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そこを見た者2

 「ファルコ!まだ着かないのか!?連中が無人機を持ち出してきた!弾とバッテリーにも余裕がない!」

 下で分隊長の声。ほぼ垂直に近い石垣をその六本足で器用によじ登ってくるスレイプニルの回路を焼きながらそちらに目をやると、人間の兵士と機械の殺人蟹を相手にしながら無線に怒鳴りつけている。


 「くそっ……」

 釣られてこちらも声を発し、上手いこと近づいてきたスレイプニルの一体に引き金を引きながら銃口を向けた。

 ボディーの間から覗くセンサー・アンテナ類から内側を焼かれた殺人マシンが力尽き、後続の味方を巻き込んで落ちていく。


 「ファルコよりヤンキー。遅れて済まない。まもなくLZに到着する」

 フル充電だったバッテリーの残量が50%を切った時、ようやく聞こえてきたローター音に思わず声を漏らした。

 「やっとかよ……」

 一段落ついた無人機共から圧倒的に不利なはずの斜面の下から堂々と突っこんでくる民兵共へと狙いを変え、残弾を慎重にカウントしながら迎撃を続ける。

 「もう少しだ!全員踏ん張りどころだぞ!!」

 分隊長が――半分ぐらい自分に言い聞かせるように――檄を飛ばし、俺たちはそれに発砲で答える。


 「こちらファルコ、LZに到着した」

 「了解ファルコ。オールヤンキー、LZに向かえ」

 その通信すら聞こえなくなるぐらいに大きなすぐ後ろのローター音。それが何より安心感を持って耳朶を撃つ。

 最後のマガジンを半分近く撃ち尽くした愛銃から手を放し、四方に転がった薬莢を蹴って要救助者の元へ。


 「もう大丈夫。帰れますよ」

 彼を担ぎ上げる際に発したその言葉は、先程の分隊長のそれのように自分に言い聞かせるようなものになっていた。

 そうだ。帰れるのだ。あと少しで終わりだ。

 サイドのスライドドアを全開にした状態で待機しているヘリにまずは要救助者を乗せてから後ろを振り向く。

 後方から合流した2人と、分岐から戻ってきたクロとが俺のすぐ後ろで扇状に広がり、ヘリの前で膝射姿勢を維持している。


 「要救助者収容完了!」

 「よし、全員離脱だ」

 俺の一言が全員を動かす合図となった。

 次々にヘリに乗り込み、ドアを開けたまま諦めずに迫ってくる連中に銃口を向けておく。

 と、その直後に7.62mmの乾いた銃声が二度、俺の隣で轟いて、ひっくり返った民兵の姿と共に銃口を向けていた意味をしっかりと実演した。


 「よし、上げてくれ!」

 ヘリのローター音が、分隊長の声に呼応する様に変わる。

 ふわりと持ち上がる機体。離れていく地面。小さくなっていく民兵共と無人兵器たちと、それらが放つ当たらない銃弾。

 ヘリはぐんぐんと高度を上げそして――この世界全てが止まった。


 「訓練終了。訓練終了。想定された状況をクリアしました。シミュレーションナンバー019を終了します」

 機械音声のアナウンスと共に世界が消える。

 赤茶色の大地も鉛色の分厚い雲に覆われた空も、ジャーナリストも、乗っていたヘリすらも消えて、残ったのはクリーム色の広大な空間と、その一か所にぽつんとできた高台だけ。


 その上でそれぞれの得物を向けていた俺たちは、小さく一息ついて銃を下ろした。

 「よし、今度は成功だな」

 いつもの調子に戻りつつ分隊長がほっと息をつく。


 ここはアフリカの小国ではない。北ヴィンセント島の地下、数か月前に稼働し始めたという訓練施設。マキナの機能を用いて再現された実際の戦闘を経験できるこの場所で、俺たちはかつてうちのコントラクターが体験した作戦を追体験していた。


 実際にこの戦闘を経験したコントラクターのマキナから抽出した映像を基にして作られた戦場は、俺たちのようにその経験のない人間のマキナにダウンロードすることで極めてリアルな幻覚となって目の前に現れる。装備こそ空砲と訓練用のものだが、それこそ臭いや音、果ては痛みに至るまで、それが幻覚であるなどと冷静になる瞬間は一瞬たりとてないのだ。


 マキナに蓄積された戦闘情報を基に生み出されたこの極めて精巧な戦闘シミュレーターは、まだ稼働開始から日が浅いこともあって実装されている内容は少ないが、それでも従来の訓練とは違う緊張感と臨場感がある。


 ――もっとも、今回の作戦は実際の結末とは異なったらしい。

 実際には、このシミュレーションのモデルになった人物以外は全員死亡しているそうだ。

 俺たちが成功したのも三回目でやっと。一回目はヘリが来る前に追い詰められ全員戦死。二回目は丘につく前に要救助者が迫撃砲を受け――担いでいた分隊長と一緒に――即死。


 「さて、結果は……」

 高台から降りてドーム状の訓練施設の入り口付近まで戻る。野球場のベンチのように一段下がったところにある詰め所にある端末から、訓練の評価と映像とを見ることが出来る。

 「流石に三回目だ。動きは格段に良くなっているな」

 分隊長の評価を証明する様に、表示された評価は「AA」というもの。最高レベルを意味する「S」から失敗時を表す「D」までの7段階中、上から3番目の評価。実際には「S」評価がつくことはないと言われている事から、事実上の2番目の評価だ。因みに事実上の最高評価である「AAA」にならなかったのは被弾した際の味方同士でのカバーが僅かに遅れた事が一度だけあった事。これに関しては改善の余地ありなのだが、流石にその時のことを思い出すと多少遅れても仕方がないように思える――カバーしてもらった側としても。


 無理にカバーに入ろうとすれば二次被害が出ていたことは何となく想像がつく。実際の現場でもそうだったという話を聞いたからかもしれないが。


 ただ、反省点は最初よりはるかに少なく、反省会はすぐにお開きとなった。

 失敗する度にここで自分の動作を見て何が悪かったのかを研究することになる。

 今日だけで自分の迫真の死に様と被弾時のリアクションを4回は見ることなっていたのだから、それに比べれば格段にましだ。


 訓練終了後、俺たちは再び地上に出て装備を装備管理課に――多少のチップを同封して――預け、それからそれぞれシャワー室を目指す。

 訓練終了時には体から湯気が立ち昇る程に汗をかいていたが、外に出てもそれが冷えることもない程の熱気に包まれる。

 日本では10月の下旬。既に夏の名残など消えて久しい時期でも、アフリカ西部沖合に位置するこの島では夏が辛抱強く継続している。なんでもこの辺りでは12月でも夏日なのが普通なのだそうだ。まあ、海の向こうにサハラ砂漠が見えるような場所であると考えれば納得もできるだろう。


 これまでの1か月――少しのばら売りと、いくつかの分隊規模の仕事をこなす日々。

 そして日本では普通の会社員のふりを家族にする日々。

 少しも罪悪感がなかったかと言えば嘘になる。特に最初の任務の後は、いっそ全て話してしまおうかと考えたことも一度や二度どころか、一日のうちに定期的にその考えが浮かぶ時間があるような有様だった。


 しかし、結局今でも仕事は続けている。

 マキナはその辺も抜かりはない。俺がいざ全て打ち明けようと考えがまとまりかけると、頭のどこかで強烈にそれを制止する声がかかるのだった――それが全てマキナの効果なのか、俺自身の意思なのかは、厳密には分からないが。

 実家から出ている=実際に顔を合わせる機会がないという事も手伝って罪悪感は日に日に薄れ、祖父の三回忌に顔を出した時には最早何も感じずに架空の仕事の話を適当に話したりしていた。


 そして今日。俺はシャワーを終えて、PX横の食堂で遅めの昼飯を取っていた。

 「はいチリバーガーとジンジャーエールお待ちどう」

 「どうも」

 カウンターでプラスチックのトレーを受け取る。

 ここの食堂は入り口で食券を買ってカウンターのスタッフに渡し、番号札を貰って待つという方式だ。

 流石に様々な人種が集まっているらしく、メニューには世界各地の料理が常時20種類ほど揃っている。実際、俺の前に並んでいた黒人兵士の受け取ったトレーの上では中華料理と思しき炒め物が湯気を立てていたし、今こうして適当に選んだ席の近くでは、ほんのりとカレーのような匂いが漂ってくる。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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