そこを見た者13
「あ……、今起きます」
俺の方にそう言ってどいた彼女が分隊長の問いにも答える。
「私は大丈夫ですが……」
彼女に続いて俺も体を起こす。
「こっちは――ぐっ!!」
そしてそのために力を入れたその瞬間、声を上げようとした腹が凄まじい激痛に襲われた。
折れたのか。BMSが被害状況を脳へ届ける。
「くぅっ……がっ……!!」
何とか動く左手でポンプを一本引っ張り出し、ぬるりと生温い血の感触のある首筋へ突き刺してから、右手の指を無理矢理元の方向に折り直す。
普通なら絶対に出来ない方法だが、ポンプの力は注入した瞬間には最大化されていた。
「こっちは……生きてはいます」
何とか返事を返す。それから口の中に感じた違和感を吐き出す。赤黒い、肉の欠片のようなものを吐き出したが、その時には既にBMSとポンプは口の中のパーツを一式全て復活させていた。
周りから同じような声が返ってきて、皆似たような状況であるという事がそこで初めて分かった。そして、みんな車内にいて、誰一人放り出されていなかったという事も。
視界がようやく回復してくる。
ここはトンネルの中、入り口はロケットの着弾によるものか崩落していて、その数メートル奥に俺たちの車は入り口側を向いて止まっていた。
恐らく着弾の衝撃で吹き飛ばされてコントロールを失ったのだろう、トンネルの内壁に衝突した車は助手席側が大きくひしゃげ、弾き返されて道の真ん中でスピンしながら停車していた。
大事故。だが、それでも幸運だったのは、あのヘリのAIがあの時無誘導のロケット弾を選択したことだった。
もしミサイルなら今頃車ごと木っ端みじんになっていただろう。
「――バック!フルバック!聞こえていますか!?」
耳に戻したインカムから叫び声が聞こえて、思わず耳から出しそうになる。
だがおかしなもので、実際に撃たれた俺たちの方が、それを見ていただけのはずのキングさんよりも妙に冷静だった。
「こちらフルバックリーダー。散々な目に遭ったが護送対象共々全員無事だ。ただ車が使えなくなったオーバー」
答えながら、分隊長は車を降りる――俺たちもそれに倣う。
「……CP了解。残念ですが、こちらから用意できる移動手段は現状ありません。それとトンネルの出口から3km地点にAIFの歩兵が集結してバリケードを設置しています」
少し落ち着きを取り戻したCPにぼそりと角田さんがぼやく。
「んな事だろうと思ったよ」
聞こえているのかいないのか。CPは次の言葉を出す前に更に冷静さを取り戻していた。
「無人ヘリは南下してそちらから離れていますが、今トンネルを進むのは危険です。そのトンネル内に点検用通路に出る扉があります。そこから点検用通路を通って外に出てください」
「フルバックリーダー了解。それで?外に出てからはどこに行けばいい?」
折角取り留めた命だ。脱出したはいいが敵の目の前で――などという展開は御免だ。
「通路の外には現在使われていない管理事務所があります。そこを越えて道沿いに北上。LZを小さな川を越えたところにある病院跡地前の空き地に変更します。そこで待機してください。デバイスにルート情報を転送します」
言われて反射的に目をやる。
かなり激しく叩きつけられたはずだが、液晶に細かな傷こそ入ってはいるものの、支障なくこの辺りの地図とその上にルートを表示している。軍用だけあって丈夫だ。
「了解。指定されたLZに向かう。フルバックアウト」
通信を終えた分隊長がそれぞれの負傷の対応をしていた俺たちを一瞥する。
「聞いたな。行くぞ」
それから隣にいたランゲル氏にも内容を伝える。
「ヘリとの合流地点を変更します。このトンネルを点検用通路から出て、廃病院前の空き地に行きます。歩けますか?」
「はい、なんとか……」
クラッシュする瞬間、分隊長はランゲル氏の横にいたはずだ。
恐らくマキナを使っていない彼に目立った外傷がない辺り、恐らくだが分隊長が庇っていたのだろう――その割に分隊長も目立った負傷がないのは対衝撃姿勢が間に合ったからか、或いは運の良さか。
まあ、生き残っている以上全員運がよかったという事にしておこう――ロケットの件も含めて。
「それと、もう今後は丸腰を装う必要もなさそうだ。全員己の装備を持っていくぞ。慌てず急いで準備しろ」
それもそうだ。
俺たちは一斉にひしゃげた車の床を剥がして、それぞれの装備を取り出した。
これまで着ていた変形ボディーアーマーも連中のライフルを防ぐには足りるだろうが、その範囲が足りないのと、元々最前線で使う代物ではないこともあってマガジンやグレネード、ラジオ等の各種ポーチやウェビングといったアクセサリー類に対応しきれない。
結局床下から発掘したいつもの装備に早着替え。
レシーバートップにチューブ型ドットサイト。ハンドガード下にフォアグリップとフラッシュライトをそれぞれマウントした72式一型とその弾がマガジン5本150発。
それらマガジンを納めたポーチの周りにフラグとフラッシュバンを2発ずつ。デバイスと無線機はそれぞれのホルダーとラジオポーチへ。
それらに加え背面にはトラウマキットと、それに干渉せず、かつすぐに取り出せるような位置に電磁パルスガンのホルスターをセット。
更に肘と膝にはプロテクターを装着。太もものセカンダリーはそのまま使用する。
ずしりと重い気がするが、今はその重みが安心感となる。幸いどの装備もクラッシュの影響は受けていない。
「全員準備できたな。行くぞ」
分隊長の号令と共に俺たちは最早慣れたフォーメーション=前衛3人後衛1人のダイヤモンド型で移動を開始した。
「これだな」
前衛中央=先頭を行く角田さんが、歩き出してすぐ例の点検用通路の入り口を発見した。
緩く右にカーブしているこのトンネルの右側に設けられたそれは、トンネルを相似形に小さくしたようなかまぼこ型の扉で塞がれており、その高さは何とか大人一人が通れそうなサイズだった。
その扉のノブが、角田さんの手の中で濁った音を立てる。
「よし……お願いします」
「了解。全員離れて」
手を放し、振り向いた先に分隊長。その手にはブリーチング用のショットガン。
指示に従った次の瞬間、立て続けに2発の銃声がトンネル内に反響した――その直前にランゲル氏の耳を塞いでおくことも勿論忘れない。
「よし、開いた」
開いた――開けたの方が正確なそこから一人ずつ滑り込んでいく。
通路はその高さと同様、幅に関しても大人一人がやっと通れるぐらいのものしかない。
「暗いな……」
「誰か暗視を……って持ってないよな」
分隊長の言葉に誰も反論する者はいなかった。夜間戦闘を想定していなかったため、そうした装備を持ち込むこともなかった。
結局、俺とクロはそれぞれの銃にマウントしたフラッシュライトを、そうでない者はポーチに入れた首振りライトで対応することとなった。
それしても、一体どういう点検をするつもりで作ったのか知らないが、ここの設計者は実際の使用を考えているとは思えないぐらい暗くて狭い通路は、一分近くに渡って続いた。
「出口か」
ようやく見えたかまぼこ型の世界に思わず口が動く。
一歩進むごとに少しずつだが大きくなっていく外の世界は、むき出しの土と、左右に隙間なく立ち並んでいると思われる背の低い木が、上半分を占めている青い空と並んでいた。
その景色の中へ飛び込む。周囲を警戒し、穴の中から見えた通りの世界=土がむき出しになった丘の中腹で、周囲を背の低い木々に囲まれたその空間に入って、無用の長物となったフラッシュライトを消した。
「病院はあれ……ですね」
入り口横、木々に飲み込まれつつある管理事務所だったと思われるプレハブの向こうに見えた二階建てのコンクリート製の施設に目をやる。
点検用通路の前から緩やかな下り坂になっていて、病院を挟んで向こう側にはこちらの丘と同じかそれ以上の標高の山が並び、その間から舗装された道が一本、低い所へと流れる川のように伸びている。
どうやらこちら側の道と同じく病院の前まで伸びているようで、病院がこの谷の底に当たるらしかった。
その谷底の病院目指して俺たちは進んでいく。ダイヤモンド型の陣形を崩さず、周囲に常に気を配りながら、同時にペースを落とさずに。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




