こうして僕は傭兵になった8
彼と分隊長とを追って残された俺たちもフェンスを越える。
そこにも同じような家が建っていて、同じように人気がなく静まり返っていた。
表に回ると、この家には庭先に広々としたウッドデッキが設けられていた。
「あ……」
そこを通り抜ける瞬間、視界の隅に映ったものに思わず目が向けられる。
ウッドデッキの前に停められた子供用と大人用のマウンテンバイクが1台ずつ。子供用と思われるテニスラケットとボールが子供用のマウンテンバイクの前輪に寄り添うようにして転がっていた。
それだけ、ただそれだけだ。
だが不思議と、それがこれまでの何より目を引いた。自分が異常事態の真っただ中にいるのだと実感させた。
今日は月曜日、そして事件が起きたのは日曜日だった。
それまでここにはごく普通の家族の暮らしがあったのだ。テニススクールか、或いは親子でテニスをして、そして一緒に帰ってきた。晩御飯まではまだ少し時間がある。おやつでも食べようとして、夕食前だからあんまり食べちゃ駄目よとか母に釘を刺され――そんなどこにでもある、普通の光景があった。
当たり前に人が住んでいた。人が暮らしていた。
「……」
意識を切り替える。
感傷に浸るのは後でいい。全部終わって、過去を懐かしむ時でいい。
今はただ、目の前の任務に集中しろ。
感傷を引き起こす庭を抜け、向かいの道を先程と同様に警戒しつつ抜けると、目の前に現れたのはそれまでよりも大きな、まさしく豪邸と呼んでいいような建物だった。
――これまでの建物と様子が違う。
「これ……マンションか?」
「みたい……ですね」
俺の呟きは隣にいる黒河さんにも聞こえていたようだった。
ブリーフィング中に表示された地図には確かに集合住宅を表す表示もあったが、目の前にそびえ立っているのは、とても俺の中にあるその言葉のイメージとはかけ離れたマンションだった。
「ま、金持ちがいつでも豪邸に住みたがるとは限らないしね。見た目は豪邸だけど」
駐車場と、その入り口にある管理人室と思われる建物のクリアリングを終えて分隊長がそれに乗ってきた。
と、同時に自身のデバイスを一瞬だけ確認する。
「単身者用にこの辺りの戸建てに比べればリーズナブルな値段で提供されていたらしいね。予定通り、この中を突っ切っていく」
頭の中に思い浮かべる移動経路と作戦内容。
ここを抜ければ、その裏が目的のバー、ピーターズのはずだ。
駐車場入り口にあった管理棟の横を通り抜け、正面にそびえ立つマンション――と呼ぶにはかなり豪勢なその建物の窓やテラスに目を向けつつ、駐車場内に停められている車を盾にしつつ接近。どうやら家だけでなく車も21世紀初頭趣味が流行っているようだ。
まるでだるまさんが転んだ。遮蔽物を見つけてそこに隠れると、すぐに次の遮蔽物を探し、見当をつけたらまたそこへ走り込んで身を隠す。
そうして、どこかの遊園地の中に建っていてもおかしくなさそうな高級マンションの足元にたどり着くと、古いホテルのような観音開きの前に結集する。
「よし……クロ」
「了解」
今度はお前だ――そう言われるまでもなく、学校指定なのだろう運動靴は足音もなく扉の前に張り付き、そっとノブにガーハイム社の連中が持っていたのより小型の爆発物探知機を向け、円を描くようにその円周を広げていく。
電話の子機のようなそれの探知範囲が3mを優に超える観音開き全体をカバーするのには、恐らく160cm台半ばから後半位の彼女でもそれで十分だった。
それを終えると探知機をポーチに戻し、片手でライフルを持ってオートロック機能を破壊されている扉のノブにそっと手をかけてから、肩で押すようにして中へと滑り込んだ。
その後に続くのは分隊長。こちらも音もなく滑り込んでいく。
俺もその後に続く。先行する二人と同様、周囲とエントランスから上がれる階段と、それが続いている二階にも目を向けながら足を止めずに進む。
頑丈な建物の中を進む場合、跳弾を警戒して壁から一定の距離を取るのがセオリーと習った――というかマキナに染みついている――が、その必要を感じさせないぐらい広い。入ってすぐのエントランスだけではなく、そこから奥に伸びている廊下も、横に設けられた登り階段も、そのうちの一区画を切り取って生活しろと言われても出来そうなぐらいの広さが保たれていて、まさしくちょっとしたホテル状態だった。
その廊下の入り口にあるオートロック式の強化ガラス製の自動ドアは、ひしゃげた枠だけを残して無残な残骸になり果てていた。
そしてその奥には、どこからか引っ張り出したのだろうテーブルとイス。その上に積まれた工具箱やらアタッシュケースやら楽器ケースやらで即席のバリケードが作られており、ガーハイムの警備員たちがその任務を全うしようとしていた、その生々しい痕跡が残っていた。
――そしてそれが絶望的な戦いであったことも、崩れかけたバリケードの足元に転がっている彼の死体が物語っていた。
「桂、確認を」
「了解」
分隊長の指示で彼の首筋に手を当てる――爆発物探知機を向けて安全を確認してから。冷たく、夥しい黒い血も既に乾いてきている。
「脈拍無し、呼吸無し、意識無し」
その後に続きそうになって、無意識がそれを飲み込ませた――死んでいます、という言葉を。
「了解」
分隊長の声が返ってくる。無意識に彼を触った手で半分だけの合掌。
おかしな話だ。今の報告を一言に要約すればそれなのに。そんなことは分かり切っているのに。
それだけは言いたくない。俺の中の何かそう判断して、その言葉に待ったをかけた。
彼から離れ、奥へと進む。
壁や床には無数の弾痕が残っている。
ガーハイムの警備員たちはボディーアーマーを身に着けてはいたが、あの人形たちの装備の前では気休めにもならなかったのだろう。
いや、1発や2発程度なら防げたのかもしれない。だが高初速の5.7mm弾を最大30連続で叩き込めるあのマシンガンの前ではただの布切れと大差ない。
そんな相手――それも数で圧倒的に勝る――を迎え撃つ彼らの手には、拳銃の他にはスタンバトン=警棒ぐらいしか用意されていなかったのだ。
「……」
再度頭を切り替える。廊下の左右には扉があるが、一番手前側にあった管理人室を除けばいずれも固く閉ざされていた。元々住民が暮らしていたのだろうそうした扉の中には、ドアノブを破壊されたものや、バールのような工具でこじ開けられているものもあった。
そうした場所の住民がどうなったのか、もう考えないでいる事にも慣れてきた。
廊下の突き当りに血だまりが一つ。そこから何かが引きずられたように伸びている赤黒い帯を追うようにL字のコーナーを右へ。帯の終着点はすぐそこにあった。
「ダメだ、こっちも死んでいる」
角田さんが、終着点=うつ伏せで動かなくなっている警備員を調べてそう呟く。
その言葉にはよどみも躊躇いもない。きっと、これがキャリアの差なのだろう。
「そうか……」
分隊長の声にも変化がない。
そんなベテラン二人が立ち止まった理由は俺にも分かった。
裏口。恐らく中からしか開かない構造だったのだろうが、既にどちらからでも自由に出入りできるようにドアの枠ごと吹き飛ばされていた。
拡張された出口の脇に隠れ、外を伺う分隊長。彼の頭越しに見えるツーマンセルでパトロール中の他律駆動生体。彼らの足が止まったのは道を挟んで向かい側のドア=ピーターズの裏口の前にいた、同じような2人組と出会ったところでだった。
「計4人か……」
「早まるなよ……少し待とう」
その理由もまたすぐに分かった。
「よし、行ったな」
持ち場の交代という事だろうか。歩いてきた2人が裏口前に留まり、先客2人は仲間が来たのとは反対の方向に歩きはじめる。
そのまま数秒待機。残った2人は周囲を警戒しているが、こちらに気づいた様子はなく離れていった2人が戻ってくる様子も、ピーターズやその両隣の中から出てきたり監視している人物もない。
そしてそれは、分隊長が結論を下すのに十分だった。
「よし、クロ、桂」
「「はい」」
彼と入れ替わる。俺も彼女も名前を呼ばれただけで何を指示されているのかは分かり切っていた。
「左をお願いします。タイミングはお任せします」
「了解」
彼女の言葉に応じながらストックを展開して肩に当て、並んだ2人の左側の頭をサイト越しに見る。
距離は精々20~30m少々。セレクターをセミに切り替える。
少しだけ息を吸い、少し吐いてから、それに押し流されるように舌を前に出して上下の前歯の間に滑り込ませて蓋にする。
ブレが止まる一瞬。引き金。空気の漏れるような音。吹き飛ぶサイトの向こう――左右同時。
「「タンゴダウン」」
「ナイスキル」
「ナイスキル。よし、行こう」
間髪入れずに立ち上がり、庭を突き抜け道路を渡って崩れ落ちた2体の横へ。それを見計らったかのように無線。
「ブラヴォーリーダーよりHQ。教会に到着した。いつでも突入できる。オーバー」
「HQ了解。ブラヴォーはその場で待機せよ。チャーリーと同時に突入する。アウト」
どうやらタッチの差で向こうが先についたようだ。
(つづく)
きょうはここまで
続きは明日に




