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こうして僕は傭兵になった3

 「緊張している?」

 「えっ」

 不意に隣から声をかけられた。

 それが俺に向けられたものであるという事、隣の分隊長から発せられたものであると気づくのに一瞬間が空く。


 「え、ええ……少し」

 隠したって仕方がない。

 「まあ、そうだよね」

 そう言って、俺の視線の先を理解すると声を潜め、顎で角田さんを示しながら続けた。

 「大丈夫。すぐにああなる」

 それが普通の事であると主張する様に、ちらりと彼の横=単語帳をめくっている女子高生に目をやりながら続ける。

 「あの子も君より1か月か2か月先輩なだけだしね。すぐ慣れるさ」

 そう言っている分隊長は、助教を除けばこの部隊で一番の年嵩だ。


 「隊長はもう長いんですか?」

 「ん、まあね。キャリアで言えば俺とカク……ああ、角田とが同じぐらいかなぁ」

 それがどれぐらいの長さかは分からないが、そう言われて改めて二人を見る。

 成程、落ち着いているのはそのためだろうか。


 結局それからしばらく俺は外の青い世界に目をやったり、機内に視線を漂わせたりしていた。


 教訓:今後は何か暇つぶしを用意しておこう。


 手持無沙汰なのは良くない。いらないことまで考え始めて、それを何とか頭から追い払うことに時間を使うようになる。

 ――心配せずともどうせその時が来れば分かるのだし、それまでは思い悩んでも仕方がない。そしてそうなった時には、もう痛いとか苦しいとかは感じないというだけだ。

 そうなる過程で痛みや苦しみを味わうかもしれないが、そこはマキナの性能を信じるとしよう。実際、手を撃たれた時には何とかなった訳だし。


 なら、どうしようもないことで悩んでいるのはあまり精神衛生上よろしくない。


 そんなこんなをしているうちに、下には陸地が見え始める。ニューヨークの空港というとジョン・F・ケネディ空港が有名だが、俺たちの乗ったこの輸送機は、SF映画のようなビルの立ち並ぶニューヨーク市街を飛び越えて、豊かな自然が広がる郊外へ向かってさらに飛び続ける。


 「よし全員起きろ。まもなく着陸する。時計を合わせろ」

 助教の言葉と、ゴトゴトという音と共に発生した揺れで高度が落ちているのを知る。

 市街地は既に遠く、海と空の二種類の青が占めていた窓の外は、草原と森の二種類の緑に変わっていた。

 そうしているうちに、輸送機はそんな自然の中にポツンとある――ニューヨークに行ったことなどないので当然だが――見知らぬ飛行場へ降りていく。

 窓から見えるのは同じような輸送機たち。どうやら専ら貨物を扱う空港のようだ。


 「車でゲートまで向かう。そこから外にはお出迎えが待っているぞ」

 「VIP待遇ですな」

 搭乗時と同様に後部ハッチから降りながら、助教の説明に相槌を打つ小隊長。

 その言葉通り待っていたカーゴの後方の荷台に、自分たちでコンテナを積みこんでから、はるか遠くに見える建物へとカーゴが動き出す。


 乗っているのは俺たち5人だけ。運転手はいない。

 管制塔からの指示で動いているとはいえ、複数の航空機の発着を行う飛行場では、このカーゴなど巨人の足の間を走る蟻のようなものだ。完全に機械制御にした方が人間が動かすより安全かもしれなかった。


 「……結構冷えますね」

 「ニューヨークだからね」

 ジーパンとTシャツだけの体を腕でこすり合わせる。いつの間にか上着を羽織っていた小隊長たちに挟まれてコンテナの中に防寒着をしまった事を後悔しながら呟くと、その声が白く立ち昇ってより一層後悔を強くした。


 建物についてからは所謂入国審査――だったのだが、驚くほど簡単に済まされた。

 窓口にいた係員に首から下げていた社員証を渡してから、目の検査をするような機械を覗き込まされ数秒間待つだけ。

 「結構です。次の方」

 それだけ。

 パスポートも滞在理由も日数も聞かれない――まあ、聞かれたとして何と答えるのが正解なのかイマイチ分からないが。

 返された社員証を首から下げてゲートを出ると、先に済ませていた助教の横に新しい顔が増えているのに気づいた。


 全員が通過すると、その新たな人物が俺たちを外に案内する。

 年の頃は小隊長よりも年上。というか、恐らく初老と言っていいだろう。掘りの深い、白髪の白人男性だった。

 その顔には疲れと不安が現れていて、何とかそれを隠そうとしているのが分かった。

 「お待ちしておりました。私ガーハイム・セキュリティーCEOのウェインと申します」

 件の男性はそう自己紹介すると、俺たちをマイクロバスのような車に案内する。

 マイクロバスのような――と言っても、その窓は金網で覆われていて、明らかに普通の送迎車ではないという事は一目でわかる有様だが。

 その車と、ただそれだけの簡素な自己紹介だけで、彼以外のここにいる全員が何故彼がここまで憔悴しているのかを説明するのに十分だった。


 今回の仕事は立て籠もり犯からの人質の奪還だ。相手は銃火器で武装した大人数のテロリスト。それも依頼人=目の前の男性の経営する会社の警備員と、彼らが仕事を請け負っていた数千人の一般市民を無差別に銃撃するような。


 空港を出た車はすぐ高速道路に入り、そのまま揺られる事1時間弱。

 装甲化された宇宙服のようなものを着込んだ兵士たちの検問に止められるが、すぐに許可が下りたのか、車は検問所を越えて再びスピードを上げる。


 「あれは州軍だね」

 その宇宙服集団を見送りながら小隊長が呟いた。

 流石は2090年なだけはある。州軍とはいえ、三大国の正規軍に配備されている装備は俺たちのような傭兵が使うものとはかけ離れている。

 「あれだけ立派な装備があるなら、そっちでやってくれると助かるんですがね」

 「それじゃ仕事にならない」

 おどけた様子の角田さんに同じくおどけた様子で小隊長が答える。

 今のやり取りはマキナの言語能力を切っているという事は何となくわかった。流石にあの憔悴しきったCEOにジョークを聞かせる気にはならなかったのだろう。


 それじゃ仕事にならない――逆に言えば、あのSF軍が出張ってこないからこそ俺たちの仕事という訳だ。

 彼らが動くのは激昂したか何らかの理由で行動方針を変えた犯行グループが外に打って出て、彼らに向かって銃弾を放った時。


 即ち、俺たちが失敗してどうしようもなくなった時だけだ。


 「……」

 金網が張られた窓から道路標示に目をやる。

 頭上に流れていく緑色のそれが目的地まで2マイルと示している。


 「まもなく対策本部に到着します」

 脇道へ折れて、森の中のような場所でCEOがそう告げ、バスが止まる。

 グリーンロック・バレー=テロリストに占拠された町まで1マイルほどの距離だった。

 辛うじて舗装されているようなその細道沿いにある小さなオフィスビル。その敷地の入り口に書かれていたのは「グリーンロック・バレー環境整備本部」どうやらガーハイム社は警備だけではなく、都市インフラ保守の類も請け負っていたらしいという事は、中に案内されて分かった。

 エントランスのすぐ奥に設置されているきれいに磨かれた木目のカウンターの向こうには事務スペースが設けられ、電気工事やら水道管の点検やら、或いはよく分からないがそうした関連のものと思われる書類やら図面やらが几帳面にキャビネットに詰め込まれている。


 「こちらです」

 CEOを先頭にその事務スペースの更に奥、廊下の突き当りで階段を上がってすぐ、本来なら会議室として使われていたのだろう場所が、今回の俺たちの作戦本部のようだ。

 CEOがノック。中から声。彼に続いて入室。二人掛けの長机が縦横規則的並べられたその部屋で待ち受けていた20近い瞳が進入者=俺たちを捕捉する。


 「よう隊長」

 そのうちの2つの瞳の下から声が上がった。

 「待たせたな」

 答えたのは助教。声のした方向に向きを変え、俺たちから離れていく。

 そこで広い会議室の中で、先客たちは2つのグループに分かれていることに気づいた。

 片方は助教たちのグループ。人種も年齢も異なる男たちが集まり、遅れてやってきた助教に何か言って笑っている。


 そしてもう片方は、こちらも年齢こそ異なるが、人種は皆同じだ――そのグループの中でという意味でも、俺たちとという意味でも。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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