かの地へ36
「どういう心変わりだ?」
「お前たちが何を勘違いしているのかはよく分かる。頭のない奴らの考えは皆同じだからな」
銃を突きつけられているとは思えない程のふてぶてしさでこちらを睨み返しながら、男は吐き捨てた。
それに対して何か言うでもなく最初に動いたのはシロだった。
彼女は無言で公社オペレーターの一人を立たせるとアンバニの横に座らせ、その腕を肩に回させる。
「おい、何を――」
突然の行動にじろりと睨みつける相手を意に介さず、その二人のツーショットをデバイスで撮影するシロ。
「これ、ネット上にばら撒いたらあなたのお友達はどう思うでしょうね?」
ひらひらと弄びながら被写体二人に出来立ての画像を見せて尋ねるシロ。腕を回したオペレーターはちゃんと公社の者――正確には他律生体――で、部隊章もしっかりと映り込んでいる。
――ああ、そういう事か。
「ふん、くだらないはったりだな」
「じゃ、放流しますね。ああ、何か書き込んでおきます?とりあえず『ずっ友』とかでいいか」
そう言いながら滑らかに指を滑らせていくシロ。
「お前の居場所が分かれば、三大国は放っておかないだろうな。どこの監獄の飯が一番美味いと思う?」
「アレルギーとか食べられないものとか今のうちに言っておいた方が良いですよ。メモして置いておきますから」
二人が更に言葉を重ねる。
その段になってこの男は、どうやら目の前にいる相手が自分を目的にしてきた訳ではないと気付いたようだ。
――つまり、自分の身柄には興味がなく、放り出してしまうという事も。
勿論この島は今は公社の支配下にあり、三大国連合軍の攻撃は失敗に終わった。今すぐこいつの身柄を拘束しに来る者はいない。
だが、相手が自分に興味がないという事は、放り出してくれるのならいい方で、飽きたおもちゃを捨てるように向けられるのがカメラではなく銃口になっても何の不思議でもないという事もこの男は知っている。
こいつは大物のテロリストだ。いわば何らかのドンパチが身近に起きた時、それが自分と無関係だったという事はほとんどない人物だ。当然、人脈やら握っている情報やらでそうした危機を脱してきただろう。それがこの状況で自分が全く相手にされていないとなれば――それこそ連中がこれまでやってきたように――邪魔になるから殺すという選択肢が出てくる。
注目されないことは、時として注目を集めるよりも危険だと知っている男だ。
「お前らの目的はなんだ」
俺たちは顔を見合わせる。
合流したクロもそんな俺たちが囲んでいる真ん中の男を見て状況を察したらしかった。
「報告しますか?」
彼女の問いに角田さんは首を横に振る。
「いや。こいつの拘束は目的じゃないし、どこからの依頼も受けていない」
「売れば売れるかもしれないけど」
ようやく自分の助かる道筋が見えてきた――そうでも考えたのか、一瞬奴の目が俺たちを見上げた。
だが、角田さんの言葉の通り俺たちは別にこいつに興味がない。
「と言って、捕虜にとるのも手間ですよ」
だからそう付け足しておく。
テロリストを不安がらせるなど、多分人生で一度きりの経験だろう。
「それもそうだな……おい」
それを受けて角田さんが奴の顔と高さを合わせる。
「なんでここにいる?」
「……お前は誤解している。公社が俺たちの敵という訳じゃない」
奴は勿体ぶるように少しためを作ってからそう切り出した。
「俺たちの真の敵は三大国だ。俺たちを騙し、奴隷にしようとしている腐り肥えた豚共だよ」
「だが、公社はその豚共の手先だろ?」
突っこんでやると奴はすぐに続けた――興味を持たれた以上、話している内は安全だと認識したか。
「公社はただ戦力を提供しているだけだ。連中と一心同体って訳じゃない。今の状況がそうだろう?俺の真の敵は三大国で、連中を痛い目に遭わせられる奴は皆仲間だ」
「だから今は協力している?具体的にどんな?」
ちらりと他のオペレーターたちに目をやるアンバニ。
その視線に合わせて俺も連中の方を見ると、他律生体に混じっている人間のオペレーターの多くは、人種的に恐らく東人連の人間だろうと思われた。
「今はここで軍事顧問のような事をしている。ただの烏合の衆だったこいつらを訓練し、指揮している。元々よそ者への警戒感は強い。だから俺の教えられることは多かった。単純な戦術面での訓練はもとより――」
そこで合点する。
バラック通りでの妙に組織だった待ち伏せと撤退は、ただのチンピラの集まりにしては統制された動きだった。
こいつがあいつらを即席とは言えチンピラから戦闘員に仕立て上げたのだろう。
「――それに交渉や、駆け引きもな。よそ者と一度は通じ合ってからも、どうしたら隙を突けるのか――」
そこでひゅっと、息をのむ音が聞こえてきたのは俺の聞き間違いではなかった。
その張本人=シロが奴の前に進み出る。
「……その指示もお前が出したのか?」
「だったら何だ?俺は昔から大事な仕事は自分でやるようにしているんだ。それが生き残るための――」
生き残るための何だったのか、それが明らかになることは無かった。
そして少なくとも、その生存戦略は今回ばかりは適用されなかった。
「――ッ!!?」
アンバニの頭に拳銃が押し付けられる。
「……いいですよね?」
引き金の上に指を乗せたままシロの最終確認。
それは誰に尋ねるでもなく、そして制止したとして聞くかどうかはまた別の話だと直感できる声。
「待て。アルファ5」
その状況で角田さんの声が介入。
もし少しでもそれが遅ければ、無言を肯定と見なして引かれていただろう引き金から僅かに指が離れる。
「弾が勿体ない」
「それもそうですね」
ひょい、と銃が戻され、同時にシロがアンバニの後ろに回り込む。
何が起きるのかはこれまた直感で理解した。
俺たち全員が奴から離れた。
「ぐっ――」
後ろから押し倒され床にキスするアンバニ。
何か抗議なりなんなりを挙げる前に、その喉を刃がかき切った。
「……自白ありがとう。糞野郎」
奴の背中でナイフについた血を拭って、シロがそう吐き捨てる。
「さて、全員仕事に戻ろう。アルファ1、そっちのコンソールを見てくれ。警備システムにアクセスできないか?」
「了解。やってみます」
アンバニを跨ぎ、先程始末した公社兵をどかして、俺は指示されたコンソールの前へ。
予期せぬ人物との遭遇で脇道に逸れてしまったが、ここからが重要だ。
(つづく)
このところ投稿が不安定になり申し訳ございません。
今日は短め
続きは明日に




