人間不適性試験3
わが社の専用機から通常航路へ。そしてそこから北ヴィンセント島までヘリへ。
日はほとんど沈み、薄暗い中に滑走路の誘導灯が規則的に光っていた。
その端にヘリが降りると、出迎えてくれたのは二人。レイモンドさんとフロイス博士=今回の依頼人だった。
「よく戻ってきてくれた」
その依頼人が、ヘリから降りた俺たちに真っ先にそう言葉をかけてくれた。
一体、彼の心中はいかばかりか。自分の甥を、裏切っていたとはいえオプティマル・エンフォーサーのコントラクターのせいで死亡したというのは。
彼の険しく、俺たちが帰ってくるまでに何年も経過しているかのように老け込んでしまったその表情は、俺たちの後ろ、アフリカ大陸に続く海を見ていた。
いや、恐らく見ていたのはその更にずっと先だろうが。
「……とにかく、君たちが無事で何よりだ。裏切り者は……、いや、よそう」
博士はそう言って踵を返すと、俺たちを先導して歩き出す。
「装備管理課には話が通っている。そのままで結構」
そう付け足して、ついでに全員分のチップを装備に追加して。
「助かります」
俺のその声が海風とヘリのローター音に混ざったのかどうかは分からなかった。
飛行場を抜け、食道やPXも素通りして本社ビルへ。
いつも日本との行き来に使用しているエレベーターには向かわず、その前もまた素通りして向かうのはエントランスの奥に設置された別の――普通のエレベーター。
思えば、こちら側に入るのは初めてかもしれない。
そもそもここを本社ビルと呼んではいるが、オプティマル・エンフォーサーが利用している部分はかなり少ない。
本社ビルの周囲の施設がわが社のメイン部分で、この建物はほとんど丸々マキナと次元跳躍=あのエレベーターの生産、整備、研究を担当するブローネルのスペースだ。
云わば関係会社――或いは親会社の社内に入っている訳で、俺たちが使っているエレベーターとは明らかに異なる、所謂オフィスビルのそれに妙な緊張を覚える。
広く明るく清潔なその箱は、音もなく静かに、そして上昇していることを感じさせないような程に重力も気にならずに動いていた。
動いていた――それが分かるのはハイペースでカウントされる階数表示だけだ。
やがてカウントが停止され、降ろされたのは地上18階。エレベーターの内部を延長したような白い世界が広がっている。
静かで清潔。まるで病院のようなそこに入ると、不思議と音を立ててはいけないような気がしてくる。
「さて、ようこそブローネルへ」
そんな俺たちを先導するレイモンドさんが、そんな配慮はいらないとばかりに振り返ってそう言って見せてくれた。
「早速処置に……と言いたいところだけど、まずは着替えてもらう。勿論、シャワーもある」
そう言って俺たちをエレベーターホールから複雑に折れ曲がった廊下の奥へ案内してくれた。
これはありがたかった。琉球自治区を出る前に簡易シャワーを浴びさせてもらったが、あくまで一般社会に溶け込むために血と埃を落とすのが目的のような、洗浄と言った方が近い入り方だった――自分でそうしているのだが。
「服は脱いだらロッカーに、検査着が置いてあるからそれを使ってくれ」
手慣れた感じで指示するレイモンドさんと別れて、更衣室へ。
ブローネルは世界中に展開する大企業ではあるが、それでも簡易シャワーよりいくらかまし程度のシャワールーム。
もっとも、文句はない。そのましな“いくらか”があるだけで天と地ほどに違うのだから。
「はぁ……」
熱いお湯と立ち昇る湯気で全身を包み込み、それらが疲れまで取り去ってくれるような気がして思わず深くため息を吐く。
突然お湯が切れることも、錆と古い水の混じったような臭いが充満することも、でかい虫が走り回ることもない、清潔で快適なシャワー。
そのありがたみを全身で味わいながらしかし、これで今回の仕事が終わりという訳ではない事はしっかりと洗い落とされずに脳内にこびりついていた。
体を素早く洗って外へ。言われた通り検査着に着替えると、更衣室の外でレイモンドさんが一人で待っていた。
「博士は別件でね。ここからは俺一人だ。全員揃ったら処置を始めるよ」
手早くぱぱっと――そう言って安心させるように笑顔を見せるレイモンドさん。
程なくして集合した後二人にも同様に告げて、俺たちを引き連れ今来た道を戻っていく。
エレベーターホールを通り過ぎ、そこからは新しい領域へ。廊下はいくつもに折れ曲がり、途中にある大小の無数の部屋を通り過ぎると病院のようなイメージに拍車がかかる。
そしてこれまた病院で言えばナースステーションのようなカウンター前でレイモンドさんが止まると、彼は俺たちをそこで待たせて中へ。近くにいた事務員らしき女性と何か言葉を交わしてカードを一枚受け取るとすぐに戻ってきた。
「お待たせ。すぐ近くだよ」
目の合ったその女性に軽く一礼して再出発。
彼の言葉通り、ナースステーションのようなそこを抜けて最初の突き当りを左に曲がると、その奥が行き止まりになっている廊下に出た。
「ここだ」
レイモンドさんがその行き止まりの一番奥の扉に受け取ったカードをかざしてロックを解除すると俺たちを中へ。
「手前から並んで入ってくれ」
そう言うと、細長い部屋の両サイドに隙間なく並んでいる一回り小さくしたCTスキャンのような装置を示した。
両サイドと言っても向かって左側にはカバーがかけられていて、使うのは右側だと無言で教えている。
「10分かそこらで終わるよ。頭を機械の方へ向けて仰向けになってくれ」
言われた通りにすると、ブーンと唸るような音が三つ、シンクロして響く。
枕元にあった大型の輪がゆっくりと移動し、頭全体を覆う位置まで来て止まり――それだけだった。
光が当たる訳でも、何か機械が出てきて固定される訳でもなく、ただブーンと唸る作動音だけが僅かに響くのみ。
ただ、それでも処置が始まっているのだという事はすぐ隣で何やら作業しているレイモンドさんの声で知らされた。
「じっとしていてくれよ。そうすれば10分もかからずに終わる」
カタカタとキーボードを叩く音。
21世紀ももうすぐ終わるような未来なのにキーボード操作なのか――何故かそんなどうでもいいような事が脳裏をよぎる。
「……それにしても」
そのまましばらくキーボードと唸る音だけが続いたが、退屈しのぎと言ったところか、レイモンドさんが口を開いた。
「仕方ないとはいえ、鬼も人の子だねぇ」
「鬼?」
思わず聞き返すと、輪の向こうから笑いの混じった声が返ってくる。
「フロイス博士さ。普段はなんというか……もっと頑固と言うか……はっきり言って偏屈な専門馬鹿なんだが、今回の一件が明らかになって、あんたらが無事に帰ってくると聞いた時には随分珍しくパニックになっていてね」
「まあ……甥っ子の件もあるし」
そう言った俺に、彼は思い出したように答えた。
「実際には甥っ子じゃないらしいがね」
「……それって」
「周りにはそういう事にしていたらしいけど、まあ何があったのかは分からないし、自分で始めておいておかしな話だけど、死者をあまり詮索するものでもないな。……ま、これ以上色々言うのは辞めておくけど、皆無事で帰ってきてくれたおかげで、僕も貴重な経験をしたってことさ」
さておしまい――彼がそう言うのと同時に輪が元の位置戻っていくのは、それからすぐの事だった。
「今度こそ、本当に終わりだ。お疲れ様」
俺たちを引き連れて部屋を出るレイモンドさん。
彼の宣言通りかかった時間は恐らく10分弱だろうか。特に何かをされた感覚はないのだが、それでも彼が言うのならそうなのだろう。
――そんな俺の釈然としない様子を感じ取ったのか、レイモンドさんは不意にこちらを振り返った。
「ちょっとテストしてみようか?」
「テストですか?」
小さく頷くと、声を潜めて俺だけに聞こえるような声で尋ねてくる。
「東琉球市で南洋同盟の一部と結託していたコントラクターの名前は?」
それはほぼ条件反射だった。
何かを考えるよりも先に、言葉が口をついていた。
「いえ。知りません」
その言葉が自分の口から出た事を理解するのと、彼がウィンクして見せるのは同時だった。
「とまあ、この通り」
どうやら処置は成功していたらしい。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




