三日会わざれば24
だが驚いているばかりでもいられない。
折角作ってくれたチャンスだ。指示の通りに一目散に走る。
作業用通路を駆け抜けて建屋の奥へ。背後からパシッ、パシッという軽い音が断続的に聞こえてくる。
その正体が連中の5.56mm×45である事は分かっている。その音の軽さに相応しくない殺傷力を持った弾が、背中のすぐ後ろで弾けているのだった。
そしてその音に混じってインカムにさっきの声が指示を続ける。
「そのまままっすぐ走って。鉄塔を離れたら斜面を下って」
更に混じる声――今度はだいぶ緊迫している。
「CPよりオールアルファ!そちらの通信が途絶えた!!何が起きている!!」
「アルファ1よりCP!トラブルが発生した!公社の連中に囲まれている!現在友軍の支援を受けつつ移動中!」
細かく説明している余裕はない。
「CP了解。そちらの位置を確認した。現在北から南洋同盟のIFV(歩兵戦闘車)が接近中だ。警戒せよ」
一難去ってまた一難。悪い事に、こちらには対抗できる装備が何もないと来ている。
その上、今から戻って取りに行くこともできない。前門の南洋同盟後門の公社の形を丸腰で突破しなければならないという訳だ。
「アルファ及びCP。こちらでも南洋同盟のIFVを確認した。支援を継続するが、こちらにも有効な攻撃手段はない。回避を最優先に」
謎の支援者はそれだけ残して通信終了。
そしてその言葉に――正確に言えば声に――反応したのがもう一人。
「シロ……なの……?」
クロの信じられないと言った様子の、その呟くような声は、しかししっかりとインカムが拾っていた。
だが返事はない。
続いてCPが所属を問いただすが、それについても返答は一言だけ「機密につき回答できない」との事。
とはいえ、少なくとも今は味方だ。ならそれでいい。
その考えは俺以外にもあったようで、角田さんが支援者の割り出しに窮したCPに投げかけた。
「CP!LZの状態は!?」
「ピットブルが間もなく到着する。現在位置からなら今いる道をそのまま道沿いに行くのが一番近いが……待て!IFVが向きを変えた!そちらに向かっている!」
随分と厄介ごとが近寄ってくる日だ。
視線を正面に据えると、ちょうど緩やかな下り坂が終わり、平坦になった道路が十字路に面するところだった。
そしてそれを確認しながらも、足は止まらずにそこへ駆けこむ。
本来ならクリアリングが必要だろうが、その余裕さえない。
そしてその省略行動の代償はすぐにやってきた。
「アルファ!右にIFV!急いで道を突っ切れ!」
その言葉に反射的に言われた方向に振り返る。
と同時に重々しいエンジン音。八輪の装輪装甲車が一台、こちらに突っ込んでくる。
その扁平な車体の上には戦車のそれを小さくしたような銃塔が一基、そしてそこから伸びている30mm機銃がこちらに向けて俯角を取る。
「畜生が!!」
毒づいた叫び。それにこたえるかのような重低音の銃声と、30mm劣化ウラン弾がアスファルトを砕く音。
掠めでもしたら粉々に吹き飛ぶだろうそれを間一髪躱して、僅か10メートル程度の横断を終える。人生で最も長い飛び出し。
だが当然、それで止まることはできない。更に数m走ってから振り返ると、自分の身長ほどの土煙とアスファルト片を噴き上げて地面を耕す劣化ウランを追いかけるように、銃声に混じったエンジン音が近づいてきた。
それを見ているのだろうインカムの声=CPからの救いの手。
「すぐ左にある路地に入れ!そこなら車は追ってこられないはずだ!!」
同じようなコンクリート製の建物が立ち並ぶ間に出来た一本の路地。道幅は3mもないそこは、更に念を押すように太い車止めの杭が三本並んでいる。
恐らくここは本来地元民たちの生活の場なのだろう、外出禁止令により人だけが消えた世界で、本来はもっと――恐らくは今まで走ってきた道ぐらいには――広いのだろうスペースには無数の屋台が所狭しと並び、それらが無造作に、最低限の通路だけを残す形で商店街のような様相を呈している。
急カーブでその路地に飛び込み、同時に背後でうなるエンジン。
杭を越えて一気に走り込むと、入り口から直線で結べない=射線の切れるところまで全力疾走。
背後で重々しい発射音が響き、付近の壁が着弾で炸裂する。
数発の射撃後、一拍置いて更に数発。そしてそこで銃声が止む。
その間にも奥へと進んでいた俺たちは、そこでようやくペースを落とすことが出来るようになった。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
久しぶりに呼吸したような気がして、空気の通るあらゆる器官が痛み、それでも限界まで酸素を取り込もうとする。
最後に全力疾走したのは恐らく高校生の頃の部活動だろうか――いや、会社勤めの時に遅刻しそうで一回あったか。
とにかく、一年以上昔のはずだが、流石にマキナは強力だ。それまでのどれより回復が早い。
だが、それすら上回る相手がすぐ隣にいた。
「とりあえず……なんとか撒いたみたいですね」
やはり若さか。
「ああ……。だな……」
「久しぶりに全力疾走しました……」
何とか余裕を取り戻そうとしているように少しだけ笑ってそう続けるクロ。
未だ息は上がっているが、それでもその余裕は決して虚勢ではないという事が分かるぐらいには落ち着いてきている。
「……元気だな」
「これでも、元陸上部ですから」
そう言ってもう一度笑って見せる彼女と同時に改めて前を見る。
八百屋、肉屋、駄菓子、雑貨――あらゆるジャンルの屋台が並んでいたのだろう。今では商品は全て片付けられ、或いはどさくさに紛れて奪われたのかもしれないが、とにかくただ看板と屋台の店構えだけが残されている。
「これ、向こうまで続いている……ってことですかね?」
「CP、IFVをひとまず振り切った。どこに向かえばいい?」
「そのまま道なりだ。市場は狭い。車両は入ってこられないはずだが、伏兵に警戒せよ」
一体どこまで続いているのか分からないが、この中を進んでいくことになる。
「……了解」
そして伏兵。警戒せよと言われても、武器になるものは何もない状態では何とかして発見されないよう祈るほかない。
その考えに至った瞬間、インカムに別の声=先程クロがシロと呼んだ人物のもの。
「一度そこで止まってください。スナイパーを発見」
条件反射で物陰に隠れ、それから辺りを見回す。
それから遠くで銃声が一度。こちらが発見するよりも次の報告の方が先だった。
「排除完了。前進してください」
「了解。感謝する」
代表して角田さんが答え、俺はその時になって初めて、ヘリが一機上空を旋回しているのに気づく。
謎の協力者――クロによればシロという人物はあそこから狙撃したのだろうか。揺れるヘリの中で風の影響を受けるにも関わらず先程からの狙撃をしているのだとすればとんでもない腕前である。少なくとも、ここまで一度も外したところを見ていない。
「ぁ……」
何かクロが言いかけ、しかし躊躇うように無言。
同じくインカムもまた沈黙に戻っていた。
(つづく)
今日も短め
続きは明日に




