そこを見た者1
最初の仕事から1か月と少しが経過した。
いくつかの仕事をこなし、いくらか肝を冷やし、いくらか美味しい思いもして、そして今日もまた、そういう仕事を続けている。
今回は分隊での仕事。俺たち4人で内戦の続くアフリカの小国に向かい、現地で民兵たちに拘束されたジャーナリストを救出する。
「ヤンキーリーダーよりファルコ!今どこにいる!!LZ付近で民兵共に包囲されつつある!!」
分隊長が無線に怒鳴る。
本来ならとっくの昔にヘリに乗っていたはずなのだが、当初のLZ(ヘリでの回収地点)を襲撃されたことで予備のLZに変更――ここまでは良かった。
問題はその予備のLZに、予定の時間を過ぎてもヘリが来ないことだ。
「ファルコよりヤンキー。済まないが砂嵐を迂回する必要がある。あと5分待ってくれ」
「ふざけるな!そんなに持つか!!CP!他の脱出手段は!?」
「CPよりヤンキー、君たちの場所に一番早く行けるのはファルコだ。しばらく持ちこたえろ」
代わりに来たのは大勢の民兵たち。
当然ながら皆武装しており、気が立っており、そしてその多くが薬物でトリップしている。
「クソッ!了解!!」
そう言うしかないとはいえ、全員納得などしていない。インカムから垂れ流されているそのやり取りを聞いている間にも空になったマガジンを交換する。残りは2本、集合をかければ300人は集まるだろう敵部隊に対して、弾はたったの60発。
「全員聞いた通りだ!」
「了解」
装填を完了してから答え、答えながら身を預けている岩の横から半身だけだして引き金を引く。
「タンゴダウン!」
放たれた2発の弾丸。英語だかフランス語だか分からない喚き声をあげながら突進してきた民兵の一人をひっくり返す。
そのまま横に銃口をスライドさせてもう一人、またもう一人。赤い光点が浮かぶドットサイトの中の丸い世界でトリップ状態の兵士たちが叫びながら吹き飛ぶ。
三人目が倒れるのと同時に俺の背中のすぐ後ろで岩が弾ける音が連続。
「ちぃっ!!」
弾けた破片が目に飛んできて、思わず瞼が閉じる。
その一瞬の隙をすぐに埋めようと銃口の向こうに目をやると、まさにその瞬間丸い世界が轟音と共に崩壊していった。
「迫撃砲か!!」
角田さんがその正体を見破り、直後に分隊長の指示が飛ぶ。
「ここを放棄する!全員B線まで後退!」
B線=現在地を維持できなくなった場合の代替ポジション。
俺たちがいるのは小高い丘の斜面で、歩くのに適さない岩場の間に走る道に防衛線を張って、頂上にあるLZを守っていた。
「了解」
濛々と立ち昇り、霧のように周囲を包みつつある土煙から距離を取るために岩から離れる。どうやら向こうの砲手はラリッた歩兵など多少巻き込んでも気にしないようだ――或いは、砲手も同じ状態で撃っているか、そこまで気にするほどの練度もないか。
その混乱に乗じて俺は自分を隠してくれていた岩に別れを告げる。向かうはそれから数メートル上にあるもう一つの岩。
すぐにそこの後ろに回り込むと、屈みこんでそこに寝かせた人物を背負う。
救出したジャーナリストは足を撃たれていた上に弾丸は足の骨を貫通していて、自力での移動は不可能だった。トラウマキットの中身を総動員して止血と沈痛は行ったが、意識があるのは奇跡と言っていい。
「移動します」
ライフルをスリングに任せて肩に担ぎ、両手で足と腕をそれぞれ持って走り出す――撃たれた方の足に触れないようにしながら。
背後で銃声。それから足音。それらをかき消す炸裂音。
「クロ、こちらはA線を放棄。B線に後退する。そちらは?」
「了解。連中が増えてきましたが、こちらはまだ抑えられます」
静かな、しかしその内容と裏腹に緊迫した声が返ってくる。
B線のすぐ後ろで分岐している道の先、この丘の西側に伸びる小道を彼女が一人で守っている。挟撃を警戒しての判断だったが、どうやら連中にもその考えはあったようだ。
「了解した。あと少しだけ粘れ」
分隊長の声がB線に到着した直後の俺のすぐ後ろで聞こえた。
「ここで待っていてください。もう少しです」
努めて平静を装い、元が何色だったのかも分からない錆びの塊となったコンテナの後ろに彼を寝かせる。
この錆びた鉄でどこまで防げるのか分からないが、ここにあるもので一番の防御力と防御範囲を期待できるのは多分これだ。
そして俺は、それより遥かに小さく頼りない、道のわきの石垣――とも言えないような土塁と石塁の中間のような場所の上に伏せる。
一応赤茶色の石がいくつか、石垣の上からせり出してきているが、これこそ何が防げるのか分からない代物だ。
この丘は元々何かの建物が建っていたのだろう、七合目ぐらいと思われるこの辺りからこうした人工的な土台が部分的に遺されており、蛸壺を掘るだけの時間もなく掘るには岩がちすぎるこの地においては貴重な防御陣地となった――それでもこの程度なのだが。
「連中、A線に到着した」
「了解。トーマ」
分隊長と角田さん俺より少し前、道から外れてコンテナ以上に錆びだらけになった小型トラックから敵の手に落ちたA線を見下ろして、分隊長の方が俺の方を振り返る。トーマというのは下の名前から採られた、いつの間にか決まった分隊内での俺の呼び名だ。
目が合う。何を言いたいのかは既に分かっている――A線を捨てる時以前、A線に陣を構えた時から。
「今だ。やれ」
だから、手に持っていたのはライフルではなくリモコン=A線に陣取った時に設置しておいたプラスチック爆弾のそれ。
そのスイッチのカバーを外し、その下のものを指先で押し込む。
「発破」
宣言が聞こえていたかは分からない。
ボタンが指から解放されるよりも速く、閃光と轟音と土煙とが、蟻のように突進する民兵たちを飲み込んだ。
何人かが空高く跳ね上げられていくのもまた、爆破されたアリの巣の蟻と同じだ。
「よし、やった!」
角田さんの声。続いて分隊長の声。
「残った連中を一掃しよう」
そして銃声がそれらの後を追い、数発に一発の割合で混ぜられた曳光弾がもうもうと立ち込める煙の中に吸い込まれていく。
「……!」
それら全ての大合唱の中に異質な音を感じ取ったのは、ほぼ直感に近かった。
音のする方向=東側の石垣の方に振り返りつつライフルを向けた、まさにその瞬間、異形が石の上で跳ねた。
「スレイプニル!!」
叫びながら引き金を引く。
着地する直前のその異形が後ろに吹き飛ばされ、飛び出した石の向こうへ、映像を巻き戻すように消えていく。
異形を追うように向きを変えて、東側の石垣に駆け寄る――下からの銃声に72式以外のものも混じるが、それでも足を止められない。
同時にライフルから手を放し、腰に留めているホルスターに手を伸ばす。
異形の正体は無人兵器だ。そして無人兵器には銃弾より専用の電磁パルス兵器の方が有効である――弾代的に。
まさにその動作の出鼻を潰すようにもう一度異形が飛び上がる。
距離は近い。ロボット掃除機のような胴体の左右に三本ずつ、計六本の蜘蛛のような足がしっかりと見えていた。
「くっ!」
距離は近い――ライフルを構えなおすにも、ホルスターから電磁パルスガンを引き抜くのにも。
「おらっ!!」
ならすることは一つ。
胴体を見せつけるように飛び込んでくるそいつの中心に、展張したスケルトンストックのバットプレートを叩きつけることだ。
「しっ!」
体重を乗せ、体ごとぶつかるような叩きつけに、飛んできた方向に吹き飛ぶ無人兵器。
しかしそれだけで倒せる相手ではない。空中で姿勢を制御すると、スレイプニルという名の由来ともなった六本足を開いて石垣の上に器用に着地する。
何となく蟹のような見た目のそれが再び飛び込んで、足の内側に内蔵した小型チェーンソーで俺をミンチにしようとするより前に、カニの甲羅を鉛玉で石に縫い付けてやる。
UM-M-622スレイプニル。北欧神話に登場する六本足の馬の名を冠するこの無人兵器は、小国のゲリラにとってはうってつけの代物だ。何より安く、人間のような反乱もしなければ、寄せ集めの民兵共より確実に静かに相手を殺せる。
「糞ったれ!」
殻を破壊されて機能を停止したその殺人マシンを蹴り落すと、同時に飛び掛かってきた三体目を撃ち抜き、改めて背中の電磁パルスガンを引き抜く。
大型拳銃程度のサイズとフォルムのそれはしかし一目で銃ではない事が分かるオレンジ色のボディーをしており、トリガー上部、電源を兼ねたセーフティーを解除すると銃口部分からアンテナのようなものが数mmせり出してくる。
ハンマーなりストライカーなりが位置する部分に表示されるバッテリー残量は100%を示している。ここをよじ登ってくるような連中を相手にするには十分だ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




