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そこを見た者10

 空き地の向こうに件のモーテル=粗末で古びた木造二階建て。

 「よし、行こう」

 「了解です」

 分隊長が音頭を取って先頭へ。手には背中と同じリュックを一つ。

 彼の背中の、俺と同じ黒いリュックを追うようにして駐車場を横切っていく。

 恐らくモーテルの収容人数以上の車を停められるだろう広さのそこにはしかし車の姿はほとんどなく、端っこの方に恐らくモーテルの業務用だろうトラックが一台土埃の塊となっている他には、それ以上に汚れ、錆びつき、廃車なのか否かさえ分からない状態のセダンが一台だけ。恐らくそれの持ち主なのだろう浮浪者風の男が一人、俺たちの方をじっと見ていた。


 「……構うな。ただの売人だ」

 俺が彼と目が合った事を、どうしてか前を行く分隊長は気付いていた。

 言われた通り、視線を元に戻してモーテルへ。幸い待ち伏せされている様子もつけられている様子もない。


 「段取りは覚えているね?」

 「ええ。大丈夫です」

 モーテルの扉の前、振り返らずに言った分隊長の言葉に、こちらもまた彼の方ではなく歩いてきた方向を確認しながら答える。

 と同時にリュックの再度ポケットのジッパーを開いて中身を指の間につまむ。


 「フルバックリーダーよりCP、モーテルに到着したオーバー」

 「CP了解。予定通り対象と接触してください。アウト」

 それを受けてから扉を引く。

 こちらに向かって動く扉の表面の謳い文句=ようこそハリールへ。清潔で快適なお部屋を提供します――ここまでの感じでは誇大表示に思えるが。


 「いらっしゃい……」

 扉の向こう、朝なのに薄暗いフロントにいた男が俺たちを見上げながらそう言った。

 言葉とは裏腹にあまり歓迎する様子の感じないそれも気にせず、分隊長がカウンターに近づく。

 彼に続いて俺もその横へ――同時にカウンターの天板が張り出している部分の裏側に指の間のものを押し付けた。

 使い捨ての超小型盗聴器。ここに護送対象の追手が来た場合、フロントで何があるのかをデバイスで聞き取って行動することになる。


 その僅かな間に分隊長はフロントの男の注意を引きつけ、同時に任務を遂行するべく決められたやり取りを始めている。

 「どうも。私、大明公司の張と申します。206号室のアレクセイ・ウスチノフ氏にお会いしたいのですが」

 渡した名刺は今回の設定どおりのもの。

 護送対象の偽名も、彼の偽の経歴も全て頭に入っている。


 「ああ……。お待ちください」

 フロントの男はありもしない会社の名刺を受け取ると、永久に繋がることのない連絡先と存在しない社員の名前を記録する――以外に真面目な仕事ぶり。

 「206号室は、ダイナーの向こうにある階段で上がって左手側の部屋です」

 どうも、と返事をして言われた通りに歩き出す。何があったのか、フロント横の階段は塞がれてしまっていて登ることが出来ないため、わざわざ建物の端にある階段に向かった。

 どうやら一階は客室というよりもダイナーと今のフロントだけのようだ。ダイナーだけの営業もやっていたのだろうが、今は明かりが消えて、ダイナー側の入り口も施錠されている。


 本当に営業しているのか怪しくなるような寂れた1階から、ギシギシ音を立てる階段を上って2階へ。人が二人並んだらどちらかの人間は穴とシミだらけの壁に腕をこすりながら登っていくことになるような狭さ。

 登り切った先の廊下は、階段よりは流石に広くなっているものの、内装のくたびれ具合は同様かそれ以上だ。もっとも、廊下の見栄えまで気にするような人間が泊まるような場所でもないのだろう。

 廊下の一番奥にある扉の上に取り付けられた非常口を示す表示のライトが切れているのが、また一層場末感を覚えさせる。


 朝なのに妙に薄暗く、けばけばしい印象を与える照明の吊るされた廊下を進み、言われた通り左手側にあった206号室の扉の前で止まる。

 「さて、ご対面だ。お行儀よくね」

 そう言ってノックする分隊長。最初に2回。一拍空けて今度は3回。少し空いて、ドアの向こうで鍵が外れる音がした。


 「ご安心を。オプティマル・エンフォーサーです」

 その音の後に覗かせた顔=昨日の機内ブリーフィングで見たそれ。ただしひどく疲れたような面持ち。

 「ああ……っ、お待ちしておりました!」

 俺たちの所属を明かすとそう言って扉を開けた護送対象=ランゲル氏は、ようやく安心したと言った様子で相好を崩した。


 部屋の中に俺たちが通され、全くと言っていい程くつろいだ形跡のない室内に、いったいこれまでに何秒間彼にリラックスする時間があったのだろうとさえ思い始めたのと、インカムが沈黙を破ったのは同時だった。

 「フルバック2よりオールフルバック。AIFのトラックが2台接近中。その後ろからテクニカルが1台。今四叉路に入りますオーバー」

 「フルバックリーダー了解。こちらは対象と合流した。フルバック2は監視を切り上げろ。フルバック1、フルバック2を拾ってこちらに来てくれ。正面は恐らく封鎖される。裏に回ってくれオーバー」

 窓の外を見ながら分隊長が一気に指示を飛ばす。

 それぞれ了解した旨の返答が続き、その間にもトラックが猛然とこちらに近づいてくるのが窓の外に見える。


 「案外早かったな……どこで知ったのやら……」

 呟きながら遮光カーテンを閉める分隊長。

 すぐ後ろに再び不安を具現化したような表情のランゲル氏が近づいてきたのを俺はそっと手で制した。

 「窓には近づかないでください。追手が来たようです。すぐに移動します」

 「わ、わかりました……」

 この展開を予想していた――という訳でもないのだろうが、彼は既に己の荷物を纏めて出発の準備を整えていた。


 「よし、俺たちも準備しようか」

 「了解」

 そう言ってリュックを下ろした分隊長に答えながら、俺も彼と同じ動作をする。

 即ち、リュックの中身=ホルスターに入ったハンドガンとトラウマキットを引き出してから、リュックの二重底の下から取り出したタグを一気に引っ張ってリバーシブルのようにひっくり返し、底板の真ん中が外れたそれを救命胴衣のようにかぶって装着した。

 体の前後を内蔵した防弾プレートに挟まれ、外になった左右の蓋つき内ポケットにハンドガンの予備マガジンとグレネードを一つずつ。それらに併設されたホルダーにポンプを一本ずつ。取り出したホルスターを太ももに巻き付ければ、もう完成だ。


 手に持っていた空のリュックを同様に変形させ、ランゲル氏に着せていく。

 そして俺たち全員の装備が完成するのと同時に、騒がしくなった駐車場とインカム。


 耳に入ってくるのは先程のフロントの男の声――それもひどく怯えた様子の。

 「ま、待ってくれ。うちはもうミカジメ料は……」

 対照的に落ち着いた――そしてドスを効かせた声。

 「いやいや落ち着いてくれ。その話じゃない」

 いくつかの足音が声のBGMになっている。

 カーテンの隙間から外を見ると、どうやら2台分の人間が全員で包囲網を形成しているらしかった――それにしてはただ屯しているかのように不規則な配置だが。


 「じゃあ、何を……」

 「宿泊者名簿を見せてほしい」

 「い、いや……。それは……」

 「こちらの任務に必要だ。分かるな?」

 念を押すような最後の一言を、息を詰まらせるような音が追いかける。

 続いて何かが動く音。そして紙がめくられる音。

 「……206か」

 その一言の後には、ただ複数の足音だけが続いていた。


 「来たか」

 思わず苛立った声が出る。

 「フルバックリーダーよりフルバック1。今どこだ?連中が建物に入ってきている。時間は稼ぐが保証はない。急いでくれ」

 「フルバック1了解。今フルバック2を回収した。あと2分でそちらの裏手に出る」

 角田さんの声。それに更に何かを答えようとした分隊長を、廊下の音が遮った。


 「きっ、来た!」

 ランゲル氏の過敏になった聴覚はそれをしっかりと――些かオーバーなまでに――聞き取っている。

 仕方ない――小さくそう言って分隊長は俺を見る。

 「連中がその気を見せるまで発砲は禁止だ。まずは紳士的にね」

 了解と答えながら、右手の指先で太ももに提げたハンドガンのグリップを撫でる。ストライカー式のポリフレマー製9mm。抜かずに済めば一番いいが――。


 「あ、あの……」

 「ここにいてください。我々が指示するまで動かないで」

 彼が頷くのを確かめてから廊下へ出る。俺が前、分隊長はランゲル氏を隠すように扉の前へ。

 薄暗い廊下にえんじ色の頭が四つ。

 「とりあえず交渉は任せるよ」

 「了解」


 扉の前から一歩、向かってくるAIFの方へ近づく。

 連中=揃いの制服とベレー帽。そしてコピー品のFALをめいめいが自由に持っている―――スリング任せの者。手に持っている者。肩に担ぐ者。首の後ろに回して担ぎ、ストックと銃身に両手をかけている者。

 およそ軍紀があるとは思えない。およそ練度が高いとは思えない。


 だが、故に油断はできない。

 軍紀がない武装集団などただの危険団体でしかない。例え練度が低くとも、武装した暴徒となれば何をしでかすか分からない。


(つづく)

きょうはここまで

続きは明日に

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