三日会わざれば22
廊下の突き当り、屋上に向かう階段に達した時には既に心は落ち着いていた。
忘れた訳ではない。しかし同時に納得していた。
ああする以外に仕方なかった。やらなければやられていた。俺が死んだ場合クロにも危険があるし、外にいる角田さん達にも危険がある。
頭では分かっているがどうしても割り切れないという類のそうした考えが、驚くほど素直に受け入れられていく。相変わらずマキナ様様だ。
人一人分ぐらいしかない細い階段を登り切って外へ。
屋上に渡された細い木の板の向こうに広がるもう一軒の家=ヘリの正面の家の屋上には、今回の目標が未だ陣取って地上を撃ちおろしている。
「よし、あいつだ」
木の板を飛び越えるように建物を渡り、一段高くなっている屋上の縁に二脚を乗せた形で掃射を続ける奴の背後へ。
「!!」
自分の銃声以外の音に気づいたそいつが振り返り、同時に給弾ベルトを揺らしながらこちらへ銃口を向けようとする――が、遅い。
腹、胸、頭――三連続で叩き込み、その勢いで後ろに倒れていく奴。
腰が縁の上に乗り、力を失った体がそのまま重力に従う。
取り落した機関銃の後を追って落ちていくそいつを見送りながら無線ですぐ下へ。
「アルファ3よりアルファ1。機銃は片付きました。移動を」
「アルファ1了解。よくやってくれた。そっちは無事か」
クロの方を一度振り返る。彼女は俺のいる場所とは反対側に降りるための階段を見つけていた。
「こちらは2人とも無事です。建物の裏に降ります」
「了解。こちらも移動する」
そこで通信終了。眼下で二つの影が足元に向かって走り出すのが見える。
彼等の後ろ=俺たちが走ってきた道には数名動いている影が見えるが、積極的に撃ってくる様子はない。どうやら反撃を受けて体勢を立て直すことを優先しているようだ。
まあいい。せっかく時間が出来たのだからその隙に移動するだけだ。
錆びついた外付け階段を降りて建物の裏へ。ちょっとした空き地になっているそこもまた建物に囲まれてはいるもの、こちらはそれまでのような人気はなく、窓は粗方打ち付けられていて、そこから覗く者達もいない。
「アルファ1よりアルファ2及び3。今そちらに出る。撃つなよ」
その通信と、発信時の地声が同時に聞こえて振り返ると、ちょうど建物の影から2人が出てくるところだった。
同時にこちらを発見した角田さんとフリッツさんが俺たちを見てそれぞれ言葉を続ける。
「よくやってくれた」
「助かったよ。ここを越えればタワーはすぐだ。急ごう」
丁度その瞬間、複数の銃声と爆発音が響いてきた――そのすぐの場所にあるタワーから。
「!」
目を見合わせる俺たち。続いてもう一度の爆発音。
「……急ごう!」
それをスタートの合図とばかりに俺たちは走り出す。斜面を登り始めた頃に見るのより一層高くなったタワーを目指して。
途中の家々は静まり返っていて、時折窓やベランダから心配そうに見下ろす連中が何人かいた他には何もない。
通報されているかもしれない――だが、今はもうどうでもいい。どうせバレているのだ。
「CPよりオールアルファ、ラジオタワー前で南洋同盟の兵士数名が発砲。直後に爆発が発生した。詳細な状況は不明だが。十分に警戒せよ」
「アルファ了解。こちらでも銃声と爆発音を聞いた。間もなく到着する」
その通信からすぐ、タワーの根元=ラジオ局が見えるところまで近づく。
丘陵の頂上付近のブロックに入り、それまでと同様に人気のない建物群を抜けた先に、一台の無人になったテクニカルが横転していた。
「南洋同盟だ。警戒しろ」
角田さんの言葉に足を緩めるが、どうやらそのテクニカルの周りに生きている人間はいないようだ。
「IEDか……」
ひっくり返って半壊しているテクニカルと、その横に出来た小さなクレーターを見てフリッツさんが呟く。恐らくさっきの爆発の正体はこれだろう。
そしてその爆心地の近く、既に封鎖されて久しいと思われるラジオ局の横に寄り添うように建っている鉄塔と、その足元にある送信施設の建屋を囲っているフェンスが一部破壊されているのを見つけた俺たちは、吸い寄せられるようにそちらへ向かう。
「さっきの爆発、二個目はこれ……かな」
そのフェンスの前、さっきのテクニカルに乗っていたのだろう兵士3人が倒れている。
全員まだ辛うじて息はある。だが、そうであることが不幸に思われるようなひどい傷は、もうじき最後の最後で苦しみ抜いた彼らがもうじきにそれから解放されることを示している。そんな彼らの中心に再びの何かが爆発した痕跡。
そして転がっている蓋だけになった空き缶の残骸。恐らくこれもIEDの残骸だろう。
「あいつだ!中にいるはずだ!!」
フリッツさんが不意に叫び、フェンスの向こうを指さす。点々と血痕が一番奥、鉄塔の下に設けられた建屋に続いていた。
「ホテル2-2よりCP!恐らく彼女を見つけた!これより接触を試みる」
「CP……。今……、電波妨……」
CPからの無線に、不意にノイズが入り始めた。
「なんだ?」
「ECMをかけられている?だが、誰から?」
俺たちは周囲を見回すが、先に行ってしまったフリッツさんを慌てて追いかける。
「おい、だから待てって……」
角田さんが二度目の注意をしつつフリッツさんを追い、俺たちがそれに続いて敷地内へ。
元は駐車場だったのだろうが、いつの間にか大小様々なバラックが占拠した敷地内は、今や建屋の前の僅かなスペース以外には、フェンスからそこまでの細道と建屋の向こうに回る作業用通路しか残っていなかった。
そしてその建屋前のスペースでフリッツさんが足を止める。
「気持ちはわかるが先に――」
「あっ、あれ!」
追いついた角田さんがもう一度注意しようとしたところをクロの発見が遮る。
建屋のボロボロの扉の奥、何らかの放送機材なのだろう壁のように高いそれの足元に座り込んだ人物が、ちらりとこちらを見ていた。
「間違いない。彼女だ」
その言葉を聞いて俺とクロが前進。角田さんもそれに続いた。
ようやく報われた。
ここまで来るまでに見た死体や、戦闘、そしてさっきの建物での出来事。
だがこれで報われた。
彼女を助けられた。ここで起きた惨劇の犠牲者を、その貴重な生き残りを、俺たちは見つけ出したのだ。
扉の近くまでよってその人物の顔を見る。間違いなく写真で見たフランシスカ・レイクその人。
「ミスフランシスカ。オプティマル・エンフォーサーです。救出に――」
そう言いかけたところで、彼女は俺たちの後ろを見て何かを言おうとした。
だが何も言葉は出なかった。
「ッ!!?」
代わりに聞こえたのは一発の銃声。
そしてそれが、彼女の聞いたこの世で最後の音。
彼女の胸元が爆ぜ、大きくのけ反った後に、がくりとうなだれて――そして、それっきりだった。
「なっ……」
「やれやれ、間に合ったな」
俺たち全員が振り返った――フリッツさんを。
即ち、彼女を殺した張本人を。
「え……」
「何やっている!!何故撃った!?」
角田さんが叫ぶ。
だがそれを気にする様子もなく悠々と銃を下ろすフリッツ。
「!!」
同時にバラックの陰やその上に一斉に現れる無数の人影。
背後のそれらをちらりと見やって、フリッツは笑い交じりに漏らす。
「ほう、J1614Cか……コマンド個体まで寄越すとはな。ハハ、随分俺も大事に思われているじゃないか」
コマンド個体――奴がそう呼んだ人影共が一斉にこちらに銃=Hk416を向ける。
市街地での作戦故か都市迷彩仕様のMARPATにRRVとECHで固め、四眼の暗視装置を装備した他律生体たちの部隊。
忘れもしない、ザウートで交戦した公社の特殊部隊だった。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




