三日会わざれば25
それからまた指示通り、市場の中を通り抜けていく。
人影はなく、俺たちの足音以外に聞こえるのは、放置された鶏やその鶏のケージの近くをうろついて中と外で互いに威嚇し合う野良猫の鳴き声ぐらいだろうか。
その無人の世界を通り抜けながらしかし、まだどこかに隠れているかもしれない人間への警戒は怠らない。
と、同時にルートの確認もまた同様だ。
デバイスによればこの市場はかなり長く、屋台が大多数ではあるがほとんど商店街の様相を呈しているようだ。
その長い商店街。途中でL字に折れた先、ここからだと左に折れて更に進んだその先が、目標とするLZ=放棄された貨物駅だった。
あと少しだ。あと少しで脱出できる――その思いが足を動かす。
依頼そのものが嘘だった以上、ここに留まる必要はない。一刻も早く脱出することが最優先だ。
その考えのまま足を進め、ちょうどL字に差し掛かったところで、反射的に周囲に目をやる音が再び鼓膜を襲った。
「おい……」
ハンドシグナルで止まれと指示しながら角田さんが漏らす。
彼の聞き間違いではない。俺もクロも同じように音の出所を探している。
低く唸るエンジン音。当然ながらこの狭い、屋台だらけの道を通ることはできない。
L字の角の更に向こう。ビルの隙間から覗くここより一段高い所に道路が走っているが、そこにも車の姿はない。
だが、音はする。確かに近い、いや近づいている。
耳を澄ませると、音はどうやら右手側=L字を曲がったら背後になる方向から聞こえてきている。
そちらにも道路はあるはずだが、木材でできた背の高いフェンスによって向こうの様子を見ることはできない。そして恐らく向こうからもその条件は一緒だろう。
「とにかく、すぐに離れた方がよさそうだな」
「ですね……」
角田さんの潜めた声に同じように返し、足を速めて角を曲がる。
まさにその瞬間、インカムに叫び声が入った。
「CPよりアルファ!IFVがそちらのすぐ近くまで近寄っている。ん?待て――」
予想を的中する音の正体に嫌でも高まった緊張は、その後追加された情報と、それを裏付ける事実によって爆発した。
「奴ら様子がおかしい。道の途中で……まずい!走れ!連中突っこんでくる!!」
以上が追加情報。そしてそれと同時=凄まじい音を立ててフェンスを突き破り、一段高い道路から飛び降りて突っ込んでくるIFVの姿。
「嘘だろ!?」
「まずいぞ走れ!!」
屋台を踏みつぶし、残骸を弾き飛ばしながらIFVが動き出すのに危うく巻き込まれそうになりながら俺たちは再び走り出した。
畜生め、滅茶苦茶だ。
背後から何かが押し潰される、或いは折れる、または弾き飛ばされる音が絶えずまじりあって追いかけてくる。
流石にその状況ではそれほどのスピードは出ないようだが、それでも人の足には十分な脅威となる。奴がまき散らす音の一部になることを考えれば足は限界まで動くが、それでも全く引き離せない。
更に言えば、その状況で30mmが火を噴いているのだから恐怖は猶更だ。
「クソッ!撃ってきやがるぞ!!」
角田さんが毒づき、その間にも近くの家々の壁が爆ぜ、バラックの壁に大穴が開いて倒壊していく。
そしてその大破壊のただ中を俺たちは逃げ続ける。
「ピットブルよりアルファ、CPより連絡を受け現在急行中。間もなく屋台通りの出口に到着する。なんとかそこまで逃げてこい」
有難い話だ。だが今はそこまで行けるのかどうかが怪しい所だが。
「この野郎」
角田さんが走りながらピンを抜いたスモークグレネードを落としていく。
それを飛び越えて彼に並走していく。爆発したか、効果があったのか、確認する余裕など全くないが。
銃声、破壊、エンジンの咆哮。それらがないまぜになった中を俺たちは走り続ける。
流石は2090年の軍用車両だけはある。これほど大量の、それこそ家一軒ほどは余裕である建材やその残骸を踏み越えて進み続けるとは一体どれほどの走破性なのか。
「ピットブルよりアルファ!まもなくそちらに到着する。そちらの状況は映像で確認した。あと少しだ」
その通信が喧騒に混じって聞こえてきたのは、屋台通りの出口が見えてきたところだった。
そしてその間にも曳光弾が凄まじい音を立てて俺たちを追い抜いていき、向かいの建物の壁に消えていく。
マキナによってコントロールされた足でさえ悲鳴を上げ、いつもつれるか分からないが、それでもスピードを落とすことはできない。いつかもつれて転べばそこで終わりだろうが、止まればその前にその時点で終わりだ。
「ピットブル!奴ら撃ってくるぞ!」
その状況でなんとか叫び声を捻出。それに答えが返ってきたのは数秒後=俺たちが屋台通りの出口にあと数歩で差し掛かるタイミングだった。
「ピットブル到着した!屋台通りを抜けたらすぐ右に曲がって走れ!!」
通りの出口は片側一車線の舗装道路。正面は――30mm弾で穴だらけになっているが――コンクリートのビルがそびえ立っている。
つまり左右どちらかに曲がらなければならないが、恐らく右に彼らが到着したのだろう。
いや、到着していないと困る。
ここまでは大量の屋台の犠牲によってIFVのスピードは落ち、射撃精度もお話ならないレベルに抑えてきたのだ。それを十分なスペースのある舗装道路になど出てまだ走れなどと言われても、それは死刑宣告に他ならない。
あと三歩――最後の屋台を通り過ぎる。
あと二歩――頭のすぐ上を弾が通り過ぎていく。
あと一歩――工事現場のような設置型バリケードの隙間を通り抜けて、その先へ。
遂に屋台通りから出た。ここから先には逃げられる場所はない。
「くぅっ!!」
右に地面を蹴って急カーブ。走っている方向を変えるというよりも体の向きを変えるのに足の動きを合わせるようにして曲がる。
「!!」
「避けて!!」
そのすぐ向こうに待っていたのは、後部ハッチを全開にした大型のワンボックスカー=ピットブルだった。
そして、そのゴール地点のすぐ横、俺たちに叫んだ兵士が立膝で構えているのは、テレビカメラぐらいのサイズのランチャー。
そしてその声は今や懐かしくさえ思える松原君のそれだった。
「ぐっ!!?」
彼の言葉に従って横にすっ飛ぶ。
直後、俺のいた辺りの上空に放たれる砲撃=彼のランチャーが火を噴いた。
「うおっ!?」
急なコース変更にバランスを崩してすっ転ぶが、危うく前回り受け身で転がる。COSに格闘技術が組み込まれていて助かった。
そしてそれ以上に助かった事を、転がった勢いのまま立ち上がった瞬間に知る。
「よし!」
すぐ前で松原君の声。
目の前の光景=俺たちを追ったIFVが、その速度を維持しつつ右折を試みた瞬間、タイヤが一切のグリップ力を失ってスリップ。そのまま自重と遠心力だけが作用し続けて横転し、滑るように車体上部からコンクリートに叩きつけられる瞬間。
その原因が屋台通りの出口に広がった半透明の液体である事はすぐに想像できた。
そしてその正体が何であるかはマキナが教えてくれる。
「機動阻止システムか……」
その御大層な名前が口をついたが、要するに非常に滑りやすい液体だ。
実態をそのまま言ってしまうと間抜けだが、しかしその効力たるや、目の前でひっくり返っているIFVが物語っていた。
俺たちの世界でも研究されているらしいが、ランチャーから発射するタイプのものがあったのかは分からない。ただ、マキナに記憶がある以上この世界では普及している代物だ。
「助かった。ありがとう」
絶え絶えの息を何とか整えて松原君に伝えると、彼はランチャーを下ろして俺たちに車内を示した。
「すぐに出ます。乗ってください!」
「ピットブルよりCP。アルファ全員を回収。これより帰還する」
運転席のもう一人の声をインカムと肉声とで聞く。
帰還――ああ。そうだ。帰れる。
車に乗り込んだ瞬間、早鐘を撃つ心臓と酸素を少しでも取り込もうとする肺以外の全てが、その言葉で停止したようだった。
「CPよりピットブル。アルファの回収を確認した。ご苦労だった」
CPのどこか安心した声を合図に車が動き出す。まさにその瞬間、もう一人の恩人の声が続いた。
「アルファの離脱を確認。支援を終了します」
「シロ!シロなんでしょ!?シロ!!」
その声にクロが平素には見せない焦った様子で問いかける。
だが、インカムに響いたのは彼女の声だけ。車が東琉球を脱出しても、インカムに声が戻ることは無かった。
(つづく)
投稿大変遅くなりまして申し訳ございません
今日はここまで
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