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こうして僕は傭兵になった13

 どこかでヘリのローター音が聞こえる。大方特殊部隊の突入が開始されたのだろう。

 そんな中で件の銀行前に到着してすぐ、無線には新たな声が入った。

 「こちら州警察、ミークス巡査部長だ。突入チームホテル2-1を率いてそちらに向かっている。まもなくピーターズ前の通りに出る。撃つなよ」

 「了解。こちらは銀行前で待機中」

 その無線から数秒後、サイレンもパトランプも使わず、俺たちが通ってきた道をなぞるようにして一台の救急車が、州兵たちと同様の宇宙服のような装備を纏った数名に先導されて現れた。

 宇宙服の連中が突入チームだ。濃紺のそれの肩には大きく州警察のエンブレムが縫い付けられている。


 「あれが……」

 「流石は州警察だな、俺たちとは装備が違う」

 誰かの囁くような声が聞こえてくる。

 いかに世界的に展開しているPMCとはいえ、一企業が軍や警察と同等以上の装備をすることは許されない。

 故に彼らのもつロボットアニメに出てきそうな銃火器やその宇宙服のようなアームスーツはごく一部の国――要するに三大国――の軍や警察などのみに許された、いわば大国の特権となっている。

 上空を飛び回っているUAVも含め、俺たち全員のそれより強力なそうした兵器は、たとえあらゆる大量破壊兵器が存在しなくとも、三大国の力が決して他によって揺るがすことのできない盤石のものであるという事を象徴していた。

 ――まあ、味方であるうちは頼もしいことこの上ないが。


 現れた彼らに人質を引き渡すと、救急車に彼女を収容して動き出す。

 俺たちと突入チームがその周りを囲い、俺たちが通ってきたのとは異なる本来の通路を通って南側ゲートへと進んでいく。


 「あっ、ご覧ください!救急隊です!今州警察の隊員と警備会社のスタッフによって護送された救急車が1台、この南側ゲートに現れました!!恐らく負傷したという人質の方を搬送しているものと思われます!」

 既に制圧された南側ゲートの外で、リポーターがカメラに向けて興奮気味に伝えている――それへの配慮か、ゲートを固めていただろう他律生体の死体にはブルーシートがかけられていた。

 俺たちの作戦はここで完了。


 HQに報告するよりも警察の介入チームが人質全員を救出、犯人グループが投降したという速報が入る方が速かった。


 それから、随分とバタバタ慌ただしくあらゆる職業、あらゆる立場の人間が辺りにごった返した。

 俺たちはと言えば元居た事務所――ではなく、ゲート近くに設けられたテントを特設の詰め所として宛がわれ、報告の後そこで帰り支度をすることになった。


 「――今回犠牲になった住民の方、そしてガーハイム社の方々に哀悼の意を捧げます。彼らの魂が速やかに永久に安らぐことを心から祈ります。我々は今回、多くの犠牲を払う事となりました。私は司法長官という立場を全うし、今後憎むべきテロと断固戦う事を彼らとそして全ての市民の皆様に誓います。そして、今回の事件で勇気をもって行動してくれた全ての市民の方々と事件解決に当たってくれた方々に改めて敬意と感謝を」

 テーブルの上に置かれた誰かのデバイスからBGM代わりに映されていたテレビ中継、その中で司法長官の会見が被害状況や事件の概要を伝えるニュースに混じって中継されている。


 「……」

 敬意と感謝、それを向けられているはずの俺はしかし、そんな誇らしい気分にはなれずにいた。

 「……」

 テントの外に目をやる。沢山の人間がごった返し、その合間を縫うように各種の無人機やUGVが飛び交っている。

 死体を運び出す車両は存在しない。それに関わっている人間も存在しない。

 今回の作戦、犯人グループは戦死した一名を除く全員が投降したそうだ。


 そしてその一名が、今回の作戦で唯一の人間の死者だとのことだった。

 唯一の死者。首をそっと撫でる。最早傷口がどこにあるのかすら分からない。


 「よっ!」

 ポン、と肩を叩かれる。

 びくりとして振り返ると、戦闘中とは異なった柔和な――つまり、それ以外の時の――表情に戻った分隊長が立っていた。


 「お疲れさん」

 「お疲れ様です……」

 彼だって知っている。

 一名の死者が誰なのかを。

 そう、誰なのかを知っているのだ。その死者について“ピーターズで交戦したテロリスト”以上の事を――俺と同様に。

 そしてその事を気にかけてくれたのだろうという事は、そっとテントの口を閉じて、外と隔絶した時に分かった。


 「気にするなよ……と言っても、難しいだろうけどね」

 後半は前半のハードルを少しでも下げるような一層穏やかな声で。

 「誰のせいでもない。君が悪い訳じゃないさ」

 「ええ……。ありがとうございます」

 そう答えて、頭の中で自分にもそれを言い聞かせる。


 悪いのはテロリストだ。あいつらが殺した人間を目の当たりにしたはずだ。


 それは正しい。理屈に合っている。合理的だ。

 だが、俺の中の理屈に合わず非合理的などこかが、ついさっき目の当たりにしてしまった映像を、それだけをその主張の根拠にしてエンドレスで再生していた。


 「トニー!ああトニー、どうして……っ!!あなたエンジニアだって……」

 ミセス・シルバーバーグ。

 あの時、俺と言葉を交わしたあの老婦人が、搬出されたボディバッグに縋りついて泣いていた。

 道を違えた――そして踏み外した――息子。その変わり果てた姿に半狂乱になって泣き叫んでいた。


 その姿が、どうしても俺と母にダブった。まっとうな仕事について働いていると信じている息子が、本当は何をしているのかを知らない母の姿に。


 俺たちは正義の味方じゃないんでね――角田さんの言葉が全身に沁みていく。

 そうだ。俺たちは、俺は、正義の味方じゃない。

 ただの兵士、ただの傭兵だ。




※   ※   ※




 「新人さん、どうでした?」

 帰りの飛行機の中で、俺は話題の人物をちらりと見て、隣の分隊長に尋ねる。

 その新人さん=桂は俺の向かい側でお嬢ちゃんと並んで眠っていた。


 「うん、よさそうだよ。彼は大丈夫そうだ」

 そのお嬢ちゃんの向かい側、その呼び方の発案者は――俺と同様に――彼女らには聞こえないようにそう答えた。


 金沢将司分隊長。今や少なくなった俺の同期。


 といっても、新人時代には顔を合わせたことは無かった。お互いに1年以上別々の仕事をして、その当時の分隊長というより、一人だけ生き残ってしまった先輩と共に新しく作られた分隊に集められたのが俺たちだった。

 ――結局、その分隊長殿もその後すぐに俺たちの知らないお仲間を追ってしまったのだが。


 閑話休題。今日桂と行動していた彼がそう結論付けているのは、なんとなく分かっていた。

 マキナとて万能ではない。その思考コントロールはトリガーを引く手を最大限軽くはするし、その後にPTSDに陥ることもない。だがそれでも、完全に思考や感情を代行してくれるわけではない。そのハードルが限りなく低くなったとはいえ、最後の一線を踏み越えるのは、結局自らの意思に他ならない。


 彼は、あの新人はそれが出来た。少なくとも我らが分隊長はそう判断した。

 故にこそ、市民ホールでの戦闘では自分から離してお嬢ちゃん=黒河と組ませていたのだろう。


 「彼は同じだよ。我々と。ちゃんとこっち側に来た」

 行き過ぎることもなくね、そう付け足して俺を見る。

 こっち側=俺たちと同じ側。それも行き過ぎることなく。

 思想でも政治的大義でもなく仕事として必要だから必要なだけ殺す。それをどれほど躊躇しようが、それをどれほど嫌おうが、任務達成のための最小限の犠牲は甘受する。


 そして行き過ぎることのない=戦闘に快楽を求める訳でも、人間狩りを気取る訳でも、そういう狂人に憧れる訳でもない。


 「こっち側……ですか」

 「ええ。こっち側ですよ」

 ある意味ではそういうサイコパスやその予備軍よりも凶悪で、かつ強力な存在。

 快楽ではなく必要で殺す。義務ではなく仕事で殺す。それが俺たちだ。


 「知っているでしょう。今日彼は人を殺している。気づいたかな?あのバーでの一件以降、彼の雰囲気が変わったの」

 「まあ、なんとなくは」

 ぼかしてはいるが、実際にはしっかりと嗅ぎ取った。

 ――人の機微というものに詳しくなったのは、俺の習い性のようなものかもしれない。


 「彼、恐らく最初のうちは躊躇していた。多分、『殺す』とか『死』という言葉自体無意識下で避けるぐらいにはね。でもあれ以降踏ん切りがついちまった。殺した相手の件でショックを受けたみたいだけど、それでも必ず戻ってくる。もうこっち側に来てしまった以上は、ね」

 そこまで言ってから、その期待の新人から俺の方をもう一度見て続ける。

 「ちょうど僕たちが新人の頃そうだったように」

 僕たちが――ねぇ。

 「……成程」

 そこには触れないことにした――きっとそんな俺の心中など、心の中の声ごとこの人は分かっているのだろうが。


 俺は内心で発していた。あんたは今日まで何も感じていないでしょう、と。


 金沢将司。我が最後の同期にして我らが分隊長。恐ろしい男。

 およそ感情も自我も存在しない男。ただ必要な感情や自我を必要に応じて表現できる男。

 戦闘中に口調を変えていたのも、無線で軽口を叩いたのも専らただそうすることが状況にあっているという考えからだ。大方、あの新人を安心させるためと言ったところだろう。


 ある意味、俺たちの究極系なのかもしれない。殺す殺されるに関わらず、行住坐臥の全てにおいて必要というだけで己を変化させることに何の躊躇もない、人の姿をした別の生き物。


 「なら、まあ安心ですかね」

 「まあ、そうだね」

 それきり、会話は終わった。

 ただエンジン音だけが静かに響く機内で、俺は舟を漕いでいる新人さんと、それより少しだけ先輩の少女を見た。


 そう言えば、お嬢ちゃんに関しても太鼓判を押したのは彼だった。そしてその評価は今のところ全く正しいと言わざるを得ないものだ。

 だから俺も確信していた。目の前の男はきっと、死ぬまでここから抜け出せないのだと――まさしく、俺のように。


(つづく)

今日は後一話短めの話が続きます

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