かの地へ35
降りてきた縄梯子で二階の歩廊へ。
建物の外周を囲むように設けられたそこには人影はなく、登ってすぐの場所に中へと続く扉が一つ。
「ここからだ。入って正面と右手に扉。警備室があるのは右手側だが、正面からは空調メンテナンスに入り込める」
角田さんがデバイスを確認。
空調のメンテナンスと言っても、ようはダクトが通っているだけだが、問題はそのダクトだ。
見取り図を見るにそのダクトには軸流ファンが設けられている。
そして空調メンテナンスという性質上、その部屋に設置されている可能性は高い。
「軸流ファンの制御盤もそこに?」
「ああ。空調メンテナンスと言っているが、要するに軸流ファンのメンテナンス室だ。そこで操作も点検も出来る」
それを利用するべく、角田さんが即席で役割を振る。
「クロ、メンテナンスに向かってくれ。ファンのダクトを開いてスモークを中に転がし込んでから運転。室内にスモークが充満したところで俺たちが突入する」
「了解しました」
その役割を受けたクロが扉の前を横切ってドアノブ側に回り込むと、俺たちはその反対に待機。
「静かに行きます。いいですね?」
クロの侵入方法に俺たち全員が頷き、それが突入の合図となった。
彼女がそっとノブを回して静かに押し込んで生み出した僅かな隙間にシロが体を滑り込ませ、俺たちがそれに続く。
「廊下クリア」
そのままそれぞれの扉へ。今度は俺が右手側を開ける番。侵入方法は今と同じだ。
そっとノブに手をかけて捻ると、音もなく奥へと開いていく。
「クリア」
先頭に立った角田さんがそう告げて自ら扉の前へ。一人扉を守っていた公社兵は侵入者に声を上げる時間すらなく抑え込まれて首に一閃、うつ伏せの状態では血しぶきを噴き上げることすらなかった。
「警備を無力化した。アルファ2、クロ、そっちは?」
シロが問いかけ間を置かずにクロの声。
「こちらも到着。ダクトとファンの制御盤を発見。今制御盤の電源を入れる。ちょっと待って……」
少しの間生じた空白。その間こちらでは扉の下の僅かな隙間に小型カメラを差し込んで中の様子を伺う。
画面に映し出されるのはコンソールに向かう数名のオペレーターと、それらの後ろに立っている二人の人物。
「よし、電源入った。こちらはいつでも行けます」
そこでクロから通信。
最後にもう一度画面を確認。映る範囲に武装した者は二人。いずれもJ1614型。
全員が暗視装置を起動したところで角田さんが俺とシロを交互に見る。
「中は騒ぎ始めるはずだ。スピード最優先で行こう」
スピード最優先=これまでの静かに滑り込んできたのとは違う、ハリウッド映画ばりの騒がしい突入。
それにすぐに続く指示。
「よし。こちらは準備出来た。スモークを入れてくれ。ガスが流入するのを確認したら突入する」
クロから返ってくる了解という返事。
そしてそれから数秒後、扉の向こうから騒ぎが漏れてきた。
カメラの映像でその理由を確認。徐々に濃くなっていく灰色の煙が映像を埋め尽くしていくのが何よりの証拠。
「スモーク流入開始」
「よし、突入!」
その号令と同時に角田さんの足が観音開きを蹴り開け、その扉の動きと合わせるように俺とシロが中へ。最優先は二体の公社兵だ。
「ッ!!」
映像で見えていた場所に銃と目を向けつつ室内へなだれ込む。暗視装置の視界に、動揺するオペレーターや奥へ避難する最初に立っていた二人と入れ違うようにこちらに向かってくるのが一人見え、咄嗟にそいつに向かって引き金を引いた。
三発の銃弾がその足を止め、その場に膝をつかせる。四発目で土下座のような姿勢になったそいつの頭に穴をあけてその場に倒れさせた。
ほぼ同時にもう一人もシロが始末し、これでクリア――そう思った矢先、シロが撃った相手が突然起き上がるようにして突進してきた。
「クソッ!!」
当然、いくら他律生体とはいえ無力化された直後に蘇生するなんてことはあり得ない。
死体を盾にしての突撃。対応するには距離が近い。
その死体を叩きつけられて動きが止まったところで、それをやった張本人の顔を一瞬だけ拝んだ。
女だった。
先程立っていた二人のうちの一人だ。
黒いベリーショートに顔半分を覆うタトゥー。タンクトップの上から羽織っただけの東人連の軍服。
そして手にはカランビットナイフと拳銃。
「ぐっ!」
ナイフの刃が俺の首筋に迫り、ぎりぎりのところでライフルで受ける。
と、同時に奴の拳銃がシロに向かって発砲され、同時にこちらを突き放すように力が加えられる――相当な格闘術の心得でもあるのだろうか。
思わずたたらを踏み、その瞬間の映像が目に焼き付く。
押し付けられた死体の重さもあって碌に回避行動もとれない状態のままそこに尻もちをついてしまった。
目の前に武装した相手。
咄嗟にライフルを手放してセカンダリーに切り替える――間に合うかどうかは分からないが、他に選択肢などない。あったとして咄嗟に思いつくのはこれしかない。
その間シロに向かって奴は二発目を発砲。
――そして次の瞬間、奴の目が俺でもシロでもない、その間に向き、ナイフを繰り出そうとした姿勢のままタックルを喰らって吹き飛んだ。
「カクさん!」
死体を跳ねのけて起き上がった時には、既に決着していた。
突然の突進に反応が遅れた女はもろにタックルを受けて吹き飛ばされ、距離が開いたその一瞬で1マガジン相当分の銃弾を全身に浴びてコンソールに磔にされていた。
格闘戦にも銃撃戦にも付き合う事もなく、ただ一方的に戦闘を終わらせたその勝者は、セカンダリーに持ち替えてから改めて室内を制圧する。
最早抵抗する相手は誰もおらず、他律生体のそれに混じって数名存在した人間のオペレーターも全員頭の後ろに両手を組んで伏せるか、現在進行形でそれに移行しているところだ。
「クリア」
「クリア」
今しがた無力化した相手をコンソールから引きずり下ろして角田さんが宣言。俺もそれに続く。
「クロ、こっちに来てくれ。制圧した」
「了解。合流します」
そのやり取りを聞きながら、他に武器を持っている者がいないかを確かめる。
「おい……」
その最中、もう一人の立っていた人物を見た俺は、思わず声を上げた。
「どうしました?」
シロが気づいて、自らの受け持ちを終わらせながら聞き返してくる。
「ふん、なんだ若造。俺を知っているのか……?」
その人物も、当然ながら俺の反応を理解しているようだった。
不機嫌を絵にかいたような様子で吐き捨てると、値踏みするように俺を見上げる。
「俺は知らんな。どこのどなた様だ?」
答える必要はない。シロと角田さんにもその顔を見せると、二人も知っていたようだ。
「こいつ……『赤のアンバニ』じゃないか」
「本物ですよね?」
赤のアンバニ=こちらの世界ではそれなりに名前の通ったテロリスト。
俺も中東での仕事の際に、彼と彼の率いる組織の事を知った。
今俺たちを睨みつけているスキンヘッドも、その時に見た映像に出てきたものだった。
「反公社が生きがいみたいな男がこんなところで何を?」
角田さんがその話題の人物を見下ろしながら告げる。
そうだ。この男は中東を拠点に活動しているテロ組織のトップにして、周辺のPG領域に見境なく攻撃を繰り返して“世界秩序の敵”と三大国から名指しされていた男だった。
それが公社の支配する硫黄島の、守備隊の警備室にいる。それも見たところ手錠の類も全くない。つまり捕虜でも何でもなく守備隊の一員のように振舞っているし、恐らくは個人的な護衛までつけられていた。全く訳の分からない状況だ。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません。
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