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こうして僕は傭兵になった7

 デバイスに映像が映し出される。憔悴した様子の金髪の女性がアルファの隊員に支えられている。別の隊員が彼女の元から持ち去ったのは、恐らくプラスチック爆薬だろう。


 「HQよりアルファ、了解だ。よくやった。人質についてはこちらで病院を手配する」

 敵地の中心にいるアルファからの通信が繋がっているということで証明されたその事実が全員の頭の中へとしっかり通ったのと同時に無線の続きが入る。

 「……よし、トンネル開通。トンネル開通だ」

 「ブラヴォーリーダー了解。これより潜入を開始する」

 「チャーリーリーダー了解。こちらも潜入する」

 分隊長が落ち着いた様子でそう答えながらガーハイム社の方を見る。

 彼らも意味が分かっているのだろう。互いに目配せし、工具類と爆発物探知機を持って倉庫のシャッターに向かっていく。


 彼らの仕事は速かった。探知機が安全であることを示すと、すぐさま超低温カッターを使って切り取る枠を凍らせ、ほとんど音もたてずにぱりぱりとそこからシャッターを切り取った。


 「よし、オールチャーリー、作戦開始だ」

 分隊長のその言葉が最初の一歩の合図となった。

 埃っぽく薄暗い倉庫の中。

 とてもではないが戦場の入り口とは思えないそこが、俺の実戦の第一歩だ。


 そこに一歩を踏み出した感想:特になし。

 そんな事をいちいち考えている場合ではない。


 一番奥の狭い階段を下りて件のトンネルへ。途中監視カメラが一機天井から下がっていたが、既にその仕事はアルファによって切り上げられている。

 「帰りはここでもVストを使うだろうな」

 先頭の分隊長がそう言って俺と角田さんを見る。

 Vストは向きさえ設定すればかなり大抵の場所で使える。もし怪我をしていたり弱っていたりしたら、確かにこの狭くて急な階段を上るのは難しいだろう。

 その階段の先、アルファの計らいか、トンネルの中には一定距離で照明が灯っており、薄暗いながらもどっちに進むべきなのかは一目でわかる状態だった。


 進行方向左側は大小様々な配管が走っており、ここがただの通路ではなく点検通路であるという事を説明していた。

 人が通るのがメインではなく、作業用に必要だからスペースを設けただけとでもいうような、幅の狭くて殺風景な一本道。

 この分隊で最も背の高い角田さんは、頭が天井に当たるギリギリだ。

 その狭さといい、打ちっ放しのコンクリートむき出しの壁や天井といい、特に閉所恐怖症という訳でもない俺があまり長時間閉じこもっていたくはないと感じるぐらいには圧迫感のあるその通路をひたすら前に進み続ける。


 「よし、止まれ」

 分隊長の声が、ただ足音だけが4つ響いていたトンネル内に新たに響く。

 「ここだな」

 そのしゃくった顎が示すもの=上に向かって伸びているいくらか錆びの浮かんだ梯子。

 所々剥げた赤い塗料の下から赤黒く変色したそれに手をかけてするすると登っていくのは、分隊長から先頭を交代した角田さんだった。

 「よし、通れそうだ」

 トラップがないことを確認してからそう言うと彼はしかし、その頭のすぐ上にあるマンホールをほんの僅かに押し上げて、何かを放ってすぐに閉める。

 開けたかどうかさえ分からないような、ほんの僅かな隙間。そこから放り込んだものが何なのかは、降りてきた彼がすぐに俺たちに見せてくれた。


 「よし、行け!」

 取り出されたデバイスの画面に、狭い中なんとか身を寄せ合って食い入る8つの瞳。

 画面に映っているのは見覚えのない物置のような場所――ただしすぐにはそうと分からない程に何もかもが巨大な。

 その巨人の世界を、撮影者は走り、飛び上がって飛行しながら辺りを確認する。


 虫型の偵察ロボット。蠅よりも小柄なそれがこれから入り込むその巨人の物置に脅威がないことを確認するのに、数秒ほどしかかからなかった。

 再び梯子を昇る角田さん。今度はしっかりとマンホールを押し開けて外に出ると、その後に俺たちが続く。


 「Vストを用意。ここの壁にしよう」

 マンホールを出てすぐ後ろの壁を分隊長がコツコツと叩く。

 背負ってきた重いそれを下ろすと、スイッチを入れて壁に押し付ける。明らかに磁石がつくような材質ではないが、それでもぴたりと吸着して離れなくなったそれをスリープモードに設定しておく。これで後は要救助者を下ろすだけだ。

 頭の中に地図を広げる。ここを出てすぐ目の前の道を左に進み、最初の十字路を右へ。突き当たった民家の敷地を抜け、小道を挟んだ反対側がピーターズの裏口だ。距離にして1キロもない。


 「では桂君、先頭に立って」

 「了解です」

 倉庫の扉に手をかけ、外から中へと開くタイプのそれを慎重に開け――すぐにその事の正しさを理解した。


 「!?」

 勢いよく開けていたら、侵入して早速他律生体の一団と遭遇戦闘になっていただろう。

 「騒がない」

 すぐ後ろで角田さんの声。

 四体の他律生体。周囲を警戒しているがこちらには気づいていないのか、既にこの倉庫を通り過ぎて俺たちの目的地とは反対方向に歩いていく。


 それぞれの手には水鉄砲の銃身上のタンクを取り払ったような銃が、雲間から差し込む太陽光を反射して鈍く光っている。

 KKP-57PDW――世界中にばら撒かれ安価で手に入るその銃は、ちょうど連中のように政党(パーティ)を名乗る中小武装勢力がこぞって使用することからパーティガンとも呼ばれる。ハンドガード内のマガジンハウジングに銃口側からマガジンを挿入するという独特の装填方法以外は極めて操作の単純な、しかしそれ故に強力な銃である。使用する5.7mm×28弾にA-BMS弾が存在しないのがせめてもの救いだろうか。


 「そのまま……通り過ぎるのを待とう」

 「はい」

 連中の姿がドアの枠の向こうへ消える。

 それから念のため頭の中でゆっくり10秒。確実に数え終えてそっと外を覗くと、既にそこには無人の街並みだけが残っていた。


 「よし」

 音を立てずに扉を開け、その動きを追いかけるように扇形に動く。所謂カッティングパイと呼ばれる方法で周囲を確認してから外へ。向かい側の家と道路との間には青々とした芝生の庭が広がり、よく手入れされた花壇の奥にログハウス風の邸宅が建っている。

 恐らく住民の趣味なのか、21世紀終盤というには――俺たちの視点で言う所の――現代的な佇まいだ。

 「……」

 周囲の安全確認のために視線を巡らせると、他の家々も皆数十年単位で古いだろうそうしたデザインなのが目につく。たまたまこの目の前の家だけがそうなのではなく、この辺り一帯の、或いはこの時代の流行りなのかもしれない。


 「後方よし」

 背後で角田さんの声。今の順番は俺の後ろに彼。

 その言葉に従って足を進行方向に進める。右折するべき交差点までは、同じような広い庭を持つ家3軒向こうにある十字路。

 テレビで見るアメリカそのものな幅の広い道路と歩道、そことの境界が曖昧な前庭を持つ豪邸が立ち並ぶその通りを、似つかわしくない四人で音もたてずに進んでいく。

 進行方向を警戒し、周囲の建物を警戒し、建物同士の間にある壁や生垣の裏を警戒し、しかしその間もペースを落とさず足を動かし、そしてまた進行方向を――。


 「ッ!!」

 「右だ!右だ!」

 その進行方向にこれまた影を認めたのと同時に、恐らく同じものを見つけたのだろう分隊長の声に反射的に反応して彼の後に続く。

 指示通りに右手にあった民家の庭先に飛び込むと、隣の家とを隔てているレンガ風の壁に全身が隠れるように屈んで建物の裏へと回る。

 ガレージの横を通り抜け、露天風呂のようなプールと、恐らくホームパーティーでもするのだろうプールサイドにキャンプのようなテーブルがセッティングされた裏庭へ。


 そこで振り向くと、先程と同じ格好をした他律生体が2人、同じように通り過ぎるのを、俺のすぐ後ろで膝立ち姿勢で見ていた角田さんの頭越しに認めた。

 「迂回しよう。奴らには見られていない」

 「了解」

 その頭が、分隊長が声を押し殺してそう告げたのに同じく静かに応じて立ち上がる。

 俺と同じような装備。ただし違うのは背中にもポンプを納めたポーチが装着されている事。頭には自転車レースの選手が使うようなヘルメットを被っている事。脚もプロテクターのようなもので覆っている事。そして専用のポーチに弾箱ごと突っ込んで持ち運んでいる事。


 その理由は全て、彼の持っている武器に帰結していた。

 72式二型。分隊支援火器仕様のその銃を扱う彼は、敵をけん制し弾幕を張るだけではなく、その能力によって敵の目を惹きつけ、囮となることも引き受けている。

 背中のポンプは囮としての役割を果たした時に俺たちの誰かがそれを使ってやれるように、ヘルメットと脚の防具はその状況での生存確率と時間とを少しでも向上させるために、弾箱ごと持ち歩くのは予備の給弾用ベルトを入れて持ち運ぶのにちょうどいいサイズだったために。


 その重装備に身を包みながら、部隊の守護神は自身の得物を厚手の耐熱グローブでひっつかんで、全く重さを感じさせない程に身軽に裏庭のフェンスをよじ登って向こうに消えていく。


(つづく)

きょうはここまで

続きは明日に

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