そこを見た者3
「頂きます」
紙パックを開け、日本で売っているものより縦横高さすべて一回り大きなハンバーガーを口に運ぶ。ボリュームといい、味といい、この内容にして日本円で500円相当なのはお得だろう。
特に訓練を終えた後でこのボリュームは嬉しい。
マキナ兵の技術は劣化することはないが、それはあくまで技術の話、体は定期的に動かしていた方が当然ながらいざという時に動かしやすいものだ。
そのための訓練施設もここには揃っている。先程までいたヴァーチャルトレーニングセンターの他にもちょっとしたスポーツジムのような施設にグラウンド、シューティングレンジやキルハウスや格闘場まで揃っており、別途料金を払う必要があるがインストラクターの指導を受けることもできる――これはどちらかというと生身のコントラクター用なのかもしれないが。
まあ、とにかくだ。
そういう事で、新兵訓練を別にすれば高校生以来久しぶりのしっかりした運動習慣が身につきつつあった。
「よう、お疲れさん!」
半分ぐらいまで食べ進めたところで後ろから良く知っている声に呼びかけられる。
口の中のパンと肉とをかみ砕いて飲み込みつつ振り返ると、さっきシャワー室の前ですれ違った分隊長が立っていた。手に持ったトレーの上ではスパゲティが湯気を立てている。
「あ、お疲れ様です」
そう言ってから、分隊長の後ろに黒河さん改めクロが経っていることに気づく。
「お疲れ様です」
向こうもこちらが気付いたことに気づいた様子で、同じ言葉と共に頭を下げる。
「お疲れ様です」
こちらもオウム返しにもう一度。それから分隊長にちらりと目を移す。
「クロと一緒だったんですね」
「さっきシャワー室前で会ってね。一緒にいいかな?」
「あっ、はい。どうぞ」
向かい側に二人。正面には分隊長。左斜めにクロ。
それぞれトマトソースのスパゲティとコーヒーにアイスティーだけ。
「クロは……それだけか?」
どうやら分隊長は隣に座って初めてそれに気づいたようだった。
「ええ。ここはその……結構量が多いので……」
それ以上突っこまないぐらいの分別は俺にも分隊長にもある――多分マキナを使わずとも。
仕事を重ねるうちに知ったが彼女はまだ17歳。それぐらいの女の子なら気にするところだろう。
「成程ね……」
適当に相槌を打ってその話題を終わらせ、自分の残りを口に入れる。
――何故現役女子高生が傭兵になったのか、その点についてはまだ聞いたことがない。我らが分隊のルールに則って。
それからしばらく取り留めのない会話が続く。
六つの眼が注目したのは、俺と分隊長がそれぞれ食べ終わった頃だった。
その視線の先は柱に設置されたテレビモニター。映っているのはこの島を領有しているFNA=北アフリカ連邦のニュース番組だった。
「――続いてはただいま入った情報です。未だ旧政府軍との内戦が続いている南米のマストリア共和国のサンチェス大統領は先程会見を開き、本日未明、旧首都ノースマスラ郊外で旧政府軍の中心人物であるエミリオ・ベラスケス将軍を殺害したと発表しました」
映像は会見中のその大統領へと変わる。
「――本日未明、ノースマスラ郊外の農場にてベラスケス将軍の率いる反乱軍部隊に対し共和国治安維持軍とPG派遣部隊とが共同で包囲し、投降を呼びかけましたが、彼らがそれを拒否し発砲したため応戦し、将軍を含む反乱軍全員を射殺しました」
PG派遣部隊という耳慣れない言葉にも誰も疑問を呈することは無い。
「PGねぇ……」
代わりに分隊長の漏らしたボヤキのような声だけ。
それを押しつぶすように、現地の映像と特派員の声が流れる。
「戦闘はおよそ1時間ほどで決着したとみられ、現在はPG派遣部隊によって現場への立ち入りが制限されております。中心人物であったベラスケス将軍を失った旧政府軍の降伏は時間の問題とする見方も強く、昨年9月のEFによるPG提案の受け入れから1年足らずで内戦終結の兆しが見えてきたことに、市民からは喜びの声が聞こえてきます」
自らの言葉が嘘ではないという風に映像が切り替わる。現地住民とされる人々へのインタビュー。
「これで内戦は終わると思います。ようやく平和に暮らせる日々が帰ってくると思うととても嬉しいです」
「EFのPGにはとても感謝しています。彼らのお陰で平和が帰ってきた」
胡散臭い――そう思ってしまうのは、俺がPGというものについて知ってしまったからか。マスメディアというものにそういう目を向けているからか。
PG=Peace Governanceと呼ばれる制度は2073年~2075年まで続いたユーラシア戦争以降、三大国によって提唱され、今では世界中に広がっている。
ユーラシア戦争。EF=ヨーロッパ連邦と東人連との間で発生したその戦争は、その名の通りユーラシア大陸だけではなく、世界中に混乱と破綻、そして大量の武器兵器をばら撒くことになった。
そしてそのあおりを受けた各地の中小国ではテロや暴動、内戦が頻発。場合によっては国軍と同等かそれ以上の武装を施されたそうした集団への対処は、最早現地政府だけでは不可能なほどになっていた。
そうした各国に対して三大国が行うのがPGという提案だ。
その内容は、現地政府の支援という名目で軍事・警察・外交に始まり、教育や司法、経済政策や徴税などに関しても三大国から派遣された顧問団が代行するというもの。
PG受入国はその見返りを様々な形で支払う事となる。時には現金で、時には地下資源で、時には領土や領海で、時には条約で。
――顧問団と受入国を総督と植民地に置き換えても、大した変わりはあるまい。
勿論、三大国はいずれもそうではないと唱えている。以前の仕事先の詰め所に置かれていた情報誌の中で、この世界の多くの有識者がそう語っていた。彼らが「民族自決と平等精神に反した覇権主義」「残虐非道な人権侵害の最たるもの」とプランテーションから大東亜共栄圏まで一括りにして非難する歴史上のそれらとは異なる、真の平和のための国際協力である――らしい。
今流れている国営放送に比べれば慎ましやかな規模の出版社の雑誌すらそうなのだ。経済的背景から特に財界において親EF派が多数を占めるFNAのニュース番組なら、決してEFのPGを悪いようには言わないだろう。
自らが世界中にばら撒いた戦乱を利用して、名を変えただけの植民地を全世界に拡大していく。まるで、自分たちが海賊となって暴れまわりながら、その海賊を追い払うための金を要求する連中のように。
どうやら金持ちも貧乏人も、考えることは同じようだ。
――この世界では、平和とは状態でも目標でもなく商品なのだ。
ニュースの映像は切り替わり、恐らく戦闘のあった農場のものだろう建物を遠くから移している。
青い屋根のサイロのような建物とカメラとの間には畑が広がっていて、その更に手前には畑の中を通っている建物への道の前に兵士が2人、ブルパップ式=引き金よりも弾倉や機関部が後ろに来るデザインのライフルを持って現場へのやじ馬やマスメディア――ちょうどこの映像を映しているような――の侵入を防いでいた。彼らがPG派遣部隊であるという事は、この世界でこの業界に関わっている者ならまず間違いなく分かる。
オリーブドラブのコンバットシャツと同色のコンバットズボン。コヨーテブラウンのIMTV(ボディーアーマーの一種)型ボディーアーマーに同色の脛のプロテクター。それに目を覆う横長方形型バイザー付きヘルメット。
そして手にしているライフル=俺たちの世界でいう中国軍の95式自動歩槍に酷似したそれ。
それら全てが全世界に展開するPG派遣部隊の共通装備だった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




