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そこを見た者9

 「あれが検問だな……」

 分隊長が同じものを見つけて、俺の内心を声にした。

 そしてその呟きを拾った角田さんが尋ねる。

 「迂回しますか?」

 「いや、連中の眼も多い。誤解を招く行動は避けよう。見たところ車内までは見ないようだし」

  分隊長の言うとおり、橋を渡る都合上緩やかな上り坂になっている道の先、今まさに検問を受けている俺たちと同じようなワゴン車も、兵士たちが興味を持ったのは運転手の顔と身分証だけのようだった。

 ――いや、本当に興味を持っているのは身分証と一緒に差し出される“通行料”だろうが。


 「……経費で落ちるかね」

 おなじことは誰もが考えていた。

 分隊長のその言葉に角田さんが再び応じる。

 「まあ、“弾”は向こう持ちって話ですし」

 「上手いこと言うね」

 そんなやり取りで再び車内に穏やかな空気が戻る。

 ――もしかしたら、そうして笑っていたかったのかもしれない。少なくとも俺にはそんなところがまだ少しあった。

 これも考えるところは皆同じなのだろうか?


 まあ、とにかく検問については気にする必要はない。とりあえず今回渡す袖の下は全員で割り勘という事になった。

 「止まれ」

 そして本番。

 えんじ色のベレー帽にカーキ色の軍服の兵士たちが俺たちのワゴンを取り囲む。

 それぞれがスリングで吊るしたFALらしき銃が朝日を受けて鈍く光っている。


 この時代、先程の他律生体たちもそうだが彼らから見れば時代遅れのはずのこうした装備は中小国、もっと言えば三大国以外の軍隊や警察に大きなシェアを占めていた。

 二十世紀の銃と呼ばれるこうした装備――厳密には二十一世紀初頭のものも含まれる――は、この時代のものに対して比較的安価で構造が単純故に扱いやすく、かつ殺傷能力は十分ということからこうした十分な予算のとれない組織にはありがたい装備だった。

 ――更に、三大国からすれば自分たちがアドバンテージを持てるこうした武器をばら撒いて中小国の独自開発能力を奪う方が望ましくもあったのだ。


 大方こいつらのは連邦軍統合のどさくさに紛れて旧リビア軍の武器庫に眠っていた骨董品をくすねてきたもののデッドコピーを更にコピーを繰り返した、オリジナルのひ孫か玄孫辺りだろう。


 角田さんが窓を開けて顔を出すと、そちらに向こうの隊長らしき人物が回り込んだ。

 「身分証を」

 全員分を集めて彼に手渡す角田さん。勿論紙幣が4枚同封されている。

 受け取った相手が収益を数えている間に窓を潰しているため後ろはスライドドアごと明けて兵士たちとご対面。


 「よし、行け」

 何も聞かれることなく検問はパス。げに偉大なるは銭の力か。

 「随分簡単に通れましたね」

 端の真ん中辺りまで来たところで――窓から見えはしないのだが振り返りながら――クロが呟く。

 「彼らからすれば、俺たちがお目当てじゃない以上は通行料徴集した時点でお仕事は終わりだからね」

 と分隊長。

 「それにしたって随分と露骨ですけど」

 これは俺。


 そんなことを言っているうちに車は橋を渡り切って町の北側へ入った。

 対岸では川沿いの朝市で賑わっていたが、こちらは主に古い住宅街と何軒かの古い町工場が軒を連ねていて、まだこの時間では人通りも少ない。

 「それがこの辺りの風土なんだろうね。さて、そろそろ見えてくるぞ」

 話を切り上げ、部下たちを仕事モードに切り替える言葉。

 何が見えてくるのかは言われなくても分かった――実際に見えてきたので。


 寂れた工場地帯を抜けた先。

 土をむき出しにした空き地が目立ち始めた頃に遠くにポツンと見える、その何もない辺りの唯一のランドマークのようにして建っている給水塔。

 いずれの先も寂れているように思える四叉路の中央の道を少し進んだ荒れ地の中で周囲に何軒か忘れ去られたように建っている古く大きな民家で使うのだろうそれは、何も遮るもののない視界を確保するのにうってつけだ。


 その足元で車が止まり、クロが自分のリュックをひっ掴んで降りた。

 「じゃあ、よろしく」

 「了解です」

 分隊長の言葉にはっきりと答え、同時にリュックの中をまさぐる。

 箱型のそれは、アウトドアというよりも日用品の類に含まれるだろう外見で、都内のサラリーマンなんかが通勤時に使っていてもおかしくないデザインだが、中から出てきたものは中々一般的とは言い難い代物だった。


 そんな中身=クワッドローターの小型ドローンを地面に置くと、慣れた手つきでデバイスの画面をスワイプするクロ。

 その動作を始めたと思った頃には、彼女のデバイスが流ちょうな機械音声で「Drone Standby」と伝え、それからタイムラグなくドローンが見えない糸で吊り上げられるように静かに彼女の目線ぐらいまで浮かびあがる。


 「To start autopilot mode」

 腹の下に抱えたおわん型のカメラで俺たちを見回したドローンはふわりと高度を上げて給水塔の頂上付近まで上昇していく。

 そこまでの操作方法は俺も知っているが、彼女のスピードには到底ついていける気はしない。


 「凄いなぁ……」

 思わず漏れた素直な感想。

 「へへ……現代っ子ですので」

 少し恥ずかしそうに――しかし悪い気はしないと言った様子でそう言うと、彼女はリュックを背負いドローンを追うようにして踵を返す。

 「では、監視に入ります」

 この四叉路の真ん中を進めばその先に件のモーテルがある。

 彼女の役目は給水塔の上からモーテルへ接近する存在がないかを見張る事。自動操縦のドローンはその補助に加え、接近者=AIFやスタリオン社が有人無人を問わず航空機を使用した場合にそれを発見するという任務も負っていた。


 その彼女が元は何色かも分からない程に錆びたフェンスの隙間から給水塔にとりついて登り始めたのを確かめて、分隊長の方を見る。

 どうやら彼も俺の考えていたのと同じ指示を出そうとしていたようで、既に体は作業のために車の後部に回り込むべく動き出していた。

 「カク、シートを回す。トーマは手伝ってくれ」

 「「了解」」

 返事は同時。


 二人で開錠された後部ハッチを開くと、同時に後部座席のスライドドアがロックされた音が車内から飛び出してきた。

 後部から飛び乗り、それまで座っていた後部座席のヘッドレストの下あたりに手を入れて横へ。

 シートはほとんど抵抗せず滑らかに流れ、車体左右で向かい合うロングシート式にレイアウトを変えた。

 すぐ後ろのスライドドアは完全にロックされており、後部座席からの乗降は後部ハッチのみに限定されるが、その分車内は広く、着席はともかく乗降自体は非常にスムーズに行える。それに床下に隠しているそれぞれの装備を取り出すのにもこちらの方が効率がいい。


 後部ハッチを閉め、その作戦用後部座席の助手席側に腰かけると、助手席から反対側に移動した分隊長が運転席のヘッドレストを軽くノック。

 まるでそれがこの車を動かす方法だと言わんばかりにタイムラグなく、車は再び動き出した。


 四叉路の真ん中、二番目に寂れている道を進む俺たちのワゴン。向かうは護送対象の待つモーテル。そこから先は俺と分隊長の二人だけだ。

 「フルバック2からオールフルバック及びCP。聞こえますか」

 動き出してすぐ、車内の三か所で彼女の声がした。

 「こちらフルバックリーダー。良く聞こえる」

 そのうちの一つの耳に返事する声。

 「こちらフルバック1。こちらも良好」

 「フルバック3。こちらも良く聞こえる」

 それに続く角田さんと俺。

 その後にここにはいない返答が入ってくる。

 「こちらCP。こちらも良好です」

 全員異常なし。それを確かめるとクロが本題に入った。


 「了解。給水塔頂上に到着しました。これより監視を開始します」

 分隊長が了解と返し、それから無線は沈黙する。

 緩やかに右にカーブしている道に沿って、周囲の荒れ地より数センチ程度盛り土した上にアスファルトをかぶせただけのようなでこぼこの上を進む。

 その舗装も最後に人の手が入ったのは一体何年前なのか、そこらじゅうがひび割れ、名前も知らない雑草がのびのびと自然の強さを見せつけていた。


 ぼこん、ぼこん、と縦に揺れる道を進む事数分。ようやく見えてきた『ハリール』という看板に俺の手は無意識に自分のリュックに伸びていた。

 「よし、到着だ」

 その看板の前、黄土色の土がむき出しな駐車場――というか建物前の空き地の前で車が止まり、後部ハッチが開く。


 「必要になったら呼ぶ。すぐに出せるようにして待機だ」

 「了解。それじゃご安全に」

 分隊長の言葉に角田さんが答え、同時に車から降りた俺たちを残してワゴンは走り去る。

 時刻は7時5分前。既に日は完全に昇っていて、とても秋とは思えない日差しが、じっとりとした空気を纏って俺たちに降り注いでいた。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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