かの地へ37
こびりついた血を拭ってモニターに目をやる。
――と、背後で泣きじゃくる声と悲鳴。そしてそれに被さる声。
「落ち着け。抵抗しなければ殺しはしない」
「落ち着いてください。あなた達に危害を加えるつもりはありません」
角田さんとクロの声だ。
振り返ってみると、恐らく城砦党の出身者なのだろう、オペレーターの女がパニックを起こしているようだった。
恐らく先程の戦闘と今アンバニを始末したことで精神の限界に達したのだろう。
こういう状況で一人がパニックになると、それが伝染する可能性は高い。
「アルファ1、こっちは俺たちでどうにかする。コンソールを優先しろ」
「了解」
目が合ったところで角田さんからの指示を受け、再度仕事に戻ろうとしたその時、パニック状態の女の頭をシロが蹴り飛ばした。
「ピーピー喚くな」
周りの捕虜たちが言葉を失い、水をうったように静まり返る。クロと角田さんは仕方ないと納得したような表情で彼女を見ている――やっちまったという表情を一瞬浮かべて。
倒れ伏した女の頭を掴んで無理矢理引きずり起こすと、口を切ったのか血を流している口に拳銃を押し込むシロ。
マキナがコントロールしていなければ、そんな真似をせずに引き金を引いていることは容易に想像できる、恨みの籠った目が哀れな捕虜を睨みつけていた。
「私が我慢しているうちに黙れ。お前たちは私の仲間を裏切った」
ぞっとする程低い声で耳元に告げて手を離す。捕虜の上げる音が金切り声からすすり泣きに変わる。
――褒められた行為ではない。だが無理もない。
俺だって、彼女のいた内務班の同僚たちと同様にクロや角田さんを殺されれば同じことをしているだろう。
「……よし。人間は奥だ」
角田さんの指示の元、捕虜たちの手足を縛り奥のサーバールームへと押し込めていく。
全ての人間の要員――と言っても全体の半分以下だが――を閉じ込めると、外から扉を封鎖。
それから同じように拘束してその場に転がしておいたオペレーター用の他律生体を始末していく。生きている人間と区別がつかないが、こいつらは人間ではない。意思も感情もなく命令に従うたんぱく質で出来たロボットである以上、情けをかける必要はない。ただの兵器だ。
「よし。こちらは完了しました」
その作業が終わるころには、こちらの作業も終わっていた。警備システムを全てこの部屋で操作するよう設定を変更。
「アルファ1よりCP。駐屯地内の警備室を制圧。警備システムを掌握しました」
「了解したアルファ1。ちょっと待ってくれ。今エドに繋ぐ」
一拍置いてから回線が切り替わる。
「こちらエド。そちらのコンソールの画面をデバイスに映してくれ」
言われた通り、今しがた操作した画面を動画として撮影する。
「あー、OKだ。分かった。今から俺の言う通り操作してくれ。こちらで遠隔操作できるように設定する」
それからはまるでサポートセンターだった。
一個ずつ向こうから送られてくる指示通りにコンソールを操作して、都度報告。そうすると次の指示が飛んできて……という繰り返し。
大きく違うのは、そうしたサポートセンターに頼らざるを得ない場合よりもこちら側に――マキナにインプットされている――知識がある事=今自分が何のために指示通りに動いているのかが分かるということだろうか。
「……よし。出来たぞ!これでその基地は俺の物だハハハ。お尋ね者を探すからちょっと待ってくれ」
指示が終わり、触れていないコンソールが何かを受信して動作をし始める。
正面のモニターも同様、いくつか画面が切り替わり、何らかのコマンドが表示され、また画面が切り替わる。
その画面に見覚えのある顔が映ったのを発見したのは、俺たちとエドと同時だった。
「「いた!」」
同時に叫ぶ俺とエド。
画面に映し出される、護衛の公社兵に囲まれた奥園の姿。
「場所は?」
「一階の会議室だな。一番北側にある部屋だ」
正面モニターに表示されるその部屋と、ここからの順路。そしてそれまでの道筋に設置されている監視カメラの映像。
それほど遠くはなく、施設内に敵の姿は見えない。
「映像はこちらで監視している。今のところ進路上に敵影はない。恐らく出払っているのだろう。会議室内にはカメラが設置されていないため中の様子は分からないが、通じている全ての扉から出入りがあった形跡はない。恐らくまだ中にいるはずだ」
どうやらようやく奥園とご対面のようだ。
「了解した。アルファチームはこれより奥園確保に向かう」
角田さんが返答すると、エドが更に付け足した。
「念のため付け足しておくが、会議室はヘリポートを挟んだ反対側の建物に設置されているリモートスナイパーの射程内に入っている。こちらもハックできないか試してみるが、一応警戒してくれ」
「アルファ了解。協力に感謝する」
それが再出発の合図となった。
俺たちは入ってきたルートを逆走するように部屋から出ると、歩廊に入って奥の扉へと足を進ませる。
歩廊は北側にも伸びており、出払っているという情報が間違いではないと示すように人の気配は全くない。
「随分静かですね……」
「出払っているという情報は確からしいな」
クロと実感を漏らしあいながら、到着した扉をこじ開けて中へ。
目の前に現れた監視カメラに反射的に足が止まるが、既に制圧済みであることを思い出してそのまま素通り。すぐ先にあった階段を降りて一階へ。
そうすれば、そこがすぐ会議室だ。
「廊下クリア」
シロを先頭に階段から廊下へ出る。
彼女が背後を警戒し、その間に使用中の表示がかけられた会議室の前へ。
そっと扉の向こうに耳を澄ませるが、中の音は聞こえてこない。
だが、ここを出たという連絡はないし、何より先程入っていくのを見ているのだ。
「トーマ、先頭で飛び込め。奴は殺すな。生け捕りにする」
「了解。いつでも行けます」
暗視は装備した。
ライフルの状態もよい。
他の三人もそれは同様だ。
「いよいよですね……」
クロが噛み締めるように呟いた。
随分長いこと追いかけてきたような気がする奥園。奴をようやく捕らえることができる。
扉一枚の向こうには奴がいる。
「なら、やろう」
角田さんがブリーチングパネルを扉に貼り付けて待機姿勢。扉を吹き飛ばして、その爆発の勢いに乗じ一斉に中へなだれ込み制圧。
これまで何度も北ヴィンセント島の訓練で繰り返した突入。
奴の破壊したあの島での訓練の成果を味わってもらう時だ。
「……行くぞ。突入」
パネルが火を噴く。
その縁に沿って閃光が迸り、直後に爆発。
「ゴー!ゴー!ゴー!」
吹き飛んだ扉の後を追うように、一斉に俺たちは中へ転がり込む。
護衛部隊を無力化し、奥園を拘束。
まずそのために俺が飛び込みつつ、正面方向=階段状になっている聴衆側の席の敵を探す。
どうやらこの部屋、すり鉢を半分にしたような形をしているようで、俺たちが突入したのはその一番下。演壇のすぐ近くの扉だった。
周囲に警戒を張り巡らせながら部屋の中へと進む。
「……どういうことだ?」
一切反撃はない。
そしてこちらからの攻撃も行われなった。
室内はもぬけの殻だった。
――いや、そうではない。
「フラッシュバン!」
咄嗟に目についたそれを叫んで伝えた瞬間、それをかき消す爆発音と、視界を埋め尽くす凄まじい閃光。
「全員動くな」
視覚と聴覚を一時的に奪われ、それから回復した直後に響く声=奥園のそれ。
「!!?」
視力が回復する。
暗視の向こうに見える、公社兵たちの姿。全て席の隙間からこちらに銃口を突き付けている。
そしてその中、俺たちが突入したのとは反対側の扉から悠々と歩いて現れる奥園――その手に握られた拳銃が俺の方に向けられる。
「来ると思っていたよ」
勝ち誇った表情と、目を瞑ってもその表情が分かる程に自身に満ち溢れた声。
無理もない。奴の思惑通りにことが運んだのだ。
つまり、俺たちは嵌められたのだ。
(つづく)
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続きは明日に




