そこを見た者4
「がっぽり儲けるねぇ。公社も」
分隊長が同じ映像を見て漏らした言葉。公社というのが、彼らPG派遣部隊の正式な所属だ。
公社。正式には先進技術振興公社。独自開発した他律生体=映像に映っている兵士たちをその装備と共に量産し、三大国相手にPG軍事部門の下請けを行っている組織。
中東、アフリカ、南米、そして東欧の一部などに広がっているPG受入国や地域において、彼らを目にしない事はあり得ない。
実際、俺もこれまで数回受けた仕事で直接のコンタクトこそないものの彼らの姿を目にしてきたのだ。
人間のコントラクターより安全で確実な他律生体による治安維持――その謳い文句で急速に勢力を拡大した公社は、今や世界最大のPMCとして名を馳せている。
もっとも、彼ら自身は――人間のコントラクターが一人もいないことも相まって――自らを警備資材派遣業と称しているが。
それがこの世界における最大の民間武装組織。自らが生み出し、世界中に拡散した火種を金儲けに使いながら、その火種で自らの血を流したくはないという三大国の欲求にマッチしたソリューション。
俺たちがそのニュースに注目していたのは、ただ業界的なものだけではない。
二日後、俺たち分隊が派遣される場所で、こいつらと遭遇する可能性がある――それも、最悪の場合敵として。
北アフリカ連邦南東部。俺たちの世界ではリビアの一部である辺りでのNGO職員の護衛。それが二日後の仕事だ。
そしてその辺りはどうにもきな臭い話ばかりが目立つ場所でもある。特に隣国では近々PG受入れが行われるのではないかとまで言われているのだ。
必然、こいつらに遭遇する可能性はある。
「……」
まあ、今更悩んだところで何も変わらない――そうやって思考を打ち切り、冷めないうちに残ったハンバーガーを口に放り込んだ。
「それじゃ、お疲れ様」
「お疲れ様です」
食事を終えて、俺たちはそれぞれのエレベーターに乗り込む。
ホールの片側に三基、合計六基並んだエレベーターにそれぞれ分かれて乗ると、それぞれのいる場所へ、正確に言えばそれぞれが乗ってきた場所へと帰っていく。
1階から動き出したエレベーターは、ごく普通のそれのようにただ下へと降りていく時の独特のGがかかり、それから数秒で階数表示がその感覚に反して「10」を示し、それから通常通りに1階まで下りていく。
「1階です」
聞き慣れた機械音声に送り出されて外に出れば、そこは現代の日本、ごく普通の日曜日の昼下がりだ。
そのごく普通の道を、俺は家に向かって歩き出す。
途中のコンビニを覗くと、後から増設されたのだろう、窓際に設けられたまだ内装が新しいイートインスペースに小学生らしき子供が二人、それぞれの携帯ゲーム機を覗き込みながら一心不乱に何かを入力している。
「ああ……」
ふと思い出して足を止め、直角に曲がってそのコンビニへ。今度の作戦に必要な物を買いそろえる――のではなく、単にATMに用があるだけ。日曜日は手数料が割高だが、まあ仕方がない。
昼時だけあって客は何人かいたが、それでも一分ほどで用は済む。コンビニを出て今度こそ自宅へ。店を出る時にレジの前を通ると、妙なイントネーションの外国人店員から「アリガトゴダマシタ」と送り出される。
ふとイートインを見ると、小学生たちは先程から時間が止まっているかのように同じ姿勢で同じようにゲームに集中し、時折何か言いあっていた。
それから改めて自宅へ。出ていった時と同様の室内。
入ってすぐのキッチンにはいつも使っている茶碗と大皿とコップが洗い籠の定位置に突っ込まれていて、その奥の六畳間のベッドも出ていった時のまま。作業用兼食事用のテーブルの上にはこの仕事を始めてから調べるようになった軍事関係の書物が何冊か転がっている。
結局詳しくなったのはいくつかの銃や装備の種類だけで、マキナのもたらす情報の方が量・質共に圧倒的だったが。
「さて……お?」
ベッドの上に放ったスマートフォンが不在着信を告げる点滅を見せているのに気づき、放り投げた直後に意思を翻す。
丁度コンビニにいた頃にかけられていた。番号は見慣れたもの。登録名=実家。
「もしもし?」
特に留守番電話にメッセージもなかったためかけ直すと、2コールで聞き覚えのある声が出た。
「冬馬、さっき電話したんだけど――」
こちらからかけたのに向こうの方が速く切り出してくる――母の電話の仕方。
「うん」
「なんかね、去年買った掃除機が調子悪いのよ」
それで何故俺に電話したのかは謎だ。
「去年のって、コードレスの?」
一応そんな話を聞いた気がするので問いただしてみると、どうやら俺の記憶は正しかったらしい。
掃除なんて碌にしない人だが、何故かそういう掃除機を買っていた。省エネ&省スペースだとかなんとか言っていたが、買わないのが一番の省エネ省スペースだろう。
――購入当時そんなことを父から言われていて、俺も密かに同意していたのだが、話によるとその予想に反して結構まめに使っていたらしい。
「充電してもすぐ動かなくなっちゃうのよ」
「あー……、もうバッテリーが寿命なんじゃない?」
正直実物を見ないと何とも言えないし、見たところで俺は電気屋ではないので説明書を引っ張り出してきてそれを朗読するぐらいしかできないのだが、今電話口で思いつく、そして最も諦めがつきやすそうな答えを出しておく。
「えっ!?バッテリーの寿命なんかあるの?」
「まあ、何回も充電すればね」
どうやらバッテリーにも寿命があるという事自体を知らなかったようで、俺の適当な答えにも随分驚いていた。
「それってどうすればいいの?」
「どうすればって……新しいの買うか、もしくはメーカーに持って行ってバッテリー交換してもらうしかないでしょ」
大体メーカーだってそういう所で儲けを出すものだという事を付け加えると、どうやら納得――した訳ではなさそうだがとりあえずは分かってもらえた――したようだった。
それからは他愛のない話――それまでの話だってそうなのだが――をして通話終了。
「……」
スマートフォンをもう一度ベッドへ。
気分転換も兼ねて、机の上の本を適当にパラパラ。だいぶ小さくなったとはいえ、まだ罪悪感が完全に消えた訳ではない。
ごく普通の日曜日にごく普通のコンビニに寄り、ごく普通の家族の電話をする。それがどういう訳か、己の仕事の異質さを浮き彫りにした。
平和な日常に、何か重大な任務を帯びている訳でもない一庶民として暮らす。しかしてその実態は異世界の傭兵。撃ったり撃たれたり、殺したり殺されたりする仕事。
子供の頃憧れた正義のヒーローのようでもあるが、しかしその実態は、そんなヒーローとはかけ離れた代物。
自分の生業がそんなもので、しかし家族はおろかこの世の誰も――あの分隊のメンバー以外は――その事を知らない秘密の仕事。
ふと考える。他の連中=分隊長やクロや角田さんはどうやってこの思いと折り合いをつけているのだろう。
ふと思う。もし先程の電話で全てを打ち明けていたらどうなっていただろう。
何も知らない母親に言うのだ。突然「実は俺傭兵なんだ」と。
そして言うのだ。「普通の会社に勤めているって言うのは全部嘘で、本当は異世界で傭兵をやっていて、実は人も殺している」と。
まあ、信じるはずもないだろう。俺だって逆の立場だったら信じない。くだらない冗談として処理するか、精神科の受診をお勧めするかだろう。
だからいう必要はない。どうせ分かりっこないし、もし万が一分かる時が来るとしても、それは俺が死んだ後の事だ。なら行きている今気にしていても仕方がない。
こういう事を考えるようになると決まってたどり着く結論に今日も忠実に順路を守って到着し、この仮定の話はお開きとなった。
そして、二日後。
俺は再び仕事場にいた。正確には、それに向かう飛行機の中に。向かうは北アフリカ連邦新トリポリ州のトリポリ臨海空港。
そしてそこからは陸路で内陸へ。国境近くの小さな町が今回の依頼人の居場所だった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




