人間不適性試験2
「本当ですか!?」
ガタリと音を立てる、机と椅子の両方。
可能な限り体を前にせり出して詰め寄るクロにビショップさんは小さく頷いた。
「……実のところ、今回こうして君たちとの席を設けさせてもらったのは、この話をするためでもあったのだ」
クロに比べれば随分僅かな、つまり常識的な範囲で前に乗り出して答えるビショップさん。
「今回だけではなく、君たちは今日までよくやってきてくれた。例えば北ジンバラやこの前のザウート。どれも過酷な状況と、想定されていなかったアクシデントに巻き込まれながらも確実に任務を遂行している」
今回もまた――と付け加えて俺たちを一瞥。
その時、彼の視線の動きに倣って同僚二人に目をやると、角田さんがほんの僅かに顔をしかめているのに――そして、自分でその表情筋の動きを察してすぐに隠したのに――気が付いた。
目の前の相手に悟られる訳にはいかないと咄嗟に気づいた人間がする動き=仕事が山積している状況で役員による強制参加の飲み会に駆り出された時の俺がしたそれ。
それに気づいているのかいないのか、ビショップさんは更に続ける。
「今回君たちを支援し、また裏切りの件について調査を行っていた別動隊、そこに君たちをスカウトしようと思っていた。君たちがそれを受け入れれば、そして……不正規戦適性試験に合格して適正資格を得た場合には、ね」
「不正規戦適性試験……」
オウム返しにそのスカウト条件を唱える。
そして恐らくは偶然だが、その呟きを引き継ぐようにクロが続く。
「その試験を受ければ、シロに……白河歩美に会えるんですか?」
だが、その問いに言葉による明確な返事はなかった。
「簡単な試験ではないし、かなり負担を強いる内容でもある。そして内務班、即ち今回の別動隊にしてスカウトする先の部隊もまた大きな危険を伴う任務に関わっている。しかし、そこで働いてもらうには試験に合格する素養が必要となる。実際に内務班のメンバーは皆これをパスしているしね」
それはしかし、十分に答えになっているように思えた。
今回支援してくれた部隊=白河歩美の所属する部隊=不正規戦適性試験合格が必須の部隊=俺たちをスカウトしている部隊。
この図式が頭の中に出来上がるのにそう時間はかからなかった――俺も、クロも。
「だが、もう一度言うが、この試験は過酷なものだ。……もしスカウトするのでなければ君たちに勧めはしない程にね」
そこでビショップさんのブルーの瞳が俺とクロから外れる。
「有資格者ならよく分かるだろう?」
その視線の先=言葉を投げかけられた先=角田さんが、真っすぐ相手を見たまま小さく頷いた。
「え!カクさん、この試験受けたんですか!?」
驚きと共に尋ねると、彼はまた小さく頷いた――心なしか、その表情は硬い。
そしてその硬い表情に相応しい緊張した声が対面の相手に発せられる。
「……正直なところを申し上げてもよろしいですか?ミスタービショップ?」
「言ってくれ」
ちらりと俺を見る角田さん。
「彼はともかく――」
それからクロへ。
「彼女はまだ未成年者です。あれをやらせるべきではないと思います」
意見、反論、進言、忠告、警告――言い方も受け取り方も様々にできるその言葉に、ビショップさんは静かにうなずいた。
「その通りだ。だが、同時にこうも言える。それならそもそもコントラクターであること自体が……と」
それもまた事実だろう。
いくらマキナによって守られているとはいえ、俺たちのこの仕事は高校生のバイトとしての選択肢にはまず入らない代物だからだ。
そしてその事は、彼女自身が一番よく分かっているだろう。あのコンビニでの親不孝という発言からしても。
「それは……」
「勿論君の言っていることは分かるし、私もその意見に賛成だ。だが、これはあくまで我々の都合ではあるが、少しでも芽のある者は誰でも引き入れておきたい局面にいるのも事実なのだ」
君自身も含めてね――そう付け加えてから、改めて俺たち全員を見るビショップさん。
「こんな話をしてからでは難しいかもしれないが、最後の決定権は君たちにある。君たちが試験を受けて内務班に来てくれるならそれは私たちにとって喜ばしい事ではあるし歓迎する。だがもしそれを断って、これまで通りのコントラクターを続けるとしてもその決定は尊重するし、それが君たちの今後の待遇に影響しない事は約束しよう」
48時間後に回答してくれ――それが彼の最後の言葉だった。
それから、帰路の機上。
ビショップさん達と別れ、行きと同様俺たちだけでの空の旅。
ただし、乗り継ぎ地点までだ。そこで通常の国際線に乗り継いで北アフリカ連邦へ向かい、そこからはヘリでの移動となる。
その最初の一歩=俺たちだけの静かな機内で、クロが声を発した。
「あの、カクさん」
「ん?」
「さっきの話、不正規戦適性試験って、どういう内容なんですか?」
その口調はただの興味本位という様子ではない真剣なものだった。
彼女のその問いに、角田さん=この部隊では唯一の合格者は少しだけ沈黙した。
「……勧めはしないぞ」
それから、あの場でのスタンスから変わらず、そしてビショップさん自身が言っていたのと同じ言葉を前置きした。
「まず、詳しい内容については言うことが出来ない。合否に関わらずマキナ持ちの受験者はこの後受けるのと同じ処置を施されているからね」
この後の処置というのは、あのスカウトの後に言い渡された話だった――こちらは業務命令として。
島に戻ったら、マキナの記憶コントロール部分を操作して今回の一件と内務班についての記憶を口外しないよう設定することになる。
と言っても、何も記憶を消される訳ではなく、要するに機密としてうっかり口を滑らせることがないように、マキナに登録するという事らしい。
角田さんによれば件の試験についても試験内容の漏洩防止のために同様の処置が施されるようだ。
「肉体面についてはそれほどとんでもないレベルは、つまりアスリートのような能力はは要求されない。あの導入訓練の内容がこなせているなら問題はないし、実務経験があるならそれで免除される」
問題はその後の本試験だ――そう言って、眼が疲れた時のように目元を抑える角田さん。
同時に小さくため息を一つ漏らす。
「今言ったように試験内容については教えられないが、要するにマキナの感情制御機能を限界まで引き出せるかどうかの試験が行われる。……まあつまり、心身ともに極限状況に追い込まれてもなお任務を遂行できるかという話だよ」
それから彼の眼は、俺もクロも見ていなかった。
ただ自身の足元の少し先の床――いや、そこに視線を置いているだけで、見ているのはそれ以外の何かだった。
「俺も、金沢のおっさん……先代隊長もあの試験を受けたがね――」
もう一人合格者が身近にいたようだ。
だが、思い出話と言うのには余りに暗いトーン。
「あの試験の受験者は皆、あれを人間不適性試験と呼ぶよ」
人間不適性試験。初めて聞くワードだが、なんとなく言いたいことは伝わってくる。
そしてそのイメージが間違いではなかったという事はすぐ証明された――自分語りなんてしたくないがという前置き付きで。
「俺自身も含めてね、あれに受かるとどこか自分が変わったような気がするんだよ。合格と引き換えに何か致命的な一線を越えてしまったような。悪い方に」
人間やめますか?それとも試験止めますか――どこかで聞いた表現を使った締めくくりは、まるで独り言のようだった。
「……もう一回言う。最終的にはそれぞれの判断で決める事だが、俺は勧めないよ」
念を押すようにそう言って、それ以降は低いエンジン音だけが響いていた。
(つづく)
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