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三日会わざれば26

 車は市街地を抜ける。

 どうやら上手く南洋同盟の支配地域から脱したようだ。

 その事実にほっと一息つき、同時にそれが疲労感として全身に巡り始めるのを誤魔化すように松原君の方に目をやる。


 「それにしても、なんでここに?」

 「いや、実は僕も桂さんがここにいるって聞いてなくて、たまたま訓練で島にいたところで声をかけられて、まあ、今月苦しかったんで……って感じですね」

 そう言って謙遜気味に笑って見せる彼の後ろ=運転席からミラー越しに視線を感じてそちらに目を向ける。

 「ああ、そうだ――」

 俺と目が合った運転手=無線でやり取りしていた相手の声が車内に響き、俺たち全員が彼に注目した。


 「あんたらに一つ朗報だ。話していた今回の燃料代、あれはチャラだよ」

 「え?」

 尋ね返した俺にミラー越しの答え。

 「さっき連絡があってな、大きなパトロンが全額持ってくれることになった」

 なんだそれは?

 有難いが、先程の裏切りの一件の後では素直に喜べない。

 そこは彼も察したのだろう、すぐに詳細が明かされた。

 「安心しろって、これは確実な話だよ。何しろ話を持ってきたのは我らがボス。ジョン・ポール・ビショップその人なんだからな」

 「……どういうことだ?」

 確かにフリッツよりも信用はおけるだろうが、それにしてもよく分からない。


 そしてその思いを代弁してくれたのは現在の――本人曰く暫定の――分隊長だ。

 「分かるように説明してもらえると嬉しい」

 俺たちのリアクションに、自分たちの持ち出した話に不信感を覚えている事を察したのは松原君の方だった。

 「まあ、詳しくは本人に聞いてください。セーフハウスで待っているはずですから」

 それから小さく、まるでどこかで話題の人物が聞いているかもしれないというように付け足した。

 「……正直、僕もよく分かっていないんです」




※   ※   ※




 「アルファの離脱を確認。支援を終了します」

 スコープの向こうに小さく見える点。そこから一度離れて自分のすぐ横に設置されたカメラをズームさせ、支援対象全員を収容した車両が動き出したところでそう伝えると、私はヘリのスライドドアを閉めてライフルから弾を抜き、セーフティを確認して機内のガンラックに戻す――最早目をつぶっていても出来る程慣れた操作。

 転落防止用のハーネスからシートベルトに切り替え、ようやく一息。とりあえず私の第一の仕事は終わりだ。


 「よし、戻ろう」

 操縦席からロス爺さんがそう言って振り返る。空を飛ぶのも飛ばすのもなんでもござれという言葉にたがわず、彼の操縦は折り紙付きだ。狙撃している時も、地面にいると錯覚するほどに揺れがない程だった。

 「お願いします」

 ヘリが機首を回し始めた瞬間、インカムによく知っている声が響く。

 ――よく知っている。忘れようのない声。


 「シロ!シロなんでしょ!?シロ!!」

 送話ボタンの上に反射的に指が伸びる。

 あと一瞬、己が誰なのかを思い出すのが遅れれば、きっとそのまま押してしまっていただろう。


 「……」

 私の返答は一つしかない。

 私は、回答しない。


 聞こえなかったことにして視線を窓の外へ。まだ獲物を探してうろついている無人機たちがぐんぐんと遠ざかっていく。

 無線周波数を変更。我々の専用チャンネルへ切り替える。

 「シーカー2よりシーカー1、ピットブルによるアルファチーム回収を確認しました。そちらに合流しますオーバー」

 「シーカー1了解。合流地点の座標を送る。作戦開始1327時を予定。アウト」

 同じ内容が操縦席にも伝わっている。ヘリがぐっとスピードを上げたのが分かった。

 ――ごめんね。クロ。私はもう、あなたの知っている私ではない。

 だからさっきの問いかけには答えられない。イエスであり、ノーでもある。


 「……シーカー1よりオールシーカー。対象を拘束した」

 時計を見ると丁度1330時即ち午後1時半になるところだった。

 私たちは東琉球市の外れ、今やほとんど人気のないかつての海水浴場の近くの別荘地にいた。その中の一つ、既に豪奢な廃墟群となっているその中の数少ない例外に。

 いくつもある部屋の中の一つ、ゲスト用の空間でもオーナーのそれでもなく、地下に設けられた納屋に私とシーカー1ことオブライエン隊長とが詰める。

 既に建物を制圧し、要所要所を私たち以外の突入チームが固めた。

 更に建物の外では、この作戦エリアに誰も入り込めないようもう1チームが守っている。


 「や、やめろ……っ!!殺さないでくれ……」

 つまり、今目の前で命乞いをしているこの男=南洋同盟幹部にしてその裏切り者を助けに来るものは誰もいないという事。

 「照合しろ」

 「了解」

 命乞いを無視して椅子に縛り付け、顔の横に同じアングルの顔写真を並べる。


 「比嘉颯太(ひがそうた)だな」

 隊長の問いに写真と瓜二つの男は、その肉で固められた顎を縦に動かして答えた。

 念のためデバイスを取り出して彼の瞼を抑え、眼球を撮影。データベースが即座に登録されている網膜と合致している事を証明する。


 比嘉颯太。南洋同盟幹部にして、公社と内通していた男。そして今回オプティマル・エンフォーサーを裏切ったフリッツ・リーを秘密裏に支援していた男。

 かなり後退した――というか、前半分は殲滅と言っていい縮れた頭髪とだらしなく膨れ上がった各部のぜい肉に、やにの臭いと色が染みついた口。

 およそ颯爽の颯の字を持つ名前に相応しくない容貌だが、まあそれについては彼を責めるのは酷と言うものだろう。名前を付けたのは彼の親で、自分の息子がこうなることなどその時は想定していなかったのが問題なのだ。彼だって、なりたくてその名前になった訳ではないのだろうから。

 ――親など、どこでもそんなものだ。


 まあ、そんな事はさておき。

 「さて、ミスター比嘉。君には色々聞きたいことがある訳だが――」

 平静を保ちながら隊長が尋ねる。その手には12ゲージのショットガンが、天井にぶら下がった照明によって銃身を鈍く光らせていた。

 「君は我々と話すつもりはないだろうし、正直我々も君のしでかした事を考えると、君の話を信じるというのは難しい。という事で、公社とのやり取りを納めたファイルがあるだろう。それがどこにあるかだけ教えてくれればいい」


 ショットガンの銃口が比嘉のこめかみに押し付けられる。

 先程までの作戦はいわばおまけ。私たちがここまでやってきたのは、これが目的だった。


(つづく)

今日は短め

続きは明日に

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