こうして僕は傭兵になった6
「写真……か」
現代ですら珍しくなっている印刷された写真。ぴったりの写真立てに収められたそれは、どうやら家族の集合写真のようだった。
品のよさそうな白人の老夫婦の間に、赤ら顔の白人青年が一人、ぴっと胸を張り、糊のきいた軍服姿で写っている。マキナの知識が、それが共和国陸軍のものであること、この青年は若き二等軍曹であることを教えていた。
避難した誰かの忘れものだろうか――そう思ったその瞬間、背後からの場違いな声に振り返った。
「ああ、やっぱりそうだわ!」
反射的に振り返った先に、写真の中の老婆が立っていた。
そしてその後ろに男――こちらは彼女の伴侶でも軍服姿の青年でもなく、スーツ姿の男。
「お忙しい所大変失礼いたします。こちらのミセス・シルバーバーグがどうしても忘れ物をしたという事でしたので……」
ミセス・シルバーバーグなる人物が目の前の、そして写真の中の人物であることはすぐに分かった。
「えっと、こちらの写真ですか?」
手の中のものを差し出すと、老婆は両手でそれを受け取った。
「ええ。ありがとう。これよ。これを探していたの」
或いは、緊張をほぐしたかったのかもしれない。
もしかしたら、少しでも別の事を――即ち、これから行われるであろう事とは別のことを考えていたかったのかもしれない。
「そちらはご家族ですか?」
老婆にそう問いかけると、彼女は安心した表情で笑った。
「ええ。夫がまだ生きていたころの写真よ。軍服を着ているのが息子のトニー。今は別の仕事をしているけど、この時は軍隊でエンジニアをやっていたわ」
そう語る老婆の顔は、きっとその頃が幸せな時代だったのだろうという事をしっかりと物語っていた。
「あなたは警備会社の方?」
「ええ。オプティマル・エンフォーサー社です」
そう答えた時、老婆の横で付き添いの男が耳打ちする。
「ミセス。そろそろ……」
「ああっ、そうでしたね。ごめんなさいお邪魔してしまって」
老婆は自分がどこにいるのかをその時初めて理解したようにハッとして、それから去り際に俺の手をとった。
「どうか悪い奴から皆を助けてあげて。皆とてもいい人たちなのよ」
「勿論です。……最善を尽くします」
お任せください――この期に及んでその台詞を言えないのが情けないが、去っていく老婆に訂正する気にもなれなかった。
とはいえ、今悩んでいても仕方がない。
頭を切り替える――今さっきまで逃げようとしていたのにおかしなものだ。
振り返ってみて、初めて後ろに黒河さんが立っているのに気づいた。
「……今のは?」
「ああ、忘れ物を取りに来たみたいで」
ちらりと俺の背後に目をやる彼女。既に装備を整えていたが、ジャージの上にプレートキャリアといういで立ちが妙に目を引き、そしてまたそれが馴染んでもいた。
「もうすぐ時間ですので、トンネル入り口まで移動します」
老婆については特に何も言及せず、ただそれだけを告げると踵を返す。
黒いストレートヘアがそれに合わせてなびき、スリングで吊るされたライフルの銃口が揺れる。下腹部に当たるウェビングにはサイリウムと共に小さな青いお守りが一つ、外れないようにしっかりと固定されて納められている。
彼女の得物は俺のそれと異なる一三型で、7.62mm×51弾を使用するための肉厚な銃身と、ハンドガード先端に設けられた二脚。高さ調整可能なチークパットを備え、全体を強化プラスチックで覆われたストックは、今は折り畳まれていた。銃口には六角柱型のサイレンサーが取り付けられ、レシーバートップにマウントされているスコープは恐らく倍率を変えられるタイプのものだろう――市街地で使用するかは不明だが。
狙撃手。いや、より正確に言えばマークスマン。
その昔何かで聞いた話:射撃競技では女子選手の方が男子選手よりも好成績であるというものを思い出す――指ぬきグローブから覗く細い指からはそういう印象を受けないが。
そして今の体がもたらす知識:彼女が俺の2倍のポンプを携行しているのは、その立場上他のメンバーが壊滅しても動ける可能性が高いため。
マキナ兵におけるマークスマンは死にかけた仲間の所へ最後の砦として駆けていく役割も担っている。
ポンプの所持数という明確な数字で表された事が、今までで一番強くこれから行われることを意識させた。
「よしっ!」
だが、今更ビビっていても始まらない。
パチン、と肌寒い空気に頬と手の音が響いた。
俺はやる。俺はやらなければならない。
俺は必死に生きられる。必死になることが出来るのだ。あの単身者用マンションの一室で腐っているだけの男ではないのだ。
あの老婆に最善を尽くすと言ったのだ。悪い奴らから人質を助けてほしいと託されたのだ。
俺は何者かになる。今までの俺ではない何者かに。
「よし、全員準備はいいな」
分隊長が集まった俺たちを一瞥して確認する。
俺と同じような装備――ただし右肩後ろにはブリーチング用ソードオフショットガン。ライフルはハンドガード下にグレネードランチャーをとりつけ、レシーバートップにはチューブ型ドットサイトをマウントしている――の分隊長は何となく最初に受けた印象からは意外だったのだが、その格好が板についていた。流石にキャリアがあるという事だろうか。
「Vストは桂君、頼んだ。それとバックアップはカク」
「「了解しました」」
俺と角田さんが例の重いコンテナから取り出した、背負子に2合炊きぐらいの炊飯器を合体させたような装備を背負うことになった。
両足に一丁ずつ提げているセカンダリもそうだが、基本的にこうした装備にはバックアップ用を用意していく。せっかく作戦が順調に進んでいるのに、機材不調により失敗という事がないように。
炊飯器の中に入った薬剤タンクを取り出して残量を確認。タンクの中は満タン。バッテリー残量も十分だ。
「あとそれと、桂君。これを渡しておく。今回君はそれを使ってくれ」
その言葉と共に手渡されたのは、先程見た――そして今も隣にある――六角柱型の筒だった。
「了解です。お借りします」
受け取ったそれを自身の得物に取り付け、ガマの穂のようになった銃身を構えてみる。
その外観程照準には影響はない。というか、ほとんどリアサイトから見る景色には映り込まなかった。
外に出て、試しに数発試射を行う。
効果は十分。完全にかき消されるという訳ではないのだが、それでも銃の作動音に完全にまぎれる程度で、その作動音自体余程――それこそ射手とその周囲ぐらいしか――気づかないようなものだ。
「では、現場に向かおう」
言われて全員で現場に向かう。遂に作戦開始だ。
森の中を突き抜けて数分で、件の場所に出る。
片側一車線の街道沿いにあった、小さな倉庫。俺たちの到着とほぼ同時に、その前に一台のバンが救急車を引き連れて停車する。
「チャーリーよりHQ。所定の侵入口に到着。突入まで待機する。オーバー」
「HQ了解。そのまま待機せよ。アウト」
隊長の通信。それから数秒後にブラヴォーも同様のやり取りを交わしたのが聞こえてくる。
無意識のうちに腰に巻き付けたトラウマキットに手を伸ばし、難燃素材のそのバックの感触を指に這わせる。人質に何かあった場合はまずこれで手当てを行い、その上で必要ならば待機中の救急車まで運ぶか、或いはそこから救急隊を呼び寄せて可能な限り移動距離を少なくしてもらう必要があるだろう。
「まもなく時刻だ……」
バンの中にいたガーハイム社のスタッフ達が降りてきて、硬い表情でそう告げる。
アルファチームがコントロールルームを制圧したら、彼らが倉庫の入り口を破って俺たちを中に進ませる手はずになっている。
まもなくという言葉に俺たち全員の眼が支給品の腕時計に落ちる。
静かにカウントと開始時刻を伝えたのは分隊長だった。
「3……2……1……今。状況開始」
扉の前で待機。
眼は倉庫に、しかし耳は無線に。
静かな緊張が辺りを支配している。ただ風と時折聞こえる鳥の羽ばたく音や鳴き声、その他の雑多な音以外には何も感じない、やかましい静寂が俺たちをじらすように居座り続ける。
それが破られたのは、一体何時間後だったのか。
或いは数分後だったのかもしれないそれは唐突に、無線機が守り続けてきた沈黙をオブライエン隊長の声で破った。
「……アルファリーダーより全部隊へ。コントロールルームを制圧。ブルーフォッグは沈黙した。それと要救助者ではないが人質一名を確保した。足を負傷しているが命に別状はなく既に処置されている。これより“トンネル”を開通する。少し待て」
(つづく)
きょうはここまで
続きは明日に




