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三日会わざれば28

 この坊や――この部分が最も強力だったことは言うまでもない。

 それまでの増長が一瞬で消え失せ、何かを発しようと口が中途半端な形に開かれてヒクヒク動いている。


 「た、頼む……その子は……」

 かすれる声が絞り出される。

 「なら、何をするべきかは分かるだろう?」

 隊長が腰を下ろす。目線を相手と同じに合わせ、じっと恐怖に染まった相手の眼球を正面から捉えている。

 「お前は賢い、そして強い男だ。そうだろう?」

 歯の浮くような――状況からして嫌味にもとれる――お世辞にも返事はない。

 「なら、どうするべきかは分かるよな?」

 2人の間で天井を向いていたショットガンが、投げかけられた質問を表すように比嘉の方へゆっくりと銃口を向ける。

 その銃口が、最早逃げ道などないと奴に諭したのだろう。そのぽっかりと空いた穴から体を反らすようにして、ようやくのことでえずくように奴は答えた。


 「わ、分かった……分かったから……」

 その言葉に隊長が笑顔を見せた。

 それからちらりと私を見て合図――これで済んでよかったという安堵が伺えたのは見間違いではなかったと思う。


 「……」

 写真を封筒にしまいながら、私はぼうっとこの哀れな父親にして小児愛好の変態、そして南洋同盟の幹部を見下ろして考える。

 考えてみればおかしな話だ。調べによるとこの男の南洋同盟での立場は資金調達及び交易――平たく言えばザウートでの取引を任されていた男だ。

 そこでの南洋同盟の商品=主としてドラッグやコピー品の銃火器とそのパーツ。

 そしてシーズン限定商品として人間とその“パーツ”。

 シーズンになれば今でも多くの観光客が海水浴やサーフィンを目的にここを訪れる。

 そうした連中のうち、超がつくほどの不幸と迂闊が重なった連中が毎年商品として並べられていたのだ。勿論、注文が入れば老若男女を問わずだった。


 それを捌いていた連中。ひどい時には未就学児童ですら狙った連中の幹部、少年をかき集めて欲望のはけ口にしていた男が、自分の子供が狙われた途端に真っ青になる。

 まあ、所詮はそんなものか。

 誰だって、他人の痛みには際限なく鈍感になれるものだ。目を逸らし耳を塞げるものだ。

 だがそれが突然自分に向けられれば話は変わってくる。


 「……この家の2階だ。階段を上がってすぐの部屋にある金庫の中に収めてある。旧規格の記録媒体に収めて暗号化してある。鍵はそこの机の一番上の引き出しに入っている」

 「ありがとう。聞いたな?」

 「了解。回収します」


 奴の言った通りに鍵を見つけ部屋を辞する。

 階段の下の部屋というか物置に押し込められた少年たちと目が合った。

 それらを監視している隊員の体越しに誰もが光の消えたガラス玉を二つ、こちらに向けている。

 白く細い腕が見える者は、みんなそこに注射針の跡があった。


 「……ッ」

 それから逃れるように目的地へ。

 彼らはこの後どうなるのだろう?一体此処であの男に何をされていたのだろう?

 「関わるな。考えるな」

 頭の中に次から次へと湧き上がってくるその疑問を、私は己の鉄則でかき消して任務に戻った。


 自分は自分、他人は他人。心中する気がないのなら溺者には手を出すな――私がこれまでの人生で学んだ、それが一番大事な事だった。

 私は馬鹿だったから、それを覚えるまで随分痛い思いもしたが、痛みによって体が覚えたことはそう簡単には忘れない。それこそ水泳や自転車のように。


 2階の殺風景な部屋で金庫から旧規格の記録媒体=私たちからすれば未来の技術でできたスマートフォンサイズの箱を回収。

 「シーカー2からシーカー1。卵は回収しました」

 「了解だシーカー2。こちらに戻ってくれ」

 後はこれを解析すればいい。

 ――こちらの暗号がどの程度なのかは未知数だ。もしかしたら、今解析しているザウートのあれよりも手のかかる代物かもしれない。

 だがそうでない可能性がある以上、これを調べる必要がある。


 「戻りました」

 「ご苦労だった。撤収するぞ」

 隊長は既に装備を纏めていて、私が到着すると縛り上げた比嘉をベッドに放り投げた。

 「お、おい……」

 ベッドの上で奴が首を上げる――不安と安堵が五分五分の顔。

 「忘れるな」

 その男の耳元で静かに囁く隊長。

 「俺たちはどこにでもいる。どこからでも現れる」

 つまりこういう事=逆らおうとは思うな。そしてもし今回収したデータが偽物だった場合命はない――お前も、お前の息子も。


 慰めるように奴の肩をポンポンと叩き、それから部屋を辞する彼に続いた。

 「シーカーよりベースプレート。巣の襲撃は完了。卵を回収したオーバー」

 「こちらベースプレート。よくやってくれた。そちらに車を向かわせている。コールサインはグレイハウンドだベースプレートアウト」

 今や自分の親の声より聞いている気がするベースプレート=ビショップ指揮官の声。

 それに続き紹介されたグレイハウンドと繋がる。


 「こちらグレイハウンド。あと2分でそちらに到着するオーバー」

 「了解グレイハウンド。こちらシーカー1。協力に感謝するアウト」

 通信は終了。周囲を固めていた他の隊員たちと共に比嘉のセーフハウスを後にする。

 その際、例の少年たちは置いていく。彼らの回収は任務に含まれない。

 「関わるな。考えるな」

 もう一度口の中で唱える。

 落ち着け。多分私は少し興奮している。

 原因として思い浮かぶもの=永らく会っていなかった気がする親友の顔。


 「……どうした?」

 「ッ!?いえ」

 顔に出ていたのか、家を出て回収に来た車に向かう隊長に呼びかけられた。

 咄嗟に否定したものの、さてどう繕うべきか。

 考えているうちに隊長自身が答えを示してくれた。


 「……嫌なものだ。子供を脅しに使うのは」

 ぼそりと漏らしたそれは、きっと今回初めて抱いた思いではないのだろうという事は、なんとなく分かった。

 故に、私はもう一度鉄則を採用する。関わるな。考えるな――きっと、彼もそれを望んでいるのだろうから。

 つまろ、芸能レポーターみたいに掘り返すのを嫌っているだろうから。


 「……そうですね」

 これはあくまで私の――きっと都合の良い――推測だが、隊長が私をそばに置いておくのは、この鉄則に従っているからだと思える。

 踏み込まず、踏み込ませず、近くて遠いからこそ、作戦を遂行しながら一人でいられる。


 「さて……、まあとにかくだ。回収は完了した訳だ」

 それが正しかったのかどうかは彼のみぞ知るところだろうが、少なくともいつもの調子に戻ったのは事実だった。

 「これも硫黄島ですか?」

 「ああ。そうなるな……。それと、こいつはまだ正式な決定ではないが――」

 もう一度私を見据え、そして他の連中に聞こえていないことを確認して、彼は続けた。

 「12時間前にジャクソンとアレンの連絡が途絶えた。正確なことは言えないが恐らく俺たちで現地に向かうことになる」

 「……了解」

 つまり、私たちも彼らの後を追う可能性があるという事。

 だが、別にその事に恐怖は感じなかった。


 任務があるという事は、それに集中していられるという事だ。

 つまり、他の事――鉄則の事やクロの事や、それらを得て失った事を、その時に必ず思い出される一連の事件を考えなくてもいいという事だ。


 車に乗り込み、移動を開始する。

 恐らく今回の件をミスタービショップに報告した後で、彼から正式に次の命令が下るだろう。

 そうなれば次に向かうは硫黄島。今までどこに行っても存在していた公社、そしてその公社を擁する東日本暫定自治区の統治機構『統合共同体』が直々に管理する、この世界最大のブラックマーケットだ。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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