こうして僕は傭兵になった10
ちくっとする感触と何かが流れ込んでいく感覚。それを感じた瞬間痛みが落ち着いたところを見るに麻酔も入っているのかもしれない。
反射的にナイフの柄に手をやると、本人の意思に反して咥え込むように刃を挟み込んでいる首の肉から、力いっぱいナイフを引き抜いた。
「がうっ!!」
念入りに振った炭酸を開けた時のように、勢いよく血液が噴き出す。
――ああ、やっぱり滅茶苦茶痛い。
だが、出血はその一度きりだった。噴水のように――という、小説なんかで見るような噴き出し方はしない。マキナによる止血は一瞬で行われ、そしてポンプの中身は数秒のうちに俺の体細胞のクローンとなって傷を塞ぎ始めている。まったくマキナ様様。
「くそっ、刺された……ッ」
自分が思っていたより苛立った声を出していることにそこで初めて気づく。
空になったポンプを投げ捨てると、立ち上がってライフルを拾い上げ、異常がないかチェックする。
「元気そうだね」
そこで軽口をたたいた隊長の方を振り返り、その時初めて彼がとんでもない状況にいたことを知った。
「それは……」
「全く、驚かされた」
そう言った隊長の向こうには他律生体が2体。死体になって転がっていた。
状況から分かる事:この人は別の窓から飛び込んできたその2体を直ちに処理し、すぐさま振り返って俺の方の一人を始末した。そしてその間全く被弾していない。
全く、人は見かけによらぬもの。
「どうだい?ポンプの味は?」
それどころか、そんな修羅場を全く感じさせないおどけた声でそう尋ねる程の余裕を見せている。
そしてその余裕が、俺を随分安心させてもくれた。
大丈夫。俺は生きている。マキナは機能しているし、出血ももう大したことは無い。
「……マキナが入っていて助かりました」
俺がその驚きの中でできたのは、ただそうやって質問に答える事だけだった。
事実ではある。既に血は止まり、痛みも落ち着いてきている。
それに刺された瞬間にも冷静さを維持していたし、そのまま反撃に転じそして――全く躊躇せずに引き金を引けた。人間に対し、それを人間だと理解した状態で。
「まったくマキナ様様……」
改めて漏らしたその感想は、ただ俺にしか聞こえていなかった。
「どうした!?無事か!?」
「ああ、こっちはね」
飛び込んできた角田さん達に隊長が平然と答える。
彼の後ろにいた黒河さんと目が合った。
「それ……」
「ああ、彼は洗礼を受けたよ。大丈夫。ぴんぴんしている。なぁ?」
「ええ。痛みもありません」
そう答えた直後、無線が音を立てた。
「アルファよりHQ。連中がこちらに気づいた。人形共が市民ホールに向かっているオーバー」
「HQ了解。ブラヴォー、要救助者の脱出はまだか」
「こちらブラヴォーリーダー。今トンネルに全員を収容、ガーハイムの救援チームと合流した。こちらは大丈夫だオーバー」
連中も完全に馬鹿という訳ではない。俺たちも長居は無用だろう――頭によぎったその考えを、緊迫した無線が塗り替えていく。
「HQよりブラヴォー、了解した。アルファ、チャーリー、速やかに脱出ポイントに向かえオーバー」
「アルファよりHQへ、脱出ルートを潰されている。AとB両方だ」
完全に馬鹿という訳ではない?それどころではない。
ブリーフィングの話を思い出す――陸軍特殊部隊出身者が犯人グループに参加している可能性がある。
「さて諸君」
聞いていたな――分隊長の眼が全員を見る。
誰も返事はしない――沈黙は肯定。
「残念だけど残業のようだ」
これまた誰も。
「チャーリーリーダーよりアルファへ。メトロポリタンが休館だった。ピーターズより脱出しこれより救援に向かうオーバー」
ちらりと俺たちの方を見る分隊長。俺の横で角田さんが痛快そうに微笑する――どうやら二人ともあの物言いは腹に据えかねていたようだ。
その一言で俺たち全員はこれまでの動きを逆再生する様に動き出した。
「アルファ了解。恩に着る。アウト」
その声を聞きながら、頭の中ではマキナが地図を広げている。
「覚えているな?ここを出たらすぐ右、突き当りを右、その後すぐ右で店の正面に出る。それから最初の角を左に曲がった突き当りが市民ホールの駐車場だ」
分隊長の声が、頭の中のルートを正確にトレースしている。
事務所を抜け、人形2体が転がる裏口へ。急いでいるがクリアリングは欠かさない。
未知の左右をカッティングしてクリア後、右に走っている間も一人が後ろを警戒しつつ動く1-2-1の布陣、もっと正確に言えば3-1でダイヤモンド型を作っての移動。道路の様子も街並みも、この辺りは何も変わっていないのに、妙に緊迫しているというか慌ただしい気がするのはただの気の持ちようか。
――いや、そうではない。その事に気づいたのは走り出してすぐの突き当りを右に曲がった時だった。
俺を含む前衛3人の左右=俺と黒河さんが中央の隊長と並列に並び、自分の建っている側と反対の角を警戒しつつ丁字路へ。
「「クリア」」
俺と黒河さんの声が同時。
道の右側から丁字路の左側を見ていた俺がそう告げると、すぐさま黒河さんがその左の道に滑り込む――俺の射線を絶妙にかわして。
「クリア」
左側の、ここからでは見えない部分までカバーしてクリアリングする彼女のすぐ後ろで、彼女が俺と鏡写しに行っていたクリアリングの仕上げを行う。
「止まれ、隠れろ」
余りに咄嗟だったが、それでも何をするべきかは体に刻み込まれている。
「ッ!」
コーナーから飛び出さずに街灯の影に伏せた分隊長と同じ方向=進行方向の先を見る。
「まだだ。行かせろ」
分隊長の静かな声に無数の足音が混じる。
俺たちが曲がるはずだった交差点を10名以上はいるだろう軽歩兵の部隊が通過する。
目的地への到着を最優先に設定されているのか、簡単な左右確認だけで道の真ん中を駆けていく人形たち――クリアリングの大切さを教えてくれる。
「よし、移動」
分隊長の指示は、敵部隊の最後尾と思われる他律生体が俺たちの進行方向に消えた一拍後に発せられた。
「連中の尻にお見舞いしてやろう」
動き出しながら、次の十字路に目をやる。
道は広い。道路には何の表示もないが、日本なら余裕で二車線道路、下手したら三車線かもしれない。
その広い道路同士の交差点に遮蔽物を探す。
だがぱっと目に入ったのは街灯と収集用のゴミ箱ぐらい。
幸い右手側の建物の塀が敷地一杯に広がっているので、そこを利用することもできるだろうが、今挙げたどれも銃撃戦になった時に万全の信頼をおける防壁としては機能しないことは一目見ただけで分かった。
まあいい。見つからない=撃たれないことは最高の防御たりうる。そう判断して塀の角に目星をつけながら、先程と同様に後方になる左側に意識を向ける。今回は道だけでなく、交差点の対角線上にある民家の窓や扉にも。
「「クリア」」
「射撃用意」
先程と同様のやり取りを終え、進行方向に遠ざかっていく敵歩兵隊の背後に銃を向ける。
ちらりと横を見ると遮蔽物を使っているのは俺と分隊長で、残り二人は得物の二脚を用いて後方に伏せている。この状況では投射面積を小さくすれば隠れるよりも有利という判断か。
全員が配置についたことを察知した分隊長が右足の膝をつけ、膝射の姿勢で最初の一撃を発射した。
銃声のそれと明らかに異なる、聞きようによっては気の抜けたような砲声。
だが、その効果はとても気の抜けたなどと言えるものではない。
72式短砲身軽擲弾筒。ライフルのハンドガード下にマウントされたそのグレネードランチャーは敵部隊中央やや後ろに40mm榴弾を放り込み、その一発で10名近くの部隊の大半を吹き飛ばしたのだった。
「仕留めろ」
発射の直後に聞こえた分隊長の声に反応する様に、銃声が複数続く――無論俺のも。
サイトの向こうで振り返ろうとした敵兵が、奇妙な姿勢のまま後ろに吹き飛ぶ。
止めになったかどうかを確認するよりも前に銃身を左に振り、分隊長がそうしているように街灯の後ろに逃げ込もうとしているもう一人を追いかけて撃ち込む。
「タンゴダウン」
足か腰か、その辺りへの命中ですっ転んだ相手の頭に即座に二発目を送り込む。
そしてそれが立って動ける最後の敵だったようだ。
「よし、移動する」
分隊長の声。その指示を出した張本人を先頭にそれまでと同じように動き出す俺たち。
時間にして数秒にも満たない交戦。連中の銃弾は一発も発射されることもなく決着がつく。
その最大の立役者の爆心地を踏み越えて更に先へ――足元に転がっている諸々を或いは踏んで或いは避けて。
そしてその時、めいめいの近くに転がっている他律生体の頭に一発ずつ撃ち込んでいく。
連中はBMSを持っている。もし今は重傷でも、俺たちがそうであるようにポンプ一本で蘇る。
なら、確実に殺すに越したことは無い。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に
これが本年最後の更新となります。
来年からも何卒よろしくお願いいたします。




