かの地へ43
何故、一市民団体が世界を敵に回して戦争する――そして今のところ連中の目論見通りに戦いを進めている――ようになったのか。その発足まで遡ることとなる。
統合共同体が活動を開始したのは2030年代だったとされている。
オリジナルメンバーに数えられていた中の一人、フェミニスト系市民団体を主宰していた不破戸エリスという人物が、代表に選出された所から活動がスタートした。
この不和戸エリスなる人物、革新系ジャーナリストの父と教師の母のもとに生まれ、学生時代には東人連に留学。大学卒業後は急進左派として知られた出版社に入社するという、いわばこちらの世界の革新系サラブレッドだ。
その経歴を買われたのか、或いは最初からその目的で目をかけていたのかは知らないが、東人連は対日工作にこの女を利用した。
実際、その人選は正解と言えた。不和戸エリスはその界隈では有名であったし、実務面でも十分な能力を発揮していた。人たらしというべきか、天性の扇動家というべきか。
彼女率いる統合共同体がバックアップする社会発展党――その看板が効果を発揮したことも一度や二度ではなかっただろう。
議員たちでさえ彼女の影響力を無視できない程になった時、東人連は最高の働きをした彼女とある密約を交わした。
即ち、彼女の指導の下親東人連路線をさらに強化し、数年内の日本併合の暁には彼女を日本自治区の都督=東人連における自治区行政の長に据えるという事。
それまでの貢献を認め、新たに手にした支配領域の統治を一任するという意味だ。これを説明した奥園の言葉を借りれば『金印貰った邪馬台国』という事。独立国であることを捨て、属州に降ることを対価にして自らをその属州の王に据えてもらう算段。
東人連にすれば忠実な駒のお陰で対北共の前進基地を手に入れ、不破戸にとってはその支配者に慣れるウィン・ウィンの関係――少なくとも東人連はそう考えていた。
しかしそれは誤解だった。
この女は卑弥呼の真似事で満足するようなタマではなかった。
しかし彼女はそれを隠し、大量にばら撒いた不和の種の一つが内戦と言う形で結実した時でさえ、それを東人連のために最大限利用する以外には考えていなかった――少なくともそう見えるように行動していた。
ではその最終目的は?今の公社の行動がまさしくそれを説明している。
不破戸が心酔していた社会的高次進化論という思想自体は東人連が用意したプロパガンダ用の思想だったが、弟子が師匠を越えることがあっても何もおかしくない。
彼女の興味は世界中に社会的高次進化論を広める事。もっと正確に言えば、その思想についての全世界に対する教師になる事だった。
要するに、この世全てが自分の価値観に従うという事だ。
そのためには日本政府も国民も、自分を育て上げた東人連を含む三大国も、それ以外の世界全ても邪魔でしかない。
この狂った思想を実現するための状況が揃ってしまったのは不幸な偶然と言う他ない。
日本内戦の勃発後、国軍内部にさえ存在したシンパによって曙作戦を知らされると、彼女は時の政権と自らの側近たちを集めて――皮肉なことに高山政権時代に造られた――巨大地下シェルターに避難。反乱軍による集団自決が完了した段階で東人連が日本制圧に向かい、そこで彼女たちと合流する予定だった。
まさにそのタイミングで、ユーラシア戦争が勃発した。
東人連の計画は大規模な変更を余儀なくされ、EFへの対応とそれまで覆い隠されていた各地の反体制派の抑え込みに掛かりきりとなったことで、日本列島はほぼ無人島状態となっていた。
――これこそ千載一遇のチャンスと不和戸は考えた。
この混乱に乗じて真の目的に向かって進んでいかれる、と。
彼女らは世界の目がユーラシア戦争に釘付けになっている間に粛清を実行。最早用済みとなった社会発展党の残党を抹殺すると、自身と、心を許している一握りの側近だけで脳移植手術を実行。
移植先は、高山政権時に試作段階にあった他律生体の肉体だった。
医療目的で研究されていた他律生体の元となった技術。
それが流出し、世界中に広まって完成し軍事転用されたものが今の他律生体だ。
その、いわば始祖と呼ぶべき他律生体を専用の長期保存用ハンガーに収め、それぞれの脳をハンガーを介してサーバーに繋ぐ。
SFでお馴染みの脳直結コンピューターを使用し、不破戸エリスとその仲間たちは来るべき時を待っている。
彼女らの推進しているシジマ計画が達成されれば、その時はそのサーバーが残された世界で唯一絶対の規範となる。
今回のような状況をいつ作り出せるか分からなかった彼女たちが、そう遠くなく限界を迎える自らの肉体を放棄したのは、その理想郷への執念のなせる業だろうか。
とにかく、そうやって連中は地下にもぐり、存在しない日本政府=東日本暫定自治区を生み出していた。
三大国上層部はそれを知りながらも、そのメリットの大きさから彼等の存在を秘密にし、PGのために利用し続けていた――自分たちも使い捨ての道具に過ぎないと知らないで。
彼女たちは待ち続けた。
かつて他律生体の研究を後押ししていた先進技術振興公社の名を借りて私設軍隊を生み出し、硫黄島のブラックマーケットを運営し、そこで手に入れたシュティレンをPGで各地に手に入れた拠点を用い秘密裏に実用化・量産に漕ぎつけた。
そして今、計画は最終段階にある。
シジマ計画が成功すれば世界はリセットされる。
あらゆる国家、民族、文化、文明は消滅し、不破戸エリスの理想を唯一絶対の基準とする一つの巨大な共同体だけが残るか、或いはそれ以外の全てか。
それが、奥園の語ったこの世界の姿だった。
(つづく)
今日は短め
続きは明日に




