そこを見た者12
追いかけてきたのは1台のトラック。
その荷台に乗った兵士たちが当たるを幸いとばかりに発砲する。
揺れる荷台の上、カーブが連続するでこぼこ道ではろくな照準なんてつけられるはずもないが、それでも時折車体に火花が走り嫌な金属音が響く。
「クソッ!撃ってきやがる」
「止めます」
シートを左右にどかしたことで生まれたスペースにクロが座り込む。それに合わせて俺はハッチを全開する。どうせ貫通するのだ。それなら視界を広く取った方がいい。
胡坐に近い座り方で左膝を立て、その上に銃を保持する左肘を乗せた膝射姿勢――それをとった瞬間、車が大きく右に振られる。
「わっ!?」
道に合わせたカーブに回避運動が重なった結果の急ハンドルは、結果として彼女の射撃を逸らし、銃弾は助手席の上に蜘蛛の巣を作るだけで終わった。
そう、蜘蛛の巣を、だ。
「防弾ガラスか」
思わず横で声を上げる。
奴らのトラックのデータもマキナは対応している。
整備状態はあまりよろしいとは言えないが、追ってきているのは軍用トラックだ。それも、前線での使用を前提にした防弾仕様の。
モンキーモデルとはいえその能力は健在で、精々10m程度の距離からの7.62mmであろうと今のように蜘蛛の巣状のひびを入れるのが限界だ。
おなじ場所に何度も撃ち続ければあるいは割れるのかもしれないが、彼我共に動き続けている上に絶えず振動と横揺れのするこの状況ではそんな事不可能である。
「くっ……」
だが、彼女は諦めてはいなかった。
ちらりと進行方向に振り返るとすぐにライフルを構えなおし、それから俺の方を一瞬だけ見る。
「補助お願いします」
「了解」
二つ返事で彼女の後ろへ。
彼女の後ろに開脚して座り、股の間に彼女を入れるような姿勢を取って足の先を左右のシートの根元に押し付けて固定。そのまま背中を運転席と助手席の間にはめ込む。
――もしかしたら、彼女の考えは俺と同じかもしれない。
「……」
車が揺れる。
首をひねって俺も進行方向を確認。細かいカーブは何度も続いているが、間もなく大きく左に曲がる。
いつの間にか周囲は荒れ地から沼地に変わり、そのぬかるみを避けるように道が2mほど盛り土された上に造られていた。
「……ッ」
首を戻した瞬間立て続けに4発。
全て運転席のフロントガラスに命中。
一発も貫通はなし。トラックは依然元気に走行中。
だが――。
「「よし」」
俺たちは同時に声を上げる。どうやら彼女の考えも同じだったようだ。
直後、車体が多きく振られた。大きな左カーブの横Gに体が持っていかれそうになる。
それが終わった時、トラックは道から飛び出し、唸りを上げながら頭から沼地に突っ込んでいた。
「ナイスキル」
そこで初めて、頼もしさとは逆の柔らかな肩から手を放す。
「へへ……」
「ハハハ……」
少しだけ笑いあい、そしてハイタッチ。同じことを考えても、瞬時に実行する腕前は見事なものだ。
一発も貫通しない銃弾は、運転席の視界を蜘蛛の巣で覆い尽くしていた。
恐らくトラックの運転手は急に世界がモザイク処理されたように思えただろう。
とにかく、これで追手はいなくなった。
「フルバック1よりCP、ディフェンスラインを突破した。全員無事だ。予定通りのルートで飛行場へ向かうオーバー」
角田さんが無線で現状を伝える。その声に少しだけ安堵感があるのは、きっと彼も背後の状況を理解しているのだろう。
――だが、返ってきた返事はそんなものとは無縁だった。
「CPよりフルバック、無人ヘリが接近中。6時方向警戒せよ。距離2000」
「CP、事前情報にそんなものなかったぞ!?」
「こちらでも把握していない戦力を保持していたようです。カタログデータをデバイスへ転送します」
その返答に分隊長が小さく頭を振り、それから自らのデバイスに目を落とした。
確かに事前情報に無人ヘリなどなかったはずだが、今更そんなことを愚痴っても仕方がない。
今一番重要なことは、その新手から逃れる事。
どうやら向こうも簡単には諦めてはくれないらしい。
「これが……」
分隊長に倣って目を落とした自分のデバイスに空から猛追してくる敵の詳細が画像付きで表示される。
MQAH-64。北米連合共和国の払下げ品。名前に入っているようにアメリカのAH-64を無人化したようなそのヘリは、本来ならコックピットがある辺りをエイリアンの頭部を彷彿とさせる円筒形のパーツで覆っており、恐らくそこに奴の頭脳とセンサー類が納まっているのだろうという事が推測できた。
全身を軽量セラミック装甲に覆われ、歩兵の携行する銃火器では傷を負わせることは不可能。武装は20mmチェーンガン、空対地ミサイル、他連発ロケット弾ポッドを備え、その重装備で毎時360kmで飛行する。
その外見が似ていることから命名された先代AH-64に比べて一回り小さいものの、それが何一つ脅威を低下させていないことは明らかだった。
それどころか、ちょっとした集落なら丸ごと廃墟に出来るような火力を抱えたまま、小型化によって小回りが利くようになっている。
つまり、現状最上の対策は戦おうとしない事。見つからず、追われないよう祈る事だけだ。
――そしてそんな祈りが通じる程甘い相手でもない。
精々時速100kmが限界のこの車を、空の上から300km以上のスピードで追ってきたその無人機は、瞬く間にローター音で辺りを満たし、獲物に向かってゆっくりと高度を落としてくる。
一瞬の選択肢:パルスガンで撃ってみるか?
すぐに結論は出た――やるだけ無駄。
大出力の電磁パルスランチャーでもあれば話は別だろうが、今床下に格納しているのは訓練で使用した電磁パルスガン程度しかなく、高速で空を飛ぶ相手には射程があまりに足りない。
そしてその選択が何一つ間違いではなかったということは、その判断に達した瞬間に証明されていた――車のすぐ後ろを追ってくる、車高よりも高い土煙の柱で。
「クソッ!!」
20mmチェーンガンのけたたましい銃声が、その着弾音をかき消し、射手のローター音に混じって辺りに響く。
「カク!逃げきれるか!」
「トンネルだ!あと少し――」
分隊長の叫びに同じぐらいの声量で怒鳴り返した彼のその声にフロントガラスの向こうに目をやる。
いつの間にか並走していた川の上流、大きな山に向かって道路は伸びていき、ぽっかり開いた待望のトンネルが俺たちを待っていた。
あそこに入ればヘリは追ってこられないはずだ。
そしてあそこを抜けてしまえば、後は飛行場まで一直線。
そこまで頭の中で組み立てたところで、声にならない声が俺を振り向かせた。
「!!?」
それが音だったのか、或いは俺の中だけで発せられた衝撃だったのかはもう分からない。
分かるのは車がトンネルに差し掛かっていたという事。そして無人ヘリは僅かに高度を上げていたという事。
そして俺たちの走ったすぐ後ろで道がなくなっていったということ。
「対衝撃!何かに掴まれ!!」
角田さんの叫び声にマキナが応じる。
そしてそれより僅かに速く、車体が後ろからふわりと浮かび上がった。
「!!」
それは異様な感覚だった。
まるでその瞬間だけ重力から切り離されたような、不気味な軽さが車内を満たしていた。
そして衝撃。
「ぐううっ!!!」
世界が回り、暗転し、全ての感覚が消える。
「ぁ……」
それが何だったのかはきっと一生分からないだろう。
あの時何が起きて、自分自身の体がどう動いていたのかなど。
言えることがあるとすれば、それはそんな状態でもマキナは何とか受け身を取れるように機能したという事。そして俺だけではなく、この車の全員が幸運に恵まれていたという事。
「皆……無事か……?」
その事実を理解するのは、分隊長の声がこの世の声であると気づいてから、更に時間を少しかける必要があった。
ぼやける視界、世界は真っ暗で、しかしぼんやりと人の姿は見える。
奇跡的な幸運――車は横転せずに天地そのままで止まっていた。
もう一つ幸運――俺の手足は無理なく動いていた。右手の指が3本あらぬ方向に曲がっていたが。
そして腹の上に質量。覆いかぶさるように倒れていたクロであると理解するのに更に時間を要する。
「うぅ……く……」
彼女も意識を取り戻したか、目が回った時のように頭を横に振ってから起き上がる。
口の中を切ったのか、一本の血の筋が口角から流れていた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




