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こうして僕は傭兵になった9

 その通信が終わると同時に、デバイスから顔を上げた分隊長の指揮が飛ぶ。

 「カクとクロで倉庫を当たれ。桂は俺とホールを」

 全員の名を挙げ、その時にそれぞれと目が合う。

 デバイスの情報=ピーターズ内部の見取り図は分隊全員に共有されていた。人質がいるとすればその2か所の可能性が高い。


 「チャーリーリーダーよりHQ。ピーターズ裏口に到着した。これより潜入し人質のいる可能性の高い部屋へと移動する。30秒待ってくれ。オーバー」

 「HQ了解した。速やかに移動せよ。アウト」

 通信が終わる。デバイスで再確認したが、ブリーフィングの内容は頭の中に――より正確に言えばマキナに――しっかりと記憶されている。中の間取りも例外ではない。この扉の向こうには事務所と更衣室があり、その奥に厨房。そこから倉庫とホールへと分岐する。


 「カク、先頭だ。静かに行こう」

 「了解」

 やり取りをしながらドアノブとは反対側に回った分隊長が手早くトラップを確認し、音を立てずに扉を開ける。

 人一人がぎりぎり入れるような幅から流れ込んでいく角田さん。黒河さん。そして俺。


 「クリア」

 もぬけの殻の事務室で、そこがもぬけの殻であることを確認した角田さんを追い越して残り二人で奥の更衣室を確認。

 「クリア」

 「クリア」

 そこから戻ると直ちにベテラン二人が厨房へ滑り込むのに続く。事務室同様のこちらを横切って、それぞれの目的地の前へ。ここまでおよそ20秒以内。

 向こうから撃ち込まれた数個の弾痕が残るホールへ通じる扉の前で、分隊長が俺を見る。

 「ブリーチを任せる。爆薬を使え」

 言われてすぐ、10cm四方のタイル状の爆薬を扉に吸着させる。指向性の爆発は扉を吹き飛ばしても、その横に待機している俺たちまでそうすることは無い。


 「チャーリーリーダーよりHQ。突入準備よし。オーバー」

 「HQ了解。アルファ。それぞれの電源を落とせ。突入チームは電源が落ち次第突入せよ。アウト」

 「アルファ了解。電源遮断まで3……2……1、遮断」

 既に明かりは消えているが、これで万が一の事態を少しでも減らせるのならそれに越したことは無い。


 その言葉と同時=分隊長の指示。


 「突入!」

 そしてこれもまた同時にドアが吹き飛んだ。

 間髪入れず、その爆風を従えて飛び込む分隊長。その後に続き、彼の向かなかった方向に銃口と目を向ける俺。

 扉を出て直ぐ正面のバーカウンター内に一人の警備員がカウンター下の棚にもたれかかって動かなくなっている。手元にはホールドオープンしたオートマチックが一丁。自身の吐き出した薬莢に囲まれるようにして落ちている。そのカウンターを出て直ぐのテーブルの近くには、恐らく彼と相打ちになったのだろう他律生体が一体、パーティガンを放り出して倒れていた。


 「クリア……」

 だが、それだけだ。

 人質も生きている他律生体も、それを操っているテロリストたちもいない。

 ただホール内の多くのテーブルと椅子が、店の奥=シャッターが閉じられた本来の入り口の辺りに固められているだけなのが、いくつかある天窓から差し込む光だけの光源でも分かった。


 「こちらチャーリー1。こちらは外れだ」

 「了解だチャーリー1。こちらもそのようだ」

 無線から聞こえてくる角田さんの声に隊長がそう答える。バーカウンターを出てすぐのここからでは死角になっていて見えないが、L字型のカウンターの向こうにも人の気配はない。


 「ぅ……」

 不意にその気配のない方向から聞こえたそれは確かに間違いではなかった。

 「隊長!生きています」

 思わず自分の声が変わったのもまた、間違いではなかった。

 カウンターの中に崩れ落ちていた警備員。夥しい出血の彼がうなだれていた顔を上げ、豊かな口ひげを蓄えた顔をこちらに向けている。


 「大丈夫、敵じゃありません。オプティマル・エンフォーサーです」

 銃を下ろして彼のもとに駆け寄る。

 丁度天窓の真下に位置していた彼は、俺のその声にちらりと視線を自身の背後=カウンターの向こう側へと向ける。

 「頼む……子供……」

 絞り出された声はただそれだけ。


 直感:もう彼も長くない。


 「隊長。子供が――」

 言葉に弾かれたようにホールにいる――そしてこちらを覗き込んでいた――分隊長へと告げる。

 「了解。待っていろ」

 その答えからすぐに、穏やかな声が続いた。

 「怖がらないで。もう大丈夫。大丈夫だ」

 その言葉は、カウンターのこちらにいる警備員にも聞こえていた。そしてそれが、彼の最後の気がかりを解決したようだった。


 彼は安心したように僅かに笑おうとして、そして最初に見た時と同じ姿に戻った。


 「よーし、偉いぞ……そっちは?」

 ふと、カウンター越しに分隊長がこちらを見ていた。

 その目と合う。何を聞いているのかなど分り切っている。

 そして彼もまた、俺が静かに首を横に振ったことで全て理解したようだった。

 「分かった」

 それきり、彼は子供をあやすような声を出さなかった。


 「こちらブラヴォー。教会を制圧。要救助者全員を確保した。全員無事だ。繰り返す全員無事だ――」

 無線の声が当たりを告げる。

 「これより要救助者を連れて脱出する。オーバー」

 「HQよりブラヴォー、了解した。要救助者の安全を第一に脱出せよ。アウト」

 その声を聞いて、俺は静かにため息をついた。

 それが何を意味するものなのかは、自分でもよく分からなかった。


 とにかくこちらも脱出だ――そう思って立ち上がった瞬間、顔に僅かに影がかかる。

 「!?」

 咄嗟に跳び下がったのはマキナの効果か、動物的直感か、ただの幸運か。

 ガラスの割れる音が銃声にかき消され、敵襲を伝えようとする声は、光のシャワーとなったガラスと共に落ちてきた質量に遮られる。


 人影が二つ。

 内訳:他律生体が1体。それとは装備の異なる者が1体=恐らくは生身の人間。

 上から飛び込んだそれらのうち、俺を捉えたのは人間の方だった。


 「ぐうっ!!」

 人形の援護射撃とほぼ同時に飛び込んできたその人物が俺に覆いかぶさる。

 その位置エネルギーで押し倒され、背中で床の衝撃を受けたのと同時に、奴の右手に何かが光ったのが見えた。

 スローモーションの世界。バラグラバの奥の眼。光っている右手。体格的に恐らく男。

 その光がナイフの刃であるという事を理解するより前に、それが俺の首筋に突き立てられていた。


 意外な話――ナイフで刺されるとは言うが、受ける感触は殴られたような衝撃。

 自分の首から黒い柄が伸びているのを視界の下限で捉えながら、その衝撃に逆らえずに床に倒れる。


 スローモーション。

 カウンターを盾に取るその人物と、それに続いた他律生体。

 屋根から飛び降りてきたそいつらがカウンターの向こうに銃を向ける。


 スローモーション。

 俺をやった男の向こうで他律生体の頭が飛沫に変わる。

 それと同時に男が頭を伏せつつ拳銃を腰から引き抜き、胸の前に両腕で抱える。

 ――あれ?なんで俺はそれが見えている?


 俺はナイフで刺された。その証拠に首からその柄が生えている。

 だが意識はちゃんとある。いや、意識だけではない。全身の末端まで、確かに自分の体の認識がある。

 まるでただ寝転んでいるだけかのような、そんな妙な感覚。

 そしてそれを理解した瞬間、首に走る痛み――だが、ナイフが首に突き立てられているなどという異常事態にしては随分控えめな、まだ刺されたことに怒りを覚えるぐらいの余裕があるそれ。


 痛えなクソ――反射的に手が動く。だがライフルは手から離れているし、何より距離が近すぎる。自然と右手が太ももに伸びる。

 「!!」

 俺を刺した男が足元の異変に気付く。

 反射的に胸元の拳銃をこちらに向ける――そりゃそうだ。殺したはずの相手が動いているのだから。


 「おおおああっ!!」

 だが、こちらの方が速い。

 クイックドロウ。抜くと同時にセーフティを解除して立て続けに2発。

 奴が吹き飛んだ。1発目のマズルジャンプによって跳ね上がった2発目が口元か頬に当たったのが見えた。


 ここまでスローモーション。


 「くっ……ぐっ」

 再び静まり返った世界に、俺の呻き声が漏れ出す。

 その瞬間、刺された痛みが一気にその主張を強めてくる。

 「ぐっ、ううっ」

 「桂!桂!!」

 分隊長の声。流石に焦っているのか、作戦前とは様子が違う切迫したそれ。

 だがそれに答えるよりもやることがある。


 「……ええ」

 その“やること”=プレートキャリアのポーチからポンプを一本引き抜いてからそう答え、刺されたのと反対の首にそれを押し当てる。

 「くっ……」

 そしてそのまま、ボールペン型のそれのノック部分を親指で押し込んだ。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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― 新着の感想 ―
[一言] 今更ですが、将棋の駒が名前由来か
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