こうして僕は傭兵になった5
再び映像が切り替わる。今度はブルーフォッグの下へ。
「情報によればこの市民ホールは連中が拠点として使用している建物の一つのようだ。そしてここのコントロールルームで各地に設置された監視カメラ及び電子ロックを一括制御可能であり、ブルーフォッグの管制もここで担当しているとのことだ――」
映像が早変わり。今度は地下へ。
アリの巣のような通路がいくつか浮かび上がる。そのうちの一つが一際太く、赤く表示される――なんとなく健康番組なんかで出てくる動脈のイメージ映像に近いような気がした。
「――そしてこれはこの町の地下の姿。今赤く示しているのが下水道だ。ここは町のコントロールルームからでは制御できない」
動脈のように表示された静脈の上に凸が一つ。そこから矢印が町の中心へと伸びていく。
「よってここからアルファチームが潜入し、コントロールルームを制圧。ブルーフォッグを止めて電力の分配を掌握。通信をクリアにした後にブラヴォーとチャーリーが2か所存在する要救助者の捕らえられている可能性のある建物へ侵入しこれを制圧。要救助者全員を救出して撤退する。要救助者全員の保護を完了したところでアルファが撤収」
増える凸2つ。細めの動脈2つ。
それぞれの下に部隊名と所属しているメンバーの顔。
アルファ=オブライエン隊。ブラヴォー=俺たち以外のマキナ兵部隊。チャーリー=消去法。
「要救助者の救出に用いるのはこの2つの地下点検通路だ。それぞれ水道管と電気配線が走っているが広さは十分にある。それぞれの入り口及び内部に存在する監視カメラ及び警備システムをアルファが停止させた後、ブラヴォーとチャーリーがここから潜入する。要救助者の監禁場所の候補はジェイコブス教会と『ピーターズ』というバーだ。それぞれのルートはこうなる」
映像に追加される地上の様子。動脈から伸びた毛細血管が地上を走り、建物や民家の敷地を通り抜けてピンで示された候補地へと達する。
行きと帰り、それぞれが何らかの理由で使用不能になった場合の予備まで含めるとまさしく血管の様相を呈している。
「点検通路と地上とのアクセスは垂直になっている。要救助者はVストで下ろせ。図面を確認したが問題なく使用できるサイズだ」
Vスト=ヴァーティカルストレッチャーの略。空気に触れることで急速に固形化する液体を使用して対象の体を固定し、安全に上昇・下降を行うことが出来る装置だ。元々レスキューなどの世界で高層ビルやヘリの下りられないような場所での救助活動に使用されていたというだけあって、体に触れた瞬間に内蔵されたAIが対象の体の状態を瞬時に判断し、最適な形で固定できる。
「作戦開始は1530。アルファはコントロールルームを制圧後、ガーハイム社の工事スタッフからの選抜隊でトンネルの入り口をこじ開け、ブラヴォーとチャーリーが進入する。それと未確認の情報ではあるが、犯人グループの中に陸軍特殊部隊出身者がいるという話もある。十分注意しろ」
現在時は15時2分前。約30分後には俺たちはトンネル入りを待っている。
「夜間まで待った方が安全では?」
誰かの質問に、指揮官は黙ってうなずいた。
「確かにその通りだ。だが、およそ2時間前、犯人グループが人質数名を処刑したという情報があった。依頼人……そしてその雇い主はこれ以上の犠牲がでる事を何より恐れている。そしてその犠牲からなんとしてでも取り除かなければいけないのが、今回の要救助者という事だ」
確かにそれならもっともだ――前半部分は。
犠牲からなんとしてでも取り除かなければいけない。それはそうだろう。
だが指揮官の言い方がそれとは別の意味を含んでいる事を、俺の直感が告げている――決して鋭い方ではないが、それでも今回は当たっているような気がしている。
「こいつは俺の予想だが」
それを証明する様に指揮官は声を一段と潜めた。
「俺たちの仕事が終わり次第、警察が介入する。コミュニティ側は自治権を放棄するだろう」
様々な反応が室内に溢れかえった。驚き、沈黙、ざわめき、続けろという視線、口笛、苦笑――そしてそれらのいずれも、発言者の想像の範疇を逸脱したものではないようだった。
「そう考える根拠はなんです?」
誰かが訪ねる。
「簡単な連想ゲームだ。とはいえ、少しフェアじゃなかったな。まず現在の州司法長官は政治的な野心を持っていて、自分の在任中にテロ組織を壊滅させたという手柄は彼の人生設計に非常に重要な意味を持つ。次に、司法長官とここのコミュニティの代表者は非常に親密な関係にある。こちらにしてみれば、テロ屋相手の荒事など一秒でも早く切り上げたい。もっと正確に言えばその責任を放り出したいと考えている。さて、お友達と利害が一致すればやることは一つだ。『僕の嫌いなおかず、君が好きなら代わりに食べて』って訳だ。だが、そうなると一つ厄介ごとが発生する」
「それが、今回のお姫様方」
そう続けたのはアルファの誰かだった。
隊長の首が縦に動いて、その発言の答え合わせとした。
「ご名答。筋金入りの役人嫌いのセレブ達を安月給の警察官に助けさせる訳にはいかない。だから、彼らを先に拾い上げて安全な場所へお連れする」
――なんだそれは。
ここで何が起きているのか、もしかして誰も知らないのか?
相手はテロリストだ。そしてそれが人質を処刑している。
そしてその人質はコミュニティのメンバーと警備員だ。即ちここの住民とそれに雇われている者達だ。
もし人質の一部がいなくなったことが分かれば、連中は別の人質を狙うかもしれない。
大金をせしめられるあてがなくなったとなれば?突発的な怒りはトリガーを際限なく軽くするだろう。
「実のところ、グリーンロック・バレーも平和な町ではない。コミュニティの中でも一番の古株にあたる十数世帯と、それ以外とに分けられている。前者は本物の大富豪。後者はまずまずの……というわけで、表向きは仲良しに見えるかもしれないが、中には厳格なヒエラルキーが存在する。極端な話、最悪の場合は“古い貴族たち”を優先するようになっている。そして要救助者以外のほとんどの貴族たちにとって大切なのは『誰が助けたか』ではなく『いつ我が家に戻れるのか』だ。彼らにとっては一握りのイデオロギーかぶれよりも平穏な生活の方が大事だろうし、それで代表者を説得しているらしい。多くの貴族たちが今回幸運に恵まれていたこともそれを加速させるだろう。」
握りしめられた自分の手が真っ白になっているのに気が付くのは、その結論に頭の中で達した、その数秒後だった。
「……俺たちは正義の味方じゃないんでね」
ぼそりと、他の誰にも分からないように隣の席で声がした。
声の主=角田さんは俺の方を見ず、しかしそれが誰にあてた声だったのかは、この世で唯一それを聞き取った俺には分かりきっていた。
解散後、俺たちは作戦準備のため、オフィスの西にある古い倉庫に回った。
どうやら事件発生当初の避難場所として使用されていたらしいその場所には、大勢の人間がいた形跡がまだしっかりと残っていた。
その事件の痕跡の生々しい中で、部隊員がそれぞれの準備を始める。
俺は流石に寒さが辛いのでフリースを着て、その上からプレートキャリアとプロテクターを装着。
弾箱から5.56mm×45弾を取り出し、マガジンローダーで空のマガジンを埋めていく。
ライフルに挿入した1本と、プレートキャリアにぐるりと腹を囲むように取り付けたマグポーチに4本。30連が5本で150発の鉛玉を纏う。
「よし……」
弾箱の蓋を閉じる。刻印された上から張られた紙に『5.56mm×45 A-BMS』の文字。どうやら軍の払下げ品をそのまま流用しているらしい。A-BMSは対BMS弾の意味。BMS阻害弾とも呼び、ポンプの中身を中和して傷を埋めるのを妨げる物質が中に詰められている。
それから腰のグレネードポーチにフラグとフラッシュバンを2発ずつ提げ、ラジオポーチには無線機、その横にポンプを多目的ポーチに入れて左右それぞれ2本ずつ――どちらの腕がなくなってももう片方で使えるように。
そして支給されたスマートフォン型のデバイスもまた、すぐに使用できるようにポーチに挿入し、付属の無線機と兼用のインカムを耳に。
その機能はほとんど現代のスマートフォンと変わらないらしいが、いくつか自分のスマートフォンでは見たことがない機能が搭載され、それでさえこの時代では枯れた技術だけで作られた代物であるという。
――現場からはイマイチ信用されていないらしいが、まあそれでも一応持ち歩いておくと便利だろう。無線機とこれとで通信機能の冗長性を持たせることもできる。
あとはヒップバック式のトラウマキットと両足の太ももにセカンダリのホルスターを巻きつけ、防刃性グローブをはめれば、残る準備は己の覚悟だけ。
「ん……?」
そこまで終わったところで、自分の荷物を出して軽くなったコンテナの横に何かが落ちているのを見つけた。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




