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こうして僕は傭兵になった1

 「……よし」

 訓練終了翌日の朝、俺はリュックに必要と思われるものを纏めて部屋を後にした。

 初陣。初仕事。これからがコントラクター生活の始まりだ。


 リュックの中身は主に着替えと防寒着だ。武器や防具の類は向こうで受け取ればいいため、こちらで用意するのはその程度。ついでに言えば身分証もむこうで手渡されるとのことだった。


 一応リュックのサイドポケットには医薬品の類も入っている。

 海外では水当たりに注意するべき。飲み水だけに気を付けても料理などに使われている水が合わない場合もあるので気をつけろ――ネットで見つけた海外旅行経験者の言葉を基に、昨日近所のドラッグストアで用意した整腸薬をはじめ、消毒薬やら包帯やら絆創膏やら、山登りに行くような装備だが、何が必要になるのか分からない以上、特にかさばる訳でもないものは持っていくべきだろう。


 「それじゃ、行ってきます」

 自分に勢いをつけるために振り返って一言。昨日までと変わらない部屋の、やはり変わらない静寂だけが返ってくる。

 背中にリュック。右手に家の鍵。左手にはついでに捨ててくる可燃ごみ。

 部屋もいつも通り、何も変わらない。昨日の夜、掃除しようかと思って中止した――出かける前に掃除をするのは縁起が悪いという話を思い出して。

 いつも通りに家を出る。そのついでにごみを捨ててくる。戻ってくるのは――こちらの時間では――20分後かそこらの予定。


 そう、戻ってくるのだ。出発同様にいつも通り。


 扉を閉め、鍵をかけ、一階エントランスの横にあるマンション住民専用のゴミ捨て場左手の袋を置いて、向かうは藤波コーポだ。


 何度も通った人気のない道。公園と小学校の方向へ。

 コンビニの横を通って藤波コーポに向かい、最早慣れたエレベーターへ乗り込むと、それから数秒で俺はこの世界からおさらば。到着したのは2090年の平行世界。


 いつもの受付にいつもの女性。

 そして今日はこの前教官がいたところに人質役だった助教が一人俺を待っていた。

 「よう、来たな新兵」

 「おはようございます。えっと……」

 「部隊は違うが、同じ仕事だ。よろしくな」

 「よっ、よろしくお願いします」

 今回の作戦には複数の部隊が投入される――送られてきたメールの概要にはそうあったのを思い出す。


 「さて、早速だ。準備にかかろうぜ。お前の所の隊員たちにも紹介する必要がある」

 そう言って俺を連れて歩き出す。そこから先は訓練の時と同じだった。異なる所があるとすれば網膜認証などせず、扉が自動で開いて俺たちを迎え入れてくれたこと。

 どうやら一度認証された者だけであれば即座に読み取れるらしい――どこで見ているのかは分からないが。


 食堂やPXの前を通り抜け、装備管理課によって一式を受け取る。

 「おっと、忘れるところだった」

 その直前、助教がズボンのポケットから何かを取り出して俺に寄越した。

 「なくすなよ。ここじゃそれがお前の代わりになる。お前がいなくてもこいつは困らないが、こいつがいなくなるとお前は何もできなくなるからな」

 そう。何もだ。

 目の前の受付から装備一式を引き取る事すらも。


 「ありがとうございます」

 受け取ったそれ=ケースに収められた社員証を受付に見せると、奥からバッグに収められた一式が出てくる間にそれを首にかけた。

 装備を受け取って装備管理課を出る。親父さん曰く「着任祝いのプレゼント」らしい肘と膝のプロテクターにポンプと通称されるBMS用の使い捨て注射器が入っているらしいが、それだけの重さではない。


 「弾がなければ銃も役立たずだからな」

 そう言われて目の前で荷物に追加された拳銃とライフルそれぞれの実包が詰められた弾箱と空のマガジン数本がそこに加わる。

 「一緒に中身をチェックしてみろ」

 言われて箱の中身が全て銃弾であり、誤魔化しがないことを確かめる。使用した分の弾代は報酬から天引きとされるため、ここで騙されていると後々しなくていい損をする羽目になる――もっと言えば損したと悔めるぐらい生きていられる確率が下がる。


 公正の証明が済んでから外へ。

 次に向かうは滑走路――の手前にある格納庫の一つだった。

 と言っても、こちら側=機体を出入りさせるシャッターがあるのとは反対側からでは、ここが格納庫かどうかすら分からない。

 巨大なかまぼこ型の建物の端にひっそりと設けられた扉をくぐると、中は薄暗くどこか薄汚れたいロッカールームだ。壁に貼られた新旧様々な張り紙――真面目な業務連絡からそうでないものまで――と油や塗料が染みついたへらへらのツナギが干されているのが、妙な生活感というか、使用されているが故の薄汚さを補強していた。


 「こっちだ」

 どことなくうらぶれた印象を受けるそのロッカーの間を助教はずんずん進んでいく。

 彼に続いてロッカールームを出ると、彼は既に小さな事務室のような場所の前を横切って、一番奥の扉に手をかけていた。

 「新しい仕事仲間とご対面だ。仲良くやれよ」

 その言葉と共に開かれた先へ。建物の外観と内観が初めてここで一致した。

 双発のジェット機が一機、その機首を表の滑走路に向けて鎮座している。

 人荷の積み込み用なのだろう、尾翼の下に開いた大きなハッチの前に大小さまざまなコンテナが置かれ、その中の一つを机代わりにしている人影が三つ。


 そしてそれらの六つの瞳が一斉に俺たちの方を向いた。


 「どうも、ミスタ・オブライエン」

 そのうちの一人=恐らくは三人の中で最年長の人物が愛想よく笑顔を浮かべてミスタ・オブライエン=助教に声をかける。

 「やあカナザワ。アルダジスタンじゃ世話になったな」

 アルダジスタン=こちらの世界に存在する小国。

 その名前から想像できる通り中東の国で、そして想像できる通りいくつもの理由から紛争が続いている。


 二人が軽く握手を交わし、それから助教が足を止めた結果少し遠巻きに見守る形となっていた俺に振り向いた。

 「来いよシャイボーイ。今日からお前の分隊長だ」

 言われて慌てて彼らの方へ。カナザワと呼ばれたもう一人の方は、それまでと変わらない愛想のいい笑顔を俺に向けた。


 「初めまして。桂冬馬といいます。よろしくお願いします」

 その笑顔に誘い出されるように自己紹介して頭を下げる。


 「金沢将司(かなざわまさし)といいます。これからよろしく。そしてようこそ、我々の分隊へ……と言っても、ばら売りもやっている訳ですが」

 穏やかな口調でそう言った金沢さん=分隊長。即ち俺の上官に当たる人物を改めてよく見る。

 身長は171cmの俺と同じか少し低いぐらい。年齢は30代後半~40代半ばぐらいか。微笑を浮かべた顔には焦げ茶色のフレームの眼鏡をかけ、焦げ茶色の髪の毛は緩くウェーブしている。

 何となく、今のいで立ち=黒いコンバットシャツとカーキ色のカーゴパンツというそれよりもワイシャツにネクタイとスーツと言った格好の方が似合いそうな雰囲気だった。


 彼に他の二人も紹介される。

 「角田行秀(かくたゆきひで)です。よろしく」

 そう言って下げられた頭は、それでもなお俺より高い位置にある。

 恐らく180cmはあるだろう長身と、それに見合ったがっちりと逞しい肉体の持ち主は、その体躯から感じる威圧感とは反対の丸っこい顔と天然パーマの髪の毛とが妙な親しみやすさを与えていた。

 「よろしくお願いします」

 こちらも同じように頭を下げる。


 しかし、一段と目を引いたのは彼ではなかった。


 「黒河歩美(くろかわあゆみ)です。よろしくお願いします」

 彼の隣にいたもう一人。

 紅一点だから目立った?いやそれだけではない。


 「あっ、えっと……よろしくお願いします」

 名は体を表すとでも言ったような、肩を超える癖のない黒髪と、ぱっちりとした目鼻立ち?確かに引きつける特徴ではあるかもしれないがそれだけではない。

 他二人が黒いコンバットシャツにカーキとライトグレーのカーゴパンツといういで立ちなのに対してさつま芋みたいな色のジャージというその格好だから?それも目立つがそれだけではない。


 問題は、そのジャージが恐らく卒業した母校のそれを流用しているとかではなく、現役だろうという事だ。


 「まあ、驚くよねぇ」

 俺のリアクションが面白かったのか、分隊長が背後からそう言って笑う。

 「ご想像の通り、彼女はまだ現役だよ」

 十代後半。ジャージの胸元に白抜きされている校章には「高」の一字が意匠化されている。

 つまり15~18歳。高校生のアルバイトに選ぶような仕事とは思えないが。


 「ああ、それと一つ」

 「はい?」

 俺の思考を読んでいるのか、頭の中に疑問が浮かぶとそれを待っていたかのように分隊長が釘を刺した。

 「この部隊には大したルールなんかないが、一つだけ。互いの過去やここにいる理由は隠すものではないが、同時に聞き出すものでもない。そこは、よろしくね」


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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