かの地へ45
機体は北上を続ける。
朝早く硫黄島に上陸し、その後島の中を駆けずり回って、そして今、島の中と同じかそれ以上の時間このレイヴンの中に揺られている。
思っているよりも時間は経っていたようで、冬の日は既に沈み始めて、俺たちの向かう先は西に傾いた太陽によってオレンジ色に染まってきている。
下を見れば海面に反射したオレンジ。空を見ればそれを何倍も濃くしたようなオレンジ。
その夕焼けの世界を、俺たちは飛び続けていた。
――オブライエンは既に上陸しているだろう。今、奥園が操縦席の方に向かって何かを確認している。大方、連中がどういう状況にいるのかの情報収集と言ったところか。
「それにしても……」
頭の中に浮かんだ感想。それが思わず口を突いたのを、自分で聞いてから気づいた。
「なんですか?」
クロがこちらの顔を見ている。
その横でシロもこちらに目を向けている。
聞かれてしまったのなら仕方がない。まあ、どの道大して重大な事を思っていた訳ではないのだから言ってしまって構うまい。
「奥園とオブライエンだよ。オブライエンが公社に寝返って、それで連中は協力関係にあった訳だ。なのに戦争の真っただ中で内輪もめとはね、と思って」
「ああ、確かに」
同感、と付け加えたクロの横でシロが漏らす。
「理想が高すぎる……」
「えっ?」
「思い描いた理想が高すぎるから、自分の思い通りに話が進まないと許せなくなる。周りも自分の理想通りに、一ミリだって自分の考え通りに動いてくれないと気が済まなくなる。……多分、そんなところでしょう」
オレンジ色の世界に目をやりながらお経のように抑揚のない声でそう告げたシロ。
それを聞きながら、どうやらクロは納得がいったようだ。
「あ~、確かに。いるわ。うちのクラスにも。そういうの」
女の社会は難しい――俺には一生体験することのない世界だが、よく耳にするそれは、高校生のうちから身につくものらしい。
以前クロから聞いたシロの境遇を思えば、そういう世界の気配を敏感に嗅ぎ分ける事が出来るのかもしれない。
「そういうものなのか」
「まあ……そういう面もありますね」
少しばつが悪いような、恥ずかしいような感じでクロが答え、そして続ける。
「誰もが相手の事を見ていないし見る気もない。誰かと話しているようで、実際は自分の主張を繰り返すだけ。で、なんやかんやで力関係が決まるとそれが出来る子とそれを聞き続ける子に分かれる。そういうの、あったりしますし」
大方今の状況は、それが出来る子、正確には出来ていた子同士がいがみ合っているという事だろうか――現役女子高生と中退者の見立てでは。
「……成程な」
ほんの一瞬こみ上げそうになった笑いを未然に飲み込んだ。
世界を相手に戦争しながら、その結末如何で世界を焼き払うか否かの瀬戸際にありながら、内側では高校生の仲良しグループの内ゲバと何ら変わらないことに終始している。
そう言って笑ってしまうのは、実際にそういう環境につい最近まで置かれていた彼女たちに悪い気がして、それを飲み込んだ。なんとなくそれは、彼女たちをそれと同レベルの笑ってしまう存在に見ているようにとられかねないと思って。
だが、事態はそういう事だ。
酷く幼稚で、くだらなくて、笑えるほどに笑えない。
ため息を一つ。それから、己の用事を思い出して操縦席に目をやる。
奥園はまだ何か連絡を取り合っているのか、或いは操縦士と話し合っているのか、こちらには戻ってきておらず、ここからは監視する角田さんの背中だけが見えている。
奴が戻ってきて、これからの動き方が決まったら、高森の件について聞き出さなければいけない。
「……」
自身の得物に目を落とす。
あと少しで、否応なく笑ってしまうような戦場に降り立つことになるのだ。なら、そのくだらない戦争で死ぬ前に、知っておかなければならない。
「……」
指がセレクターに伸びる。
セーフティに入っている事を確かめながら、そっと単発、連射の表示の上に指を滑らせていく。
戦闘中の感情コントロールが可能なマキナ兵には無駄弾をばら撒く心配がないからと3点バーストのないこの銃が採用された――そんな話を思い出して、もう一度単発の上に指を持ってくる。
最悪の場合、つまり話を聞いたうえで奴が許せないような事実=頭の中にぼんやりと、しかし無意識のうちに考えから除外していた仮説を奴が事実として口にした時、そして俺がそうすることを周りが許した時、俺は奴を殺すだろう。冷静に、一発で。
奴らの戦争と同じぐらいくだらない理由で。
つまり、自分だけはくだらなくなどないと思っている理由で。
奴らの、この世界のくだらなさに殺される前に。
※ ※ ※
「オメガ2-0より中隊CPへ。ジュリエット・ヤンキー2-4付近で敵アームスーツ兵を確認。数6。所属確認できず。装備から北共軍と推定されるオーバー」
「中隊CP了解。そちらにレンジャーが向かっている。合流まで監視を継続せよアウト」
「中隊CPよりレンジャー第一小隊。対アームスーツ戦闘用意。完了次第報告せよアウト」
東京湾防空要塞を越えた辺りから無線を拾うようになる。
硫黄島を発つ時に指揮官仕様のレイヴンを回してもらえたのは助かった。
お陰で本土の状況も分かる上に、こちらから連中に指示を出すことも可能だ。
これで硫黄島島内で奴=奥園を始末できていれば言うことなしだったが、まあ仕方ない。
「連隊本部に繋いでくれ」
隣にいた通信担当に告げる。
最後に受けたスカウト個体からの報告では、奥園はオプティマル・エンフォーサーの生き残りたちと共にこちらに向かっているらしい。
その上離陸直後に電子マスキングを実行したため、こちらからは正確な居場所が掴めていない。
まあ当然だろう。奥園は公社部隊の手の内を知っている。
無人機や迎撃システムだけで対応するのは恐らく不可能だ。
「……」
眼下に見える東京湾防空要塞を改めて見下ろす。
三大国軍の開戦同時攻撃でここに被弾したのは痛かった。
かつては洋上のパーキングエリアだったものを改装したらしいその要塞は、建造当時は最新鋭だったイージスアショアに加え、長距離SAMや大型電磁パルス兵器。そしてヘリの運用能力を有する、文字通りの防空要塞だ。
故に三大国軍からも脅威と認識され、開戦と同時に無力化を図った一斉攻撃が行われた。
要塞はその能力をいかんなく発揮したものの、如何せん古い。
数発の被弾の結果、レーダー機能の一部を喪失。外部からの標的指示が必要になったが、生憎鹵獲された友軍機の電子マスキングに対応できる装備はそう多くない。
まあ、それも仕方のない事だ。戦争である以上は。
撃ち漏らした以上、こちらで奴を仕留めるしかない。
「連隊本部繋がりました」
思考を中断。受け取ったマイクで連隊本部=先程から指揮を執っている中隊CPを飛び越えた上位を呼び出す。
奴はこちらの手の内を知っている。
だがこちらも奴の手の内は知っている。
つまり、奴が採るだろう手は大体わかる。後は、そこに回せる戦力があればいい。
それで奴を仕留める。
「……」
一瞬、かつての同僚や部下の姿が頭をよぎり、そしてそれを振り切った。
連中は俺を許さないだろう。
だがそれでも、これは必要なことだ。
(つづく)
投稿大変遅くなりまして申し訳ございません
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