こうして僕は傭兵になった12
パン、というその凶悪さのわりに目立たない破裂音がピックアップトラックの向こうで響いた。
「っの野郎!」
自分たちを狙ったそれに苛立ちを投げつけながら体を起こし、道の左側の街灯付近にいた敵に向けて引き金を引く。
三度の軽い衝撃が連続。うち二発がそいつの体を撃ち抜いて吹き飛ばす。
その直後、道の向こうから聞こえてきたエンジン音に反射的に顔を向けると、まさに坂の頂上に、そちらも斜面になっているのだろう向こう側からせりあがるようにしてピックアップトラックが一台姿を現していた。
「テクニカル!」
すぐ隣で彼女が叫び、その荷台の動きを見て俺の体が反射的に地面に飛び込む――先程とは鏡写しに、元居た車の影へ。
直後の出来事=それまでいた場所の舗装が弾け飛び、隠れた車が坂道側に傾く――タイヤが引き裂かれている。
それまでとは明らかに異なる重々しい銃声が、耳障りなそれらの現象の最中にも途切れることなく続く。
鉄が砕ける凄まじい音がそれに続き、そしてその音が教えている――あれの前ではこの壁は極めて頼りない防御である、と。
「くぅっ!」
思わず音が漏れる。12.7mmか、それより大きいだろう重機関銃の弾。口紅のようなそれであれば非装甲の一般車のボディーなどエンジンを含めても発泡スチロールのようなものだ。
勿論対処法は存在する――理屈の上では。
だが現状とることのできる、そして最も生存の可能性が高い手段は地面に伏せて、ただそれが当たらない事を、そしてそれが一刻も早く終わることを祈るという事だ――今まさに俺がしているように。
幸い、連中も制圧射撃として行っているのだろう。確実にこちらを撃ち殺すという撃ち方ではなく、こちらを釘付けにするために隠れていそうな場所に弾を撃ち込んで封じ込めにかかっている。
つまり、今こうして生き残っていても、そうしているうちに攻め寄せてきた歩兵に襲われるのは明確だという事。
落ち着け、整理しろ。
状況:前方に重機関銃を搭載したテクニカルが一台、こちらに接近しつつ射撃中。そのせいで車の陰から動くことができない。
敵:テクニカルの他に歩兵が複数。今後増援がくる可能性が高い。
採るべき手:何とかしてあのテクニカルを黙らせる。
ではそのための手段は――それを実行する前に、命知らずが一人名乗りを上げた。
「あれは任せてください」
ウェビングのお守りを撫でつけ、ピックアップトラックの荷台にハンドガードを置いて構えながら、彼女はそう言ってスコープを覗き込む。
突進するテクニカル。それに銃口を向ける彼女。
決着は一瞬。重機関銃のけたたましい銃声にサイレンサーのそれがかき消され、マズルファイアだけが存在を示した狙撃によって。
「……さよなら」
テクニカルのフロントガラスが真っ赤になって、大きくバランスを崩したそれが街灯に突っ込んでひっくり返り、荷台の射手をこちらに向けて吹き飛ばした。
「ナイスキル」
素直な感心と称賛、そして命が救われた安堵がそう声をかけると、彼女の表情は少しだけ柔らかくなった。
後方で轟いた爆音に二人揃って振り向き、テクニカルと同様に突撃してきたのだろう軍用トラックを、どうやったのか同じようにひっくり返して火だるまにした分隊長たちを見つけたのはその直後だった。
大手と搦手のどちらも火力と機動力を失ったことで兵士たちの士気もまた失われたようだ。
「チャーリーリーダーよりアルファ、連中が撤退していく。今のうちに人質を搬出しろ」
分隊長の言葉を示すように、隠れていた兵士たちはテクニカルが出てきた方に向かって退散し始めている。
「アルファ了解。支援感謝する。今人質を連れてエントランスに向かう」
「チャーリーリーダーよりオールチャーリー。移動する。エントランス前に集合しろ」
その無線に「了解」とだけ返し、逃げていく敵の背を見送って振り返る。
「黒河さん、行きましょう」
「あっ……はい」
共に駆け足で指示されたエントランスへ。市民ホールという名前と、そのこじゃれた外見からはかけ離れた、砕けたガラスと弾痕だらけのそこは、この短時間で起きた戦闘の苛烈さを物語っていた。
「あ、あの」
不意に横から声をかけられる――それが出来るのは一人しかいない。
「さっきはありがとうございました」
「あ、い、いえ――」
自分でもどうやったのか、どうしてそうなったのかは分からないフラググレネードの投げ返し。
「あ……それと」
それから彼女は――器用にも駆け足のペースを落とさず――少し恥ずかしそうに続けた。
「私の事、クロでいいですよ。他の人と同じように」
それが彼女への呼び方の話であると理解するのに一拍置く必要があった。
そしてその間彼女は更に補足する。
「ここの人たちも、学校の友達も、皆そう呼びますし……年上の人に敬称付けられるの慣れてないって言うか……」
それに答えよう、何か言おうとする前に、体は既に指定された場所に到着していた。
「よし、全員無事だな」
分隊長が俺たち全員に目をやってからエントランスの中にその目を向ける。
「こちらは揃った。脱出可能だ」
「了解。こちらは一人が人質を背負う、うちの残りと一緒に周辺警戒を頼む」
脱出は俺たちの侵入したルートを使う。足を怪我しているのならVストの出番もあるだろう。連中は撤退を始めたが、これで諦めたわけでもあるまい。むしろこちらの撤退中に遭遇する第二波の部隊と遭遇する可能性も高い。
そこまで頭の中で纏めた時、不意に無線から声が発せられた。
「HQより作戦区域内全部隊。先程コミュニティの代表が自治権を放棄した。1分後に警察特殊部隊及び無人機による一斉攻撃が開始される。全部隊員はデバイスのビーコンを起動して自身の現在位置を伝えろ。警察のIFF(敵味方識別装置)に位置情報をリンクさせる」
無線の間、彼のいう全部隊員=ここに集合している全員は互いに目を見合わせていた。
「指揮官殿の読み通りって訳か……全員聞いたな」
救出した人質を背負ったオブライエン隊長がぐるりと見回す。全員異議なし。
「アルファリーダーよりHQ、全員了解した。これよりビーコンを起動する」
デバイスのメイン画面を呼び出す。グローブ越しに操作可能なタッチパネル上で自分のスマートフォンのアプリ同様に並んでいる中からビーコンを選択してオン。たったこれだけだ。
「HQより全部隊、全員のビーコンを確認した。それと無人機が第二波攻撃隊の小学校前結集を捉えた。速やかにそこから離脱しろオーバー」
「アルファリーダーよりHQへ、了解した。これより移動を開始するアウト」
部隊は再び動き出す。
先頭に角田さんが立って、その左右後方に俺と黒河さん改めクロ。その後ろ=オブライエン隊長のすぐ前に前衛の指揮を執る我らが分隊長。そして後衛は自分たちの分隊長を囲むようにアルファのメンバーが展開した。
その隊形を維持しながら俺たちは走り出す。
それぞれの得物を周囲に向けて警戒しつつ、一定のペースで動く。その姿を上から見られれば、触覚の大量に生えた奇妙な生物のようにも思えたかもしれない。
駐車場を抜け、郵便局前を通って行きとは逆故の緩やかな上り坂を登っていく。
その途中、坂の二号目辺りに差し掛かった時、無数の足音に静かなモーター音が混じり、反射的にその新しい音の方向=すぐ上に首を向ける。
「始まったな……」
フライパスする3機のUAVを同様に見送った角田さんの声に、今まで聞いたことのない若い女の声がかぶせられる。
「オプティマル・エンフォーサーのコントラクター、聞こえますか?こちらはニューヨーク州警察特別介入チームです」
分隊長二人が目配せ。金沢分隊長が無線を取る。
「こちらオプティマル・エンフォーサー、チャーリーチーム指揮官。現在チャーリー及びアルファチームで郵便局前の通りをサイモンブラザーズ銀行方面に向かい南下中。負傷した人質を一名連れている」
「了解チャーリー指揮官。そちらのビーコンを確認しました。そちらに救急隊と警察官を派遣します。銀行の前で待機してください」
「協力に感謝します。銀行前で待機します」
どうやら人質の護衛はそこまでで済みそうだ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




