元は青かった裏口に到達して分隊長が告げる。

 彼が鍵のかかっていないその扉を開けると、俺、角田さん、クロの順に滑り込んでいく。

 薄暗い、廃墟独特の埃の臭いが立ち込める病院の中は、足を踏み入れて直ぐ、そこが決して静かに閉鎖された訳ではないという事を伝えていた。


 「なんだこりゃ……」

 裏口周囲のクリアリングを終えてから正直な思いが口をつく。

 ナースステーション。或いはそれに近い設備があったのだろう、裏口からすぐにあるホールは滅茶苦茶に荒らされ、そこに至るまでの廊下にすら無数の弾痕や燃えた跡が遺されていた。

 所々に広がっている血痕は、既に乾ききってただのシミになっているが、それらが急患のためにつけられたものではないという事は、周囲の状況がしっかりと物語っている。


 「ここで戦闘があったんですね……」

 同じく周囲を警戒しながら、クロも同じ感想に至った。

 その声は自分の口から出た言葉を噛み締めるような様子だった。

 「FNA政府も随分徹底的に掃討作戦を展開していたらしいからね。大方、ここもそれの舞台だったんだろう」

 分隊長が後ろからそう言いながら現れて、俺たちは陣形を組み直す。


 「正面は……出られないか」

 その分隊長が話を切り上げた時に目を向けたのは俺たちの正面。本来ならエントランスがあった場所だ。

 今はバリケードが置かれて近寄れない上に、入り口全体が何枚もの厚い木の板で覆われており、外の様子を伺う事すらも出来なくなっている。

 「他を探そう」

 そう言って病院内を探索することになったが、幸いその時間は非常に短く済んだ。

 エントランスから左右一直線に建物が伸びていて、建物全体を横断するその廊下に全ての部屋が面している構造のため、ただ一部屋ずつ覗いていけば済むだけの話だ。

 ――と言っても勿論警戒しないでよい理由にはならない。廊下の左右に扉があるという事は、左右から何者かが飛び出してくる可能性があるという事だ。そしてその事態が現実になった時、その飛び出してきた何者かが友好的である保証などどこにもない。


 「クロ、トーマ、前衛を頼む。カクは後ろを」

 指示の通り、俺とクロが横に並んで左右の扉を一つずつ警戒して進む。

 以前グリーンロック・バレーでやったように二人で互いの正面及び相手側にある扉を警戒しつつ、廊下を挟んで向かい合っているそれぞれの扉のどちらを先にクリアリングするかを互いに目配せして判断する。

 ――その間一言も発さない。廊下から全ての部屋の全体が見渡せる訳ではない以上、物音に意識を集中する必要がある。


 必然、目配せとハンドシグナルによる意思疎通が始まる。

 ただ足音と扉を開ける音だけの空間に、明らかに生物の音が混じったのは、ナースステーションから見て右側の廊下に入ってすぐの事だった。


 「ッ!!」

 目を合わせるクロと俺。ちらりと後ろを見ると、全員が今後何をするべきかを理解していた。

 クロが動く。音のした扉に近い彼女が、遠い俺の前にある、扉のなくなった入り口に素早くカッティングパイを行い、異常がないことを確かめたところで件の扉を開けられる位置につく。

 クロを引き継いだのは分隊長だ。突入時背後になる向かい側に警戒しつつ、背中を向けたこちらに指示を出す=こちらは異常なし。突入せよ。


 確認して互いにやり方を伝える――素早く。


 「……」

 クロが静かに観音開きの己に近い側のドアノブを回す。鍵は掛かっていない。

 彼女が勢いよく扉を開け、俺がその隙間に滑り込んでいく。

 クロの前を滑るようにして開いた扉の側へ移動し室内のクリアリング。それを始めた時には既にクロが突入して俺の隙を埋めるように警戒している。


 「なんだ……ここ……」

 結論から言うと取り越し苦労だった。

 音の正体はどこからか入り込んだネコ科動物が走り回っていただけだ。


 だが、その室内は明らかに異質だった。


 手術室――だったのだろう。かつては。

 いつからか知らないがこの病院が放棄され、そして戦場になった――或いは放棄と戦場が逆かもしれないが。

 だが、そうした時間の流れを無視する様に、この一室は異常だった。

 手術台の上やその周囲にはまだしっかりと鮮明な赤黒いシミが残り、そこで処置を受けた人間が一人や二人ではないことを物語っている。


 「……ひどい」

 クロが漏らしたその声は、サイコパスを別にすれば間違いなくこの部屋を目にした人間が例外なく感じる感想だっただろう。

 血の跡の残る手術台。そしてその上や周囲に乱雑に転がっている様々な道具。

 そう、道具だ。医療用の器具ではない、道具や工具の類。それも、転がっている場所に擬態するかのように血と錆で赤茶けている。

 その異常な空間は、さらにダメ押しとばかりに嫌な臭い=腐臭が充満していた。


 「……ッ!」

 部屋の隅に置かれたいくつかのペール缶やポリバケツに目をやる。

 ウエスがかけられていたり蓋が乗せられていたりするそれらはしかし、そんなものお構いなしに凄まじい悪臭を発しており、わんわんと音を立てて蝿たちが飛び回り、連中の下ではやがてそこに仲間入りするのだろう蛆や、名前も知らない虫や生物が蠢いていた。


 手術室。手術台。実態に即していえば処理室。処理台。或いは拷問室。拷問台。


 「出よう。ダメだここは」

 分隊長の声に、俺もクロも逃げるようにその部屋を後にする。

 「ここが……本当だったのか……」

 そして彼の肩越しに見てしまったのだろうランゲル氏がぼそりとそう呟いたのが、別世界から帰ってきた俺の耳に聞こえた。


 結局、他の部屋も一通りクリアリングした後、元々は病室だったのだろう部屋に入り込んでヘリを待った。

 入り口とは――そしてさっきの部屋とは反対側にあるここは、かつてはベッドが置かれていたのだろう何もないただっぴろい部屋で、他の場所同様やはり弾痕が幾筋か壁に線を描いていた。

 ガラスが枠ごとなくなっている窓からはヘリが来る予定の病院前の空き地が一望でき、それを挟んだ山々と、その隙間から伸びている道路もまた見ることが出来た。


 「フルバックリーダーよりCP、病院内の探索を終了した。現在1階の病室内にてヘリを待機中オーバー」

 「こちらCP、了解しました。ヘリはまもなく飛び立てます。アウト」

 通信を終える。最後にとんでもないものを見てしまったが、これでこの地ともおさらばだ。

 ――だが、俺のそんな思いとは違い、分隊長はどうやら先程の部屋について興味が尽きていないようだ。


 「さて……」

 彼の眼がランゲル氏に向けられる。

 「ミスタ・ランゲル。勿論、口にするのがお辛いのでしたら結構ですが……」

 そこまでの前置きで何を聞かれるのか、彼も分かっているようだった。

 そして、どうやらその前置きに甘えるつもりもないようだった。

 「ああ。いえ。大丈夫。それよりむしろ誰かに話しておきたいのです。私が聞いてしまった話を……ああ、神よ……」

 目元を抑え、天を仰ぎ、一度深く呼吸して、それでようやく話す準備が整ったようだった。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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