人間不適性試験5
「どういう……ことだ?」
目の前の状況を理解するためには時間を要した。
画像の加工とか他人の空似ではない。着ているスーツが違う点を除けば、完全にあのエージェントだ。
新しいタブを開いて「奥園 オリーブ会議」で検索をかける。今見ていたサイトと掲示板がトップに出てくるが、更に下へスクロールしていく。
いくつかのニュースサイトや個人サイト、自らの主義主張を訴え続ける――普段なら敬遠するタイプの――サイトもチラホラ。
それらに目を通し、手に入る情報をあるだけ集める。
他と被っているものは可能な限りソースを辿り、それが見つからないものや書き手の主観が混じっているものなどを分けていく。
それを続けて分かった事を、パソコンの横に放置していた何かのレシートの裏に纏めていく。
名前:奥園香輝
経歴:城北国際大学中退。在学時にボランティアサークル「オリーブ会議」に所属。中退後、大学から独立した政治団体となった同サークルに復帰、一時期は中心的役割を演ずるも、その後の消息は不明。
高森祐実菜自殺事件の際:サークルに所属しているも事件との直接の関係があったとは言えないとして不問に処されている。
ネット上での評価:賛否両論。自殺については無関係であるという彼の主張を信じる者。彼をはめようと関係をでっちあげられていると息巻く者。或いは反対に彼こそが首謀者であるという者。どこぞの工作員であるという者、そんな大物ではなく使い捨ての手駒に過ぎないとする者。
つまりこういう事=名前と経歴以外ろくな情報がない。
そこに自分の記憶を混ぜ合わせていく。オリーブ会議は途中からボランティアサークルから政治団体に変質していった。
そして今や大学サークルの皮を被る事さえやめて――というか、大学側に解散させられて――独立した政治団体として活動している。
そこに所属していた奥園香輝=恐らくは公社のエージェント=何故?
あの世界における公社の存在を、そう言えば俺は詳しく知らなかった。
公社=正式には先進技術振興公社。今やあの世界を三分している三大国。その超大国たちの手先となって、彼等のPG=事実上の植民地政策を代行する巨大組織。専用の他律生体とその装備品を開発し、運用する世界有数の軍事企業にして最大手PMC――本人たちはPMCとは名乗っていないが。
俺の理解など精々その程度。
大きく、しかし謎めいた組織。
奴はその公社に所属している――つまり、こちらから向こうに渡った。
そして次元跳躍技術はブローネルの独占技術であり、運用しているのは彼らと提携している我々オプティマル・エンフォーサーだけ。
つまり――?
「……」
己の中に式が組み上がっていくのに合わせて、背中に冷たいものが駆け上がっていく。
つまり、そうつまりこういう事だ=奴はオプティマル・エンフォーサーに所属していた。
そしてそれは次の最悪の可能性をさえ意味する――オプティマル・エンフォーサーとブローネルの全部あるいは一部は、公社と結託している。
「……どうする?」
二つの考えが頭に浮かび上がる。
一つ目:ビショップさんにこの件を報告し、裏切り者がもう一人いる可能性を伝える。
あの人の行動とこの前の話から考えて、何かしらの調査を行っているのは事実だろう。
となれば、この情報も何らかの形で活用できるだろし、そうすることが己の身を守ることにもつながる。
二つ目:全て見なかったことにして口をつぐむ。
ビショップさんがこの件に関わっていないとも言い切れない。もし藪をつついて蛇を出す結果になれば?その時こそ俺は自分の身を守ることなど出来なくなるだろう。
「どうする……?」
もう一度漏らした声が、薄暗い夕暮れの部屋に響く。
答えはすぐには出ない。どうするべきかなど、俺の頭では判断がつかない。
二つの意見はせめぎ合い、片方が優勢になったと思えばすぐにもう片方が挽回する。
どちらの意見ももっともに思えて、そちらに傾くと次の瞬間には同じぐらいの強さで反対に傾く。
――考え疲れてそのまま眠ってしまったのだという事に気づいたのは、真っ暗な部屋で肌寒さに目覚めた時だった。
昼寝から目覚めた時に特有の気だるさが、体をベッドの上に転がす以外の全ての機能をロックしている。
答えは出ていない。考えなければならない。
だが、そんなことが出来る状態でもない。
――夢を見た。
昔懐かしい夢。まだそんな風に思うには最近過ぎる夢。
高森がいた。何をしているのかは思い出せない。だが、確かに彼女がいて、それを俺も不思議がらずに受け入れている。
「……ぁ」
明け方付近に目を覚ます。
昨日ベッドに登ったのが何時だったのかは分からないが、体の感じからすると恐らく睡眠時間は十分だったのだろう。
ベッドから降りて水を一杯飲み干し、それからふと、夢の続きを探すように実家から送られてきたアルバムを開き、その最後の方を探す。
夢の中の高森がそこにはいた。
当たり前だが大学生の頃の彼女が、当時の俺や他の仲間と一緒に写っていた。
笑っていた。おどけたりもしていた。
俺と隣同士になっていたものもあった――ゼミの合宿の時のもの。お互いに少し硬い笑顔。
「……」
どうしてか死んでしまった高森。
何も言わず、ふっと消えて死んでしまった高森。
何もしてやれなかった。何をすることも出来なかった。
「……よし」
アルバムを閉じる。昨日の服のままだがまあ仕方ない。下着だけ替えてから急いで顔を洗う。
――その時一緒に首も洗う。切るなら切れ。
準備を終えると、土曜の早朝の町に飛び出した。向かうは勿論第一藤波コーポ。
昨日の迷いはもうなくなっていた。
「おはようございます」
向こうについて早々にキングさんと会えたのは幸運だった。
「おはようございます。突然失礼しますが、ミスタービショップはいらっしゃいますか?」
「今別件で……」
そう言いかけたところで、彼女は俺の雰囲気から状況を察したようだ。
「……こちらへ」
ただそれだけ告げると、初めてここに来た時に面接した方へと俺を案内した。
「ここは盗聴対策も出来ています」
面接部屋の更に奥、恐らく秘書室なのだろうか、小さなオフィスのような場所に通され、誰もいないそこを見渡しながら彼女がそう告げた。
「ありがとうございます」
「それで、ご用件は?」
時間もない。単刀直入に尋ねる。
「コントラクターのMIA(作戦中行方不明)と脱走者のリストはありませんか?」
質問に対応したシンプルな回答。
「残念ですが、許可がないとお見せできません」
だが、それならこの部屋に入れる必要もない。
「……ミスタービショップに尋ねたいことは?」
「コントラクターの中に、或いは過去にそうだった者の中に、公社に通じている者がいる可能性があります。奥園香輝という人物をご存じですか?」
彼女はすぐにデバイスを取り出すと、どこかへと電話をかけた。
一瞬の沈黙。ちょうどワンコールぐらいの長さでそれが途切れる。
「おはようございます。内通者の件で情報提供がありました。……了解しました」
それからすぐ、彼女は俺の方に振り向いた。
差し出されたデバイスは通話状態だ。
「どうぞ。このままです」
それを受け取り、耳に当てる。
「もしもし?」
向こうからの声に、生まれて初めて電話を知ったような反応を見せてしまったが、今更気にしている場合ではない。
「朝早く恐れ入ります。コントラクターの桂冬馬と申します」
「ああ、昨日の……。それで、内通者の報告というのは」
「まだ可能性の段階ですが――」
まず断りを入れてから、自分で発言内容を噛み締めるように続けた。
「これまでの任務で複数回目撃した公社のエージェントと呼ばれる人物が、うちのコントラクターである可能性があります」
向こうから驚きや戸惑いは感じない。
返ってきたのはただ一言だけ。
「続けてくれ」
俺は昨日の事を全て話した。奥園という男の事について、俺との関係以外で知り得る全てを。
「……成程」
その言葉が返ってくるのに少し時間がかかったように思える。
一体何を思っているのか。それを彼の声からは察することは出来なかったが。
「ミス・キングに言って、その人物についての過去の記録を照合してもらってくれ。それから――」
再度一拍置く。
「――君はどうしたいと思っている?」
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




