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FNG12

 シャワーを浴び、着替えをしてから荷物を纏めて宿舎から引き払う。装備品一式も持っていく。脱いだ防具類は専用のバッグに、銃火器やナイフは専用のケースに収めて。

 支給されたこれらが、今後使用していく商売道具となる――と言っても爆発物探知機や暗視装置のような比較的高価なものは例外なようだが。


 初日に通った道を逆に進み、随分久しぶりに来た気がするビルの中へ。網膜認証をしたドアの前を、今度はそれと向かい合った別の扉に進む。

 ちょうどその時、背後=網膜認証の方のドアが開き、別の教官に連れられた若い男が入ってきた。

 どこか落ち着かない様子の、背の高い眼鏡の男。一目で彼が数日前の俺と同じであることを悟る。


 妙な気分だった。

 たった3泊4日の訓練。しかしそれを終えた今、彼と俺とは明確に別の世界にいる人間であるとさえ思える。

 そして今目の前にある扉。それがどちらの世界に属しているのかはすぐに分かった。


 「ここが食堂だ。規則で表向きは酒は置いてないが、訓練中に食ったあれよりはましなものが食える。値段も手ごろだ」

 表向きの部分を強調してそう言われて示された大学の食堂のようなそこには、これから任務に向かうのか、或いは終えてきたのかと思われる格好の利用者がごった返していた。


 「この隣にはPXもある。日用品、嗜好品、それから銃器のアクセサリーなんかも揃う。必要なら取り寄せもできる」

 ちょっとしたスーパーマーケットのような陳列がなされたそのスペースが、食道の隣に設けられていて、こちらの客層も食堂と同じようなものだった。

 それから建物の外へ。初日にはビルが影になっていて見えなかったが、どうやらこちらが今後使うことになる拠点なのだろうというのはすぐに分かった。


 規則的に並んだ格納庫のような建物と、それに並んでいる無機質なコンクリの建物。

 そして一番奥、海より一段高くなった崖の上に設けられている長大な滑走路ではティルトローターと呼ばれるタイプの機体が一機、まさに飛び立つところだった。

 恐らく現代の日本で一番近い施設で言えば米軍基地や自衛隊の駐屯地だろうが、それらに比べればいくらか小規模のようにも思える。


 そしてその小さな駐屯地のようなエリアに入ってすぐの施設へと足を向ける。

 「この地下だ」

 そう言われてエレベーターに乗り、地上から随分離れた気がする地下1階へ。

 下りてすぐの扉に架けられた銘板=装備管理課。


 「装備品はここに預けろ。後日家に社員証が届くだろうから、任務の際はここに来てそれを示して出してもらうことになる。その他にも――」

 そこで開かれている扉の奥、カウンターの向こうから別の声が入り込んだ。


 「アクセサリーの類をいじくりまわしたい時なんかにも、な。新人か?」

 「そう言う事だ」

 奥から現れた中肉の白人男性の声に教官が答える――俺と彼とどちらにも当てはまる返事だった。

 「そいつだな。預かろう」

 「あっ、すいません。お願いします」

 度の強い眼鏡の奥で、ブルーの瞳がじっとこちらを見ているのに気づいた。


 「アンドレイだ。ここの連中には親父とかジジイとか、色々呼ばれているがな」

 「桂冬馬といいます。よろしくお願いします」

 一瞬、何かを査定するような目になって、それからすぐに俺の渡した一式に目を落とす。

 それが一体何を意味するのかは分からなかったが、少なくとも敵意は感じなかった――声からは、だが。


 「成程、本当の意味で新兵か」

 その装備を引き取りながらもう一度ブルーの瞳が俺を見た。

 オプティマル・エンフォーサーにおいては、軍歴の有無でこの導入訓練と装備品が変わるそうだ。

 1年以上の軍歴がある場合、導入訓練はもっと簡単なものになるそうだ。そして俺に支給されたような装備はなく、代わりに支度金を支給され、それを使って自分で装備を整えることになる。


 「まあ、なんでもいい。アクセサリーだけじゃなく銃の改造がしたい場合もここに来な。やり方はその頭の中のおもちゃに入っているだろうが、命を預ける代物だ。信頼できる専門家に任せるのも悪い選択肢じゃないと思うぜ」

 彼の言うとおり銃器の改造については、分解整備の技術と同様にマキナに入っていた。


 「補足しておこう。その折にはいくらか手間賃が発生する。そしてその金が、この親父のパイプコレクションを作っているという訳だ。ついでに言うと、万が一にも現場での不具合を起こしたくなければ、いくらかチップを挟んで装備を渡すことを勧める」

 「まあ、そう言う事だ。需要を探し、特技を活かしてビジネスを生み出し、その収益をもって消費に貢献する。健全な資本主義の姿だろう?ああ、チップは今日はいらないよ。文無しの新兵から巻き上げる程アコギじゃないさ」


 苦笑しながら付け足した教官にそう言って笑う彼の後ろ、沢山の背の高い棚が並ぶ奥に置かれた恐らく作業台だろう机の上に、小さな喫煙用パイプがちょこんと鎮座していた。


 そんなやり取りを終え、手ぶらで装備管理課を後にする。今日はこれにておしまい。

 後日任務についての連絡が入る。そうしたら指定された日時までに藤波コーポのエレベーターに乗ればいい。


 来た道を戻り、エレベーターに乗ってもとの世界へ。複雑な動作を必要とせず、エレベーターは静かに下降を続けて、藤波コーポに帰ってきた。

 久しぶりにのぞき込んだスマートフォン。表示されている時刻は出発した時と同じ。

 しかししっかりと減っているバッテリーの残量が、今までの時間が夢ではないことを表している。


 ――そう、夢ではない。俺は間違いなく訓練を終えた。

 俺はもうコントラクターなのだ。


 「……」

 平日の朝、人気のまばらな住宅街を歩いて帰る。手には帰る間際に渡されたA4サイズの事務封筒。中にはカバーシナリオ用の企業のパンフレット。表向き俺が勤務していることになっている企業のそれが入っている。

 有難いことに正社員待遇で、報酬から天引きされた保険料で社会保険も使えると言うから驚きだ。新兵訓練前に色々調べたところによると、こちらの世界でも存在するPMCというものは、基本的にそうした福利厚生とは無縁の組織だそうなのだが、世界が変われば事情も変わるというものだろう。


 いつもと変わらない道、いつもと変わらないコンビニの前、いつもと変わらない自宅マンション。

 これまで何度も見てきたそれが妙に懐かしく、そしてその懐かしさが、己がやってきたことを実感させた。


 異なる世界での3泊4日の新兵訓練。それはハードで、しかし達成感があった。

 そしてその達成感は、俺が必死に生きられるという一つの実証になった。少なくとも、自分の中にあったモヤモヤしたものは、訓練終了時の達成感が洗い流しているような気がした。


 そう、感じてしまったのだ。達成感を。


 俺に必要だったのは色々難しい話ではない。一度限界まで体を動かし、己を追い詰める事だった。

 だが、それに気づくのは余りに遅かった。

 俺はコントラクターだ。即ち傭兵だ。そして、普通の人間を辞めた。


 死ぬかもしれない。殺すかもしれない。もう普段の生活には戻れないかもしれない。


 「……」

 だが、やめるという選択肢はなかった。頭の中にしっかりと刻み込まれた契約には、コントラクターとしての最低受託回数とそれを違反した場合の処罰についてしっかりと記されていた。

 そして何より、ここまで来て辞めるというのは教官や助教たちやビショップさんに対して悪いような気がした。

 ――人を殺すか、己が殺されるかという境遇に首を突っ込もうとしている状況で随分不思議な感覚な気もするが。


 「……」

 少し考えて、それから考えるのを辞めた。

 今更悩んでも何も変わらない。そう結論付けてこれ以上考えるのを放棄した。

 辞めたいのなら方法は二つある。さっさと最低受託回数をこなして退職するか、死ぬか。


 この二つなら、選ぶべきは一つしかない。


 「……ん」

 そんな考えはスマートフォンの着信を告げるバイブレーションが、それへの軽い驚きと共に吹き飛ばした。

 画面に表示される「実家」の文字。


 「……もしもし」

 何とか平静を装って通話へスワイプ。電話口の向こうには何も知らない母親が、何も知らないが故の話題を切り出す。

 元気でやっているか、仕事は決まったか、来月のお爺ちゃんの三回忌には帰ってこられるの云々。


 「あ、うん……ああ」

 どの質問にもどちらとも取れない回答――とも思えない音だけを出して返す。

 言うべきか、言わざるべきか。

 だが、言わないという選択肢はないという事をすぐに思い出す。前の仕事を辞める時の一件では随分と心配をかけたのだ。


 だから言う。だが、それ以上に心配をかけるようなことも言えない。

 貰った封筒を乱暴に開け、中のパンフレットを取り出して目を向ける――東松商事(株)。主に農業用機械を扱う中小企業。配属先は東京事業所営業部営業一課。


 「あのさ……」

 一度言葉を切る。言うべきだ。その思いが波となって喉に上がってくるのを待つ。


 「……俺、決まったよ。次の仕事」


 そして、くよくよ考える必要はない――というより、もっと考えるべきことが目の前に現れたのはその日の夜だった。

 業務連絡とだけ題されたメールが着信する。

 もっと考えるべきこと=初仕事で死なない事。


 俺は傭兵になった。そして戦場に行った。

 他にすることなんてなかった。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に。


書き溜めてある分が終わるまでは毎日投稿を予定しております

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