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死者たちの国1

 奥園と俺たちを乗せた機体は北上を続けた。

 「そろそろ東京湾だな……」

 その奥園が眼下を見下ろして告げる。

 奴の見ている先=洋上にそびえ立つSAM基地。

 いや、ただのSAM基地ではない。ヘリポートや無人機用滑走路が並ぶその施設の中央、イージス駆逐艦の艦橋をそのまま移設したようなものがそびえ立っている。

 イージスアショア。この世界でも採用例はあったようだ。


 「これって……」

 同じものを見てクロが呟く。

 「海ほたる……ですか?」

 「ああ……そうか。そうだな」

 言われて初めて、その正体に気づく。

 そうだ。俺たちの世界にあったその施設が、こちらではこの要塞に変わっているのだ。

 海ほたるの頃には繋がっていた橋はその手前で大きく内陸側に迂回し、そのまま洋上の人工島に設けられた海底トンネルに向かって吸い込まれている。

 その人工島にもいくつかの建物が見え、その岸壁は遊歩道のように整備されていた跡が見えた。

 整備されていた――つまり、今はもう荒れ放題で、利用客など到底望めない。それどころか崩落して沈まない方が不思議な有様だ。


 「気づいたか」

 そんな俺たちの様子に奥園が口を挟む。

 「あれは東京湾防空要塞。こっちの世界でも同じく海ほたるだったが、高山政権時代に首都防空の名目で改装された。あんなものを作るために防衛費を増大させて国民に負担を強いた大愚策だ。なんでそんなものを造った政権が支持されていたのか理解に苦しむ」

 「で、見たところその大愚策をあなた達もありがたく使ったみたいだけど?」

 シロが突っこみを入れながら、視線を件の要塞に落とす。

 要塞に設置された複数のSAMはいずれも稼働状態に思えるし、複数のヘリポートのうちの一つでは今まさに着陸したヘリへの補給が行われていた。


 「政治と宗教と野球の話題は出すなって最近は習わないのか?そんな事よりあのミサイルがこっちを向くことは無いんだろうな?」

 一瞬生まれた険悪なムードを角田さんが破ってくれた。

 「問題ない。あの要塞は開戦同時攻撃で被弾し、本来の索敵能力や偽装への対応能力は喪失している。電子マスキングを施したこの機体を仲間だと思っているよ」

 お仕事の話に戻る。

 それがありがたいと思うようになるとは思わなかった。


 「それで?俺たちは目を欺かなければならない連中の中にどうやって入っていくんだ?」

 「こいつを見ろ」

 そこで奥園が自らのデバイスを操作。映像が俺たちの間に浮かび上がる。

 「これ……東京か」

 「そう。正確にはこっちの東京だ」

 角田さんが尋ね返した理由は全員――少なくともエレベーターでこっちに来た者は皆分かった。

 映っているのは東京都全体の映像。だが、明らかに配色が俺たちの知っているそれと異なる。

 具体的に言うと緑色が多い。いや、多いなんてものじゃない。西東京一体はほぼ全て塗りつぶされていると言ってもいいぐらいの深い緑色で、23区もそれが侵食していて、西側の各区――というより北西部を中心に山手線沿線の半分ぐらいは緑に覆われていた。


 「これが今向かっているこちらの東京。東日本暫定自治区の中枢だ。中枢と言っても地上に都市機能は残っていない。見ての通り大部分は草木に覆われ、沿岸区域の一部は水没していて、それ以外はただ廃墟と化している」

 やや右に機体がロールする。

 どうやら緩やかに右旋回を開始したようだ。

 「どういう事か説明してもらおう。その状態でどうやって政治機能を維持している」

 その傾斜した機内にビショップさんの声。

 対する奥園はデバイスの操作を答えに替えた。


 「これを」

 そう言って映像に追加されるワイプ。映っているのは23区より西にいった辺り。

 ズームされていくと、どうやら緑一面の世界にも、所々都市の残骸や施設が残っているようだ。

 その証拠に、ワイプに移っているのは二本の滑走路。

 「ここは旧立川陸軍飛行場。俺たちの世界とは異なり、こっちでは自衛空軍の首都防衛部隊の基地として使用されていた。そしてその地下に設けられたかつての政府専用シェルター。そこが統合共同体の本拠地。不破戸代表を中心とした“議会”の設置場所だ」

 ワイプの滑走路が透けて、下に描かれる立方体とその重心を表すような点。


 「統合共同体とはこの議会。即ち不破戸代表ら議会そのもの。東日本暫定自治区とは、議会の作り出したカバーシナリオのためのペーパー政府に他ならない。三大国もその事は承知で、それぞれが利用するために黙ってきた」

 ペーパー政府とは中々凄い言葉だ。ペーパーカンパニーの国家版という事か。

 ワイプが消え、映像の中に現れる一本の線。

 その片方は現実なら立川か昭島かその辺――話にあった空軍基地から伸びていった先は……というか、これって……。


 「なんだ?中央線か?」

 角田さんがその名を発して、俺も自分の直感の答え合わせをされたようだった。

 実際の線路とどこまで同じかは分からないが、伸びていった線は23区方向に向かって一直線に伸びている。

 と言う事は、その終着点=東京駅の方まで伸びずに止まった森の中の場所は?

 「まあ、ほとんど正解だ。正確には新宿から基地まで伸びている専用地下トンネルだが。公社の首都防衛部隊の司令部は市ヶ谷にあるが、新宿にはこの地下トンネル及び周辺の森林地帯防衛のための基地がおかれ、オブライエンは恐らくそこに向かうはずだ」

 つまり、奴を追うにはその森林を抜けて基地に向かう必要があるという事。

 つまり、とんでもない無茶を要求されているという事だ。

 そしてその無茶を提唱した人間は、そんな事はさして気にもならないようで、言葉を更に続けている。

 「ここに接近する方法だが、南側は飛行禁止エリアに設定されているため侵入不可能だ。南からなら羽田に降りてそこから陸路となるが、羽田の警備は極めて厳重で、とてもではないがバレずに脱出するのは不可能と言っていい。そこで――」

 映像に更に追加される線。

 有明辺りから岸沿いに千葉方向に伸びたそれが、荒川放水路を遡上する形に伸びていく。


 「このルートで川を遡上、千住集積所を越えて中央環状線沿いに西に向かい、板橋集積所の辺りから森林地帯に侵入。基地の近くに降りる。恐らくこれが最も確実な接近方法だ」

 その説明通りのルートで飛行しているのだろうという事は、窓の外に見える景色で察しがついた。

 有明の辺りだろう海岸線――ひどく抉れ、一部は水没している。

 いや、もしかしたら有明ではないかもしれない。何しろ首都高の辺りまでは水没していて、それより内陸部は地盤がむき出しになって、沿岸が地滑りのような形で崩落していると伝えているのだ。

 こうなってしまっては、俺の元の世界でほんの一度か二度訪れただけの記憶など何のあてにもならなかった。


 そしてそれは、きっとこの東日本暫定自治区においてはどこでも起こりうる感覚で、勝手知ったる場所だという認識は早急に捨てるべきだという事は、その断崖の奥に広がっている広大な廃墟が警告していた。


(つづく)

今日は短め

続きは明日に

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