そこを見た者7
そんな景色の移り変わりをずっと見ていたことに、隣にいた分隊長から声をかけられて初めて気づいた。
「この辺りは昔の日本みたいなものだからね」
「昔の日本……ですか?」
言われてみてから、それがどれほど昔のことを言っているのかは、その時代を生きていない俺でも大体わかった。朝鮮戦争やベトナム戦争での特需の事だろう。
「確かに、特需で大きくなったような国でしたね」
この国に親EF派が多いのはそのためでもある。大事な取引相手。富をもたらす相手をそうそう嫌いにはなれない。
そして逆に言えば、EFはここを手放したくないだろう。
彼らにとってもこの国は大切な輸入相手であって、資源基地であって、下請け先であって、アフリカ大陸への足掛かりであって、宿敵東人連に対する防波堤でもあるのだ。
という事はつまり、東人連からすれば?敵の敵が味方なら敵の味方は敵だ。
――さっきの話に頭が帰っていく。北ジンバラ準州は独立派が強いと言うが、一体そのうちどれほどの割合で純粋に自分の意志だけで独立を訴えているのだろう。
血を流さずに平和を売り買いできる時代。不和や戦乱だって同じ事だろう。
そんな考えが頭の中に溢れ、思わず気が滅入りそうになって小さく息をつき、思考を打ち切って流れていく景色に集中した。工場や農場すらも疎らになった窓の外。俺たちの世界でもアフリカと言われてイメージする広大な荒れ地が広がっていた。
そんなどこからかライオンやシマウマが飛び出してきそうな平野を飛ばし続ける。
途中何度か小休止を挟みながら走り続け、やがて西の空がオレンジに染まり、サンドイエローの大地が黒土に見まがうばかりに日が傾いた頃にようやく小さな町が地平線の向こうに見え始めた。
その蜃気楼のような町がサン・ジョルダン市。今回の仕事の現場だ。
やがて太陽が地面とくっついて、黄昏時から本格的な夜に移り変わる頃になって、ようやく俺たちはサン・ジョルダン郊外のセーフハウスに到着したのだった。
「お疲れさまでした。明日の朝、作戦開始までこのセーフハウスにて待機していただきます」
車を降りてからキングさんにそう言われて、改めて建物を見上げる。
元々は自動車修理工場かなにかだったのだろうその建物は、元々白い外壁だったのだという事を赤茶けた姿で伝えていて、そのみすぼらしさが背後に広がる背の高い藪とその向こうの沼地に妙にマッチしていた。
車を建物の中に入れると、既に到着していた俺たちの装備品を積んだトラックが一台、シャッターに頭を向けて停車していた。
そしてその隣には、電気工事業者用に改装――より正確に言えば偽装された――ワゴン車が一台。これが明日使用する車だ。
その更に横。元々は今並んでいるような車をそこに置いての作業スペースだったのだろう二階事務所の真下の場所には、はめ込まれるようにしてプレハブが2棟並んでいた。ここが今日の寝床となるという事は、キングさんがさらりと告げた。
建物の二階部分、本来なら事務所である――そして俺たちが来るまではそのように使っていた――部屋でブリーフィングを行い、それから下に降りてトラックから装備を下ろし、ワゴン車に積み込み明日の準備。
ワゴン車は運転席と助手席以外の窓は潰され、全体が白く塗られたそれは、日本でもよく見かけるタイプのものだ。
そして潰された窓の下に青い塗料で書かれた文字=大明公司。その下に英語で「Dai ming electronics」の表示も。
こちらの世界では海外に拠点を置く東人連系の企業も多い。
それに偽装したものだが、この社名はオプティマル・エンフォーサーがこうした任務に使用するために用意しているペーパーカンパニーの一つだ。
ワゴン車の妙に高く感じた床は二重になっていて、中に普段の装備品=本格的な銃撃戦に発展した場合に必要となるものを仕込んでおく。
それが終われば残っているのは己の準備だけだ。トラックから降ろした荷物の山から分けておいた寝袋をそれぞれが運び込む。
この仕事を初めてから日本のアウトドア用品店で買ってきたものだが、当初の予想以上に日本以外でも幅広く使える。というか、意外なほどアウトドア用品は流用可能な品が多かった。
そしてそうした代物は、大体の場合この世界の軍用品と比べても十分な使い心地と耐久性を兼ね備えていた。
「さて……」
分解清掃を終え、油をくれた己のライフルを担いで建物の裏へ。準備が終わるころにはもうすっかり夜になっていて、建物の明かり以外には地上の一切が消滅してしまったかのような闇が広がっている。
その空と大地との境界線など存在しないと感じるような闇の中、普段見ている青い空のすぐ向こうには宇宙があるということを実感する星を見上げていた。
と言っても別に天体観測の趣味がある訳でもなければ、ロマンチックな感傷に浸っていた訳でもない。
「それじゃ、お先に失礼します」
「ごゆっくり」
横をすり抜けるように通り抜けたクロと言葉を交わして視線を空から地上へ。正確にはパタパタと遠ざかっていく彼女の背中へ。
いつものジャージ姿で、手には俺のようにライフル――ではなく私服と入浴用具一式を入れたプラスチックの桶。
敷地の端に用意された1基だけの簡易シャワーを俺たちはくじ引きで決めた順番で使っていた。
先に入ったキングさんと運転手、そしてうちの部隊の二人曰くぬるま湯しか出ないらしいが、それでも十分というものだ。
くじ運のなかった俺は、こうして一番最後から二番目の彼女がシャワーを浴びる間、愛銃を抱えて周囲を警戒することとなった。
アフリカとはいえ、日が沈んだこの時期は涼しい。
ましてや藪を躍らせる程には風が出てきたとあって、一枚上に欲しいぐらいだ。
そんな涼しさを忘れるように肩を回し、足を動かす。一応警戒中なのだ。ぼうっと突っ立っていても仕方がない。
シャワー室にクロが消える。どうやら電話ボックスを少し大きくしたようなその簡易シャワーは、中に更衣室を備えているようだ。
「わああっ!!?」
「!!」
その更衣室から悲鳴のような声と共に、その主が飛び出してきたのは、ちょうどそちらに向かって歩き出した時だった。
「何か?」
声をかけながら胸ポケットに入れていた首振りライトを点灯してローレディ=ストックを軽く肩の上辺りに当てて銃口を下に向けながら彼女の方に駆け寄る。
アンダーレイルにマウントしたフラッシュライトは銃口を向けてしまうため使用できない。
だが、そんな必要はないことは分かっていた。
俺が近寄ったのは、勢いよく閉めた扉の前で深呼吸している彼女の姿に、中で何があったのかなんとなく察したからだった。
ここはアフリカ。そして自然の中。昼間より涼しいとはいえ、日本のこの時期よりだいぶ暖かい。
「あ、いえ……。大丈夫です」
深呼吸を終えて俺の方を見ると、自分に言い聞かせるようにしてからもう一度扉を開ける。
「よし……」
覚悟を決めたようにそう言いながら中へ。
後ろから覗き込むより速く、漬物石みたいなバカでかい蛙を抱えた彼女が戻ってきた。
扉の外にそれを置くと、蛙と言われてイメージするものより随分と貫禄のあるそいつは、のっしのっしと呑気に歩いて藪の方に向かっていく。
大方藪の向こうの沼地から出てきたのだろう。同様につまみ出されたもう一匹が、これまたのんびりした歩調で前の奴についていく。
「これでよし……っと」
外に出した張本人はそう言って二匹を見送ると、別の先客がいないかを入念にクリアリングする。
「マキナ使えてよかった……」
ぼそりと呟いたその声が俺にも聞こえた。やはり使ったのか。
「じゃあ、改めてごゆっくり」
「あ、すいません。お騒がせしました」
扉が閉まり、繊維の音。それから水の音。
俺は騒ぎの収まったそのシャワーからそっと離れる。二匹の蛙は、既に見えなくなっていた。
「……っふ」
一人になって、少しだけ吹き出す。
冷静沈着勇猛果敢。戦闘中のクロについての印象はそれだ。
飛び交う銃弾の中でも慌てず騒がずスコープの向こうの世界を見据え、そしてそうなれば目標過たず。
一体どれほどそのご利益を信用しているのか、プレートキャリアに留められたお守りを一度撫でれば、それでその肝っ玉を発揮する。
そんな我らのマークスマンが、でかい蛙に驚いて女の子のような悲鳴を上げる。そのギャップが妙におかしかった。
「あ……」
いや、女の子のようなではなく本当に17歳の女の子だった。
不思議なもので、目鼻立ちはきっと恵まれている方に含まれていて、普段の言動も別段男っぽい訳でもないのに、彼女が少女であることをどうしても忘れてしまっていた――本人には絶対に言えないが。
「お先頂きました」
そう言って彼女がシャワーを終えたのは、俺がそんな失礼な勘違いを頭から追い出した数分後だった。
ようやく俺の番。
クロと共に一度戻って、彼女が隣のプレハブに戻ったところで最初に入った角田さんが自身の銃を持って出てくる。
「じゃあ、お願いします」
そう言いながら自分の装備をワゴン車に戻し、代わりに風呂用具一式を抱えて来た道を戻る。
シャワー室に入り、一応蛙がいないか確認。流石に連中にとっても特別居心地が良い訳ではなかったようだ。
それから服を脱ぎ、明日に備えて体を洗う。言われた通りに生温いシャワーだが、それでも汗を流すのには十分だ。
――床に置いておいた着替えのパンツから掌ぐらいある蜘蛛が這い出てきた時に、クロのような悲鳴を上げる事となった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




