三日会わざれば23
「公社だと……ッ!」
角田さんの憎々し気な声。
それに応じたのは連中ではなく、フリッツは静かに自らのデバイスを取り出して、ひらひらと振って見せる。
「持ち物を調べなかったのは失敗だったな。間抜け共」
こちらに突き出されるデバイス。彼が何かを操作すると、故障しているはずのその画面の上にはオレンジ色のランプが点灯した。
「お前たちと合流するまでどれくらい時間があったと思う?ビーコンを仕込むぐらいは訳ない」
どうやらそういう事のようだ。
公社特殊部隊は、最初から俺たちの居場所を知って、この瞬間を狙っていたのだろう。
即ち、俺たち全員がフリッツを信用して隙を晒す瞬間を。
ネタばらしをした奴の左右をJ1614Cが二体で固める。銃を構え、その向こうのバラグラバ越しの眼は感情が存在しないが故の無表情。そして当然、その手に持つ銃口が向けられているのは俺たちだ。
その中で響く静かなフリッツの勧告――虎の威を借る狐。
「全員銃を捨てろ」
目を見合わせ、それから連中の方を見る俺たち。
こちらは三人。向こうは見えているだけで八人はいる。
その上こちらは包囲され、自分たちに向けられた銃口に対して無防備なままだ。
「早くしろ。これが最後だ」
「!!」
そう言い終わると同時に、俺たちの足元に一発ずつ撃ち込むフリッツ。
直感:こいつは平気でやる。
「どうしてだ……」
「あ?」
仕方なしに銃を手放しながら奴に問いかける。
――自分の声に怒りが籠っているのが分かるが、最早隠し立てする必要もない。
「どうしてこんな真似をした」
こんな事のために俺たちは戦ったのだ。
こんな事のために、俺はあの家で女を撃ったのだ。
こいつは知らないだろうが、あれは生身であれば同じことをしたとして一生PTSDに脅かされるような状況だった。
マキナがあるから耐えられた。だが、何も感じない訳ではない。ただそれが負担にならないように感情をコントロールしているだけだ。
そんなことなど全くお構いなしに奴は肩を竦めて、ちょっとため息をついてから話し始めた――どうしようもない馬鹿の相手をしているとでも言うように。
「数学の問題だ」
「なに……」
「コインが1枚。表が出る可能性は50%。これを100回連続で投げて、100回とも全て表が出る確率は?」
こいつは何を言っている。
発言の意図が読めずに――正直に言えばその問いの答えも分からずに――黙っていると、俺たちのその沈黙をどう受け取ったのか、奴は急に声のトーンを真面目なものに変えて続きを述べた。
「傭兵の仕事って奴はそういうものだ。生と死。その二択で、運よく生を拾い続けるようなもの。だが、俺はそういう狂ったギャンブルにはいささか嫌になってきてな。簡単に言えば怖くなったのさ。知っているか?金は生きているから使える」
それから一拍、ここからが肝心だと説明するように十分な間をおいて続ける。
「アジャーニの首は随分高く売れた」
「なんだと!?」
「それじゃあ……」
俺とクロとがそれぞれ声を上げるのを、奴は面白そうに――そしてどこか勝ち誇るように――笑いながら眺めている。
南洋同盟の連中は護衛チームを暗殺犯だと決めつけて襲い掛かっている――そう聞かされていたこの任務の前提が音を立てて崩れていく。
決めつけていたのではない。知っていたのだ。或いは決めつけていたとしても冤罪ではなかったのだ。
「東人連にしてみればアジャーニは邪魔な存在だが、そのアジャーニを匿っている南洋同盟は全体としては烏合の衆でも、一部には創設以来からの熟練兵が頑張っていて簡単にはいかない。だからこそ、連中が警戒しない外部の人間が最適だったのさ」
「馬鹿な奴だな」
一言で切って捨てたのは角田さんだった。
彼は向けられた視線と銃口にも臆せずに続ける。
「傭兵っていうのは信用商売だ。いざという時に裏切りますなんて奴は、この後まともに仕事があるとは思えないが?」
それに返したのは人差し指一本と、チッチという多少オーバーなリアクション。
「俺は嫌になったって言っただろう?アジャーニの首は高く売れたとも、な。東人連は悪くない額の退職金を提示してくれた。どれほど傭兵同士の信用を失おうが、おさらばすればそれまでだ」
「それでお前は暗殺を――」
受けたのだ。この男。
「ああ。だが問題は、南洋同盟の連中が俺の当初思っていたよりは間抜けではなかったという事だよ。連中は俺の存在、そして今の仕事を探り当ててCPを襲撃した。俺は何とか助かったが、しかし同時に問題発生だ。俺と同じ生存者が一人逃げ続けている。もし奴が真実を知っていたとして、それを公表しようとしたら?答えは一つだよな?そこでお前たちに依頼を出したという訳だ。その結果はまあ、見ての通りだよな」
俺たちはこいつを助け出した。
そしてこいつを南洋同盟から守り、こうして口封じするべき相手の所に連れてきた――全くそうとも知らずに。
「さて、それじゃそろそろお開きとしようか。ここまでありがとうよ」
奥歯が軋む。
もし可能なら、今すぐあらん限りの力でこいつを殴り飛ばしたい。
だが、それが出来るような状況ではない。
公社の他律生体共はこちらに狙いを定めていて、いつでも指示一つで俺たちを殺せる。
ここで終わりなのか。
ここで死ぬのか。
「――ん?なんだ?」
その思考を中断させるフリッツの声。
そしてそれはすぐに俺たちの耳に聞こえてきた。
「ECCM展開。オールアルファ聞こえていますか?」
若い女の声がインカム内に響く。
――これは?
「誰だ!?クソ、さっきの中国語もどきか!!」
中国語もどき。奴は確かにそう言った。
そして俺もまたその意味を理解する。
「返答は不要です。秘匿通信のため公社には聞こえていません。合図したらタワーの後ろに全力で走って」
声の主は日本語で話している。
マキナを通さずとも聞き取れて会話できる、俺たちにとっての母国語。
「ちっ、まあいい。さっさと終わらせてずらかるとするか」
フリッツが通信を諦め、手に持った銃を再度こちらへ。
否でも銃口に目が行く。あと一瞬後に俺たちを殺すかもしれないそれに。
「終わりだ。あばよ――」
不意に世界がスローモーションになる。
そしてその中の数少ない例外=フリッツのこめかみを撃ち抜いて反対側に貫通する銃弾。
奴が崩れ落ちていく。ゆっくり、ゆっくりと確実に。
「走って!」
突然の事態に驚いて一瞬だけ反応が遅れた他律生体たちのうち、いつの間にか俺たちの後ろに回り込んでいた一体が顔を吹き飛ばされて倒れるその一瞬が目に焼き付いていた。
(つづく)
今日は短め
続きは明日に




