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かの地へ44

 「で……」

 そこまで聞いたところでビショップさんが口を挟んだ。

 「そこまでして実現したい社会的高次進化論というのは何だ?」

 一体何をそこまで推し進めたいのか、その部分だ。

 この世界を滅ぼしてまで広める必要のある思想というのは一体何なのか。


 「まあざっくり言えば……」

 奥園が一度座り直してから口を開いた。

 背筋は伸ばしているが、やや前のめり――恐らくこの男もその思想には賛同している。

 「この世界からあらゆる差異をなくすことで全ての人間を平等とし、その思想を根付かせることで未然に紛争を防ぐ、これまでよりレベルの高い社会を実現する……そんなところかな」

 歯の浮くような言葉が並び、思わず苦笑いが浮かぶ。

 そんな事には関せず、更にその思想の信奉者はその素晴らしさを語り続けている。


 「これまで、人類は争い続けてきた。国籍、宗教、民族、思想……あらゆる点で他人との差異を見つけては、それを理由にいがみ合ってきた。そしてこれまでの紛争解決、平和維持とはこうした事態に対して発生した紛争を解決する、対症療法でしかなかった。だが社会的高次進化論においてそれは不完全な姿だ。だから、人間一人一人の意識をアップデートして、紛争を事前に予防する。それが社会的高次進化論の最終目的。一言で言えば恒久平和の実現だ」

 まったく、その説明にリアクションをしないでいることには随分苦労した。

 恒久平和の実現。

 聞き間違いではない。この男は確かにそう語ったのだ。堂々と、熱意を込めて、語ったのだ。今まさに世界を一つ滅ぼさんとしている組織に属する男が、だ。


 「成程。そいつが実現されれば、人様の戦争で飯を食う我々は失業する訳だ」

 ビショップさんはただ一言だけそう告げて、それから黙った。

 「残念ながらそういうこと。そしてその実現のためにはまずバラバラの個人を一つの共通する価値観に統合しなければならない。統合共同体の役割はその新たな、世界共通の価値観を一貫して提供することだ」

 相手のリアクションをどう判断したのか、得意げに説明は続く。

 物は言いようだ。世界共通の価値観などと言ってはいるが、要するにそれ以外の全てを破壊するだけだ。

 世界共通の価値観を提供することが統合共同体の役割?統合共同体の支配地域以外を人の住めない荒廃した世界にするだけの事をここまで誤魔化せるとは。


 「念のために聞いておきたいのだが……君はその思想を本気で信じているのか?」

 「勿論」

 その言葉に嘘は無さそうだ。

 奴の態度はまさしく得意気という言葉の典型例だった。


 「そうか。なら一つ聞きたいのだが……」

 「どうぞ」

 「恒久平和を目指す君たちが三大国を相手に戦争を吹っ掛け、大量のシュティレンを世界中にばら撒き、北ヴィンセン島で大勢の人間の命を奪った事に関してはどう思っている?」

 随分と物騒な恒久平和もあったもの。

 だが、その問いかけ――と言うよりも三つ目を伝えるための言葉にも、奴は全く動じなかった。

 「確かに現状は理想とかけ離れているかもしれない。ただこれは三大国がこれまで続けてきた不当な支配が浮き彫りになっただけだと考えている」

 その不当な支配に積極的に手を貸して、活動資金と拠点を得ていた連中の口から出るとは思えない言葉。


 「だからまずはその古い覇権主義を終わらせる必要がある。それには犠牲が、もっと正確に言えば既得権益を失う層がいるかもしれない。でもそれで救われる者も大勢いるはずだ」

 彼はそう言うと、機内のモニターに手を伸ばして何かを操作し始めた。

 モニターが俺たちを反射する黒い鏡からニュース映像――というか公社のプロパガンダ映像に切り替わる。


 映像:どこかのPG地域。難民キャンプに続く果てしない行列と、それを警備する公社兵。そして画面が切り替わるとキャンプの中での給食風景。公社の医療スタッフ=衛生兵仕様の他律生体と雇われた医師による診療所。子供たちの笑顔。それらをバックにナレーションが流れ始める。

 「政情不安が続くアフリカ。三大国による搾取が横行し、戦争による負担は罪もない一般庶民に重くのしかかりました。困窮に耐えかねた人々は先進技術振興公社が運営する難民キャンプで保護され、安全な環境で明るい未来のために生活再建の準備が着々と進んでいます」


 そして難民たちへのインタビューが始まる。

 「難民キャンプは安全で食事も確保されていて、何の不安もありません。家族と共にここにたどり着けたことは本当に幸運です」

 「以前は三大国の支配下に置かれた地域にいましたが、今の方が余程人間らしい暮らしができます。食べ物も住居もあって、皆とても良くしてくれます。ここが難民キャンプなどと呼ばれていることが信じられません」

 「ここではPG政府に怯える必要もなく暮らしていけます。三大国と公社の戦争がはじまりましたが、これは私たちが自由を手にするための戦いだと信じています。私たちは公社を支持します」


 そして再びナレーションが始まり、映像も切り替わる。

 今度はどこかの部屋の中。沢山のカメラに向かって演壇に立つのは東日本暫定自治区代表徳川博文――先程の話が事実ならば、存在しない人物。

 元居た世界ですら良く出来たCGと実写の区別は困難なのだ。この時代の映像技術では見分けることなどまず不可能だ。


 その見分けのつかない虚構は、カメラに向かって雄弁に語りかけ始める。

 「世界中の皆様。私は東日本暫定自治区代表徳川博文です。既にご存じとは思いますが、現在我々は所謂三大国との戦争状態にあります。三大国はこれまで多くの国と地域、そしてそこに暮らす人々に対し重大な人権侵害を繰り返してきました。そして我々がそれに協力する形をとっていたことは事実であります。ここに謹んでお詫びと反省を申し上げ、今後虐げられてきた全ての方々の権利の回復のために全力を尽くすことを、東日本暫定自治区を代表してお約束いたします」

 恐らく先程の映像と合わせて、これも世界中に配信されているのだろう。

 映像の中ではその後も開戦理由が適当にぼかされながらも、いかに三大国の要求が不当であるかを訴えている。


 「――どうか皆様、この放送をご覧になっている全ての皆様。私は改めて申し上げます。今こそ共に立ち上がってください。皆様の土地は、皆様の祖国は、皆様の歴史は、宗教は、民族は、経済は、権利は、全て皆様のものです。他の誰かが不法に独占することはあってはなりません。私たちは皆様と共にあります。それが私たちの贖罪であり、そして真の自由のための決意であります――」

 演説はまだまだ続いている。もっとも、見る価値があるのかと言われれば全くない。その後また切り替わった映像では各地で反三大国を訴えるデモが発生していることや、いくつかの武装勢力が決起したということも。

 それが事実だとして、彼等とて統合共同体は使い捨てるつもりなのだから。


 「こんなプロパガンダを見せて何が言いたい?」

 「プロパガンダね……。まあどういう感想を持つのかはそれぞれの自由だけど。これについて嘘はない。三大国の支配に反対する人々はどこにでもいる。そして彼らはそれ故に、我々に賛同してくれている。共に戦うために立ち上がってくれている。それが事実だ」

 つまり――奥園はそう言って俺たち全員に目をやってから更に続けた。

 「古い三大国の支配を終わらせることは、この世界の大多数の望むことだ。誰もが、我々と同じ未来を夢見ている。彼らは皆、三大国の支配から脱却したいという点で我々の仲間なのだから」

 「……ああ、そうかい」

 思わず漏れた声は、思っていた以上に疲れた声だったが、自分で驚くことは無かった。

 こいつは駄目だ。抱いたその感想が声となって出てきたような気がした。


 「……駄目だこりゃ」

 角田さんもそう耳打ち。

 「前の会社にいたよ。御大層な夢やら理想やらを掲げる自分が大好きな奴」

 言われて改めて奥園を見る。

 呆れている俺たちを論破だか説得だか出来たと思っているのか、その眼は憎らしくキラキラしていた。どうやら角田さんのその見立てはあながち間違いではなさそうだ。


 アホらしくなってちらりと窓から外を見る。

 地球が丸いという事を実感する水平線の向こうに小さく見える陸地。

 恐らくそれが日本列島だろうという事は何となくわかった。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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