FNG11
ライフルをセミオートに切り替えておく。ここまでやってきたようにマキナの制御はフルオートでも正確な指切りを可能としているが、それでも人質を誤射する危険性は少しでも下げた方がいい。
そっと足音を殺して扉に近づく。部屋の中に向かって開くそれを確認し、そっとノブに片手を伸ばし、開けると同時に跳び下がると銃声が複数響いて先程登ってきた階段の上の壁の表面を破裂させていく。
ドアに伸ばしたのと反対の手に握っていたもの=スタングレネードを、それらへの返事のように投げ込んで耳を塞ぐ。
響いたのは実物に比べればあまりにも慎ましやかな光と静かな音。何個か束ねた爆竹の方がうるさいぐらいのそれの炸裂を確認してから室内へ。
倒れている二人の敵兵の頭に一発ずつ撃ち込み、そのうちの一人が先程バルコニーに立っていた人物であることに気づく。
もっとも、いまそんなことはどうでもいい。ここに人質がいないという事は――。
「つまり、そこか」
もう一つの扉=奥の部屋に通じているそれに目を向け、そこの正面から体を逃がす。
もし――というか確実に――今の音を聞きつけた敵が当たるを幸いに乱射してくる可能性がある。
「!!」
その可能性は直ちに現実のものとなった。ただし、予想していた以上に。
「くそっ!!」
叫びながら頭を下げて一気に走る。
正面の扉を警戒する人間はその扉の延長線上を跨いで反対側にはいかない――扉の向こうの考えは見事に的中していた。
入り口とは反対のバルコニーに飛び込まんとする俺のすぐ後ろからけたたましい銃声が追いかけてくる。
扉、そして壁板。どちらも木目の紙と壁紙を貼っているだけのカムフラージュだ。
そしてその向こう側から、物音だけを頼りにした乱射。俺が侵入した扉の付近にいることまで予想して。
慌ててバルコニーに飛び出すが、それだけでは到底安心できない。ここに逃げ場も遮蔽物も一切存在しない。敵が死体を見るまで安心しないとしたら、そいつらが部屋から出てすぐに安心感を与えてしまうことになる。
何かないか?上手いこと隠れる手が。
辺りに目をやり、一秒にも満たない時間で次のルートを考え出す。
「よし」
そのルートが完全だとは思えない。だが、今ここに留まるよりは明らかに生還確率は上がるだろう。
すぐ横に設置されたドローンの発射台に足をかける。
正確に言えば発射台というか作業台だろうが、まあいい。おかげで足をかけるにちょうどいい広さを確保できた。
「よっと」
その台に飛び乗り、直ちにそこから屋根へよじ登る。音を立てず、シーサーのような姿勢で下の様子をうかがう事数秒、足のすぐ下で声がし始めるのは辛うじて聞こえた。
「死んだ――。死――見えない――」
「まだどこか――、探せ――」
複数人の声とそれらと重なるこれまた複数の足音。
そのうちの一つが、眼下の軒先にひょっこり姿を見せたのは、それから数秒後だった。
頭にプロテクター付きヘルメット。まあこれは訓練の際の共通装備なのでいいとする。
ここから見下ろす限りガタイは似ている。
相手の手にはショットガンのような武器が見える。
そしてこれが一番大事なことだが――こちらにはまだ気づいていない。
なら、仕掛けるべき時だ。
「あっ!!」
奴が声を上げた。突然空から降ってきて、その体で自分の銃を叩き落したのが探していた敵であると気づいたのだろう。
だがもう遅い。落下の衝撃で倒れそうになっているそいつをすぐさま抑え込んで背後に回り、片手で拘束しつつもう片方の手は奴の太ももに巻きつけられたホルスターに伸びる。
「なっ!!」
「いたぞ!」
部屋の中にいた二人がこちらに振り向き、一瞬で状況を理解していた。
だが、それももう遅い。
その瞬間には俺は盾にした相手のホルスターからオートマチックを引き抜き、その大きなリアサイトを奴のズボンのベルトにひっかけて僅かにコッキングしチェンバーの中を確認する。
結果:チェンバーに一発=このまま撃てる。
念のためのそれが何分の一秒か無駄にさせたが、大して問題にはならない。
そのまま相手の銃が一発も火を噴かない内に、それぞれに2発ずつ打ち込んでから、用を終えた盾のこめかみにもう1発叩き込めたので。
倒れた盾。その向こうに転がる二人の敵。それぞれの頭に念のため1発ずつダメ押し。
動くものがなくなったことを確認してから銃を下ろす。穴あきチーズ程も残っていない扉だったものの向こうへ。ここと同じ殺風景な部屋の真ん中に後ろ手に縛られ椅子に座らせられた頭陀袋が一人。ご丁寧に首からかけられたボール紙に殴り書きの「人質」の文字。
部屋のクリアリングを行い、その頭陀袋以外誰もいないことを確かめる。
それからリュックから爆発物探知機を取り出してスイッチを入れる。レジのバーコードリーダーのような形状と大きさのそれで果たして本当に爆発物を見つけられるのかは分からないが、マキナはこれが三大国の正規軍も使用している携行用探知機であると伝えている。
人質を椅子ごとスキャンし、それから頭の袋を外す。
中から出てきたのは格闘訓練を担当してくれた白人の助教だった。
「白馬の騎士の御到着か。いっちょキメ台詞を」
ふざけて見せているが、それがただの冗談ではない事は分かっている。
「ご安心ください。オプティマル・エンフォーサーです。あなたを救助に来ました」
本物の拉致された非戦闘員だと思って扱う必要がある。
自分の立場を明かしてから彼の拘束を解く。この際健康状態のチェックも忘れない。
「大丈夫。自分で歩ける」
助教はそう言って立ち上がる。
「もう一息だぞ」
そう言って、自らの席の後ろにあった机の上のスイッチを押すと、それまで椅子の後ろの壁だったものからロックの外れる音が響いた。頭の中に家の見取り図を思い浮かべる。あの外階段はトマソンではなかったようだ。
人質役の助教を先導して外へ。狙撃を警戒しながら階段を降りると、その先にはゴルフの打ちっ放し練習場のような場所が広がっていた。
一般的なそれと異なるのは、ゴルフをやるような設備はないという事、奥に伸びている広く切り拓かれた空間にはいくつも土塁や壕が掘られている事、そして一番奥には今回のゴール地点である灯台が見える事だろう。
「ここに伏せてください。合図するまで動かないで」
一番手前の土塁の影に隠れながら助教に伝える。
同時に土塁の向こう、同じような土の隆起の向こうに現れる標的にセミオートで一発ずつ撃ち込んでいく。
的が全て倒れたら人質に合図。これまた俺が先導して壕と土塁の間を駆け抜ける。
「ッ!!」
時折向きを変え、360度全てを警戒しつつ、足を止めずかつ人質のペースに合わせて移動し、そして四方から現れる的全てに弾丸を叩き込む。
右、左、後ろ、そして正面、全ての方向に気を張り巡らせ、踊るように走り、そして撃つ。
目標だった灯台に到着した時には、二つ目のマガジンを半分以上撃ち尽くしていた。
「到着しました。怪我はありませんか」
「ああ。大丈夫」
ここまでPMCコントラクターとしてやってきた。その最後の仕上げにリュックから取り出した信号弾を空中に放った瞬間、それまで沈黙を守ってきた無線機が音を立てた。
「信号弾を確認した。だが、残念だが予定変更だ」
無線の向こうの教官の声が告げる。
「新たな要救助者を担いでコマンドポストまで戻れ。オーバー」
「了解。新たな要救助者を担いでコマンドポストに戻ります。アウト」
登り始めた朝日に向かって歩き出す。リュックを下ろし新たな要救助者=灯台にもたれかかるようにして置かれていた安っぽいダッチワイフを担ぎ上げる。中に何を入れてあるのか人間と同じような重さだ。
「麗しのお姫様だ。頑張れよ」
先程までの人質役が俺の脱いだリュックを持ってそう言って笑う。
思わずつられて笑い、そうして抜けた力が背負っているものの重量を一瞬増加させた。
新たな要救助者を担いできた道を戻る。建物を迂回し、コマンドポストで人間一人分の重量を下ろすと、待ち受けていた教官が告げた。
「では最後だ。宿舎前まで走れ」
人一人を下ろした解放感を味わう暇もなく、俺は山道のランニングを始める。装備一式と返ってきたリュックを背負ったまま。
疲労は全身に蓄積している。興奮は朝の空気とその疲労とで徐々に覚まされ、しかしマキナによって体は動いている。
その妙な状態のまま、体力を限界まで振り絞った感覚だけは確かに全身に感じている。
山を下り、人の声が聞こえるところに走っていく。
宿舎の前、先についていた教官が待ち構えている。
「よし、よくやった!!」
走り終えた俺をその言葉が迎えた時、俺の中に溢れていた疲労は、得も言われぬ満足感に変わっていった。
「以上を持って、導入訓練の全過程を修了する。改めてようこそ、新たなコントラクター」
コントラクター。契約者。オプティマル・エンフォーサーというよりPMCにおける傭兵の呼び名。
その言葉に、俺は自分が一つの事をやり遂げたとようやく実感したのだった。
どうだ。俺だってできたぞ。必死になってできたぞ――どこかに、誰かに、声高にそれを叫びたかった。
俺はやった。俺は出来た。その達成感が、満足感が、皮膚を突き破って全世界に広がっていくような気さえした。
(つづく)




