人間不適性試験6
「……え?」
「正確に言えば、どうしてそれを教えてくれる気になった?」
どうしたい?
その問いに対する答えはすぐには出せなかった。
そうだ。どうしたかったのだろう俺は。
昨日は迷っていた。打ち明けるべきか否かで。
夢の中で高森に会って、アルバムを見返して当時の彼女を見て、そして決心したのだ。
だが、それでどうしたかったのだろう。こうして打ち明けることで、俺は何をしたかったのだろう。
「俺は……」
口をついたのはその問いかけの一部。
その次が口をついたのは、実際にはどれぐらいの間隔があいていたのだろう。
「この男が、俺の……友人を殺したかもしれません」
そしてそこから続いたのはここまでの経緯のトレースだった。
これまで=昨日奥園の画像を見た時から――ではない。
俺の学生時代、高森の一件、彼女と奥園が所属していたサークルの話。
「成程な……」
電話の向こうから返ってくる静かな、しかし確かに聞いている事が分かる反応。
その返答が、そしてその後に続いた問いかけがトレースの最中に湧き上がりつつあった考えをしっかりと固めた。
「つまり君は、その友人の敵討ちをしたいという事か?」
「いえ……分かりません」
もしかしたらそうなのかもしれない。だが、敵討ちという言葉から連想される感情や動機=憎しみや報復は不思議なほど起こってこない。
もしかしたらそれもマキナの効果なのかもしれないが、しかしなんとなく、生身の俺自身もそう感じているような気がしている。
「俺は何があったのか知りたいだけなのかもしれない。何故あの子が死ななければならなかったのか、あの時何があったのか、それであの子がどうなるというものでもないけれど、奴の口から聞きたい。本当のところを教えてほしい。何があったのか全て」
今度沈黙するのはビショップさんの方だった。
それがどれほどの時間だったのかは今回も分からなかったが、先程の俺よりも短いだろうという事は直感で理解した。
「分かった。……約束しよう。今手掛けている件が終わったら、その男の事も内務班で調査する。そして――」
そこから彼の領域に踏み込む。
――最早迷ってなどいない。必要が出てきた以上選択肢などありはしない。
「――君がその時内務班に所属していれば、君をその調査に回す。それで、どうだろう?」
その翌日、俺は再び北ヴィンセント島を訪れていた。
島の地下、訓練で利用している戦闘シミュレーター施設の前で整列。
「結局、来ちゃいましたね」
「そうだな」
隣にはクロ――互いに勧めはしないと言われた試験を受けるために。
試験を受けるにあたって行われた健康チェックとマキナの試験前メンテナンスは二人とも無事通過した。いよいよ本番に進むことになる。
昨日ビショップさんに言った通り、俺は奥園を探し出して真実を語らせるために。クロはこの前の東琉球の一件で支援を行った人物=かつての親友に会いに行くために。
「気を付け!」
号令に背筋を伸ばす。
担当する試験官が俺たちを一瞥。
「ではこれより、桂冬馬及び黒河歩美の不正規戦適性試験を開始する。両名とも実務経験十分と認定し、予備試験を省略。直ちに第一次試験に進む」
否が応でも緊張が高まる。いよいよ人間不適性試験と呼ばれた試験が始まるのだ。
――昨日の通話の後の話が頭をよぎり、それが緊張とぶつかり合って妙な昂ぶりに変わる。
あの後、ビショップさんの指示でキングさんに奥園の過去を照合してもらった。MIAや脱走者、さらに引退した者の記録や、念のためKIA(戦死)の記録も。
だが、それら一切に奴の記録は残っていなかった。
いや、残っていないのではない。アルファベット順に並べられているだけでは分かりにくかったが、登録時に振られる番号に抜けがあるという事を発見したキングさんが発した「誰かが消去した?」という言葉が、その時の光景と共に脳裏にしっかりと刻まれている。
新たな問題も発覚したのだ。これで内務班も放置することは出来なくなったはずだ。
そしてそれは、俺が内務班に入る=この事件に関わるための第一歩を踏み出す=受験者をして人間不適性試験と言わしめたこの試験をパスすることを、より強固に支えてくれるだろう。
「では、桂候補生、こちらへ」
「はい」
もう一人の試験官に呼ばれ、彼に続いて施設の中へ。
いつも戦闘訓練に使用している広い空間ではなく、その横を抜けて別の部屋へ。
「黒河候補生、お前はこっちだ」
後ろでクロが別室に連れていかれたのが分かる。ここからは一人ずつの受験となる。
そして彼女も通されたのであろう簡素な更衣室で、俺は専用のオレンジ色のつなぎに着替えさせられた。
持ち物は一切なし。ここから先は体だけ。
その姿を見て監督官は宣言する。
「ではこれより、対拷問試験を開始する」
こくんと喉が音を立てる。人間不適性試験という別名の意味がこれほど早く分かろうとは。
勿論これはシミュレーターだ。銃弾で撃たれようがナイフで刺されようが砲撃で木っ端みじんにされようが――これまで経験済みのように――実際には傷一つ負ってはいないのだ。だがそうはいっても、これから拷問を受けますと言われればそうした過去の経験でのあまりに生々しい感触が鮮やかに蘇ってくる。
「先程のメンテナンスの際、脳内に機密情報を入力してある。収監された収容所で受ける尋問及び拷問に対してこれの守秘を貫き、あらゆる手段を用いて情報を守り切る事。以上が試験の内容となる」
あらゆる手段を用いて――これはある種の専門用語だ。
かみ砕いていえばこういう事=最悪の場合自決してでも。
「なお、試験の様子は全てこちらでモニターしており、終了時はこちらから伝える。何か質問は」
「収容所からの脱出は可能ですか?」
出来るかどうかは分からない。マキナには基本的な隙をつく方法は記録されているが、そんな事は向こうだって理解しているだろう。
――なんとなく、自分に言い聞かせるようにそう尋ねたのだ。俺は簡単には屈しないと言い聞かせるために。
「やれるようならやってみればいい。……もっとも、以前成功者が出てから更に難易度は上がっているがな」
恐るべき先駆者がいるようだ。
話はそれで終わり、俺は頭に頭陀袋を被せられ、背後に試験官が回り込む。
「では、試験を開始する。地獄めぐりだ」
手首に冷たい感触。背中を押されて足を一歩進める。
背後に硬いものが触れて、それに押されるように更に進む。
「キリキリ歩け」
試験官のものではないどすの聞いた声が、背中に硬いものを押し込むようにしながら浴びせかけられ、異物から逃れるように足を進める。
周囲には人の声――中身はシンプルだ。怒鳴り声と悲鳴の二つだけ。
そして時折大きな音。金属製のフェンスが揺れる時に特有のやかましいそれ。
「止まれ」
それらに混じって更に別の声。同時に乱暴に頭を掴まれる。
「んっ……!」
思わず声を上げ、次の瞬間視界一杯に広がった光に思わず目を細めた。
コンクリート製の高い壁で区切られた屋外に俺は立っていた。
背中に押し当てられていたもの=大きなハイダーを持ったライフルの銃口が背中から外れ、それを持っていたバラクラバに野戦服姿の男が背後からぬっと現れる。
「よし、こいつだ」
制止した方の声=正面に立つもう一人の男に顎を掴まれ、そいつの持っている写真と照合される。
照り付ける痛いぐらいの太陽光に思わず顔をしかめると、用済みだとばかりに乱暴に手を放された。
「来い」
照合係の男がそう言って顎で奥のゲートをしゃくる。
来い――といっても、態々捕虜が歩くのを待っている必要などない。
「うわっ!」
体の前で繋がれた手錠の鎖が一気に引っ張られ、転びそうになるのに慌てて足を出す。
左右はライフルを持った兵士に固められ、照合係の男が重々しい鉄のゲートにカードキーを通して中へ。
身長の倍以上はあるコンクリートの壁に挟まれたその道は入ってすぐに左に折れており、その先で今度は右へ。そして、その右に折れる角からはコンクリートと同じぐらいの高さの金属製のフェンスに変わっていた。
「……!」
そのフェンスの向こうに見えるのは、俺と同じようなツナギ姿の囚人たち。
二人一組で向かい合い、同じいで立ちの別の囚人の手足を持って左右に振って勢いをつけると、彼等の足元から少し先に掘られた溝に、その囚人を投げ込んでいく。
投げられた囚人は一切反応しない。投げ込んだ囚人も、同じ作業をさせられている他の囚人たちも、それを銃を持って監視している兵士たちも、その様を俺に見せつけるようにわざと足を落としたこちらの兵士たちも、その事に何も反応しない。
当然だ。それが死体であることなど、初めて見る俺にだって分かっているのだから。
「グズグズするな」
どうやら“新入り”への洗礼は終わりらしい。
先頭の兵士がいらだった様子で俺の鎖をもう一度強く引いた。
向かうは通路の奥にそびえる建物。入り口の上に設置された銃座についた兵士が、こちらを見下ろしながら薄ら笑いを浮かべていた。
(つづく)
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続きは明日に




