三日会わざれば21
すぐ後ろ、今まさに背中を預けている壁を確認する。
壁紙や防音材、断熱材などを入れてはいるが、恐らくコンクリートだろう。
つまり、小銃弾程度では簡単には貫通しないという事。
クロと目配せ。ノブに近い俺が開放を担当する。
「……」
細心の注意を払ってそっとノブを掴む。ブービートラップの類はないようだ。
そのままそっと捻り、奥へ押し開け――その瞬間ノブから手を引っ込める。
僅かな時間=脳が引けと判断して神経を電気信号が走り回り、実際に腕が行動を起こすまでのラグ。その間に一斉に発生した事態――けたたましい銃声。穴だらけになる扉。粉々になる蝶番。支えが無くなって吹き飛ぶついさっきまで扉だった穴だらけの板。
想定通りの反撃にドアから僅かに離れて待機。扉を吹き飛ばした銃撃が反対側の壁の壁紙を破壊し、断熱材をボロクズに変えていく。
扉が無くなってから一秒か二秒の間続いたそれが治まった直後、扉があった穴からぬっと現れた人影が、恐らく視界の端にでも映ったのだろう俺の方に振り返った。
「殺れ」
それに対して俺が発したのはその一言だった。
そして、言われるまでもないというラグの無さで男の背後に抱き着くようなもう一人=クロ。
「ぐっ!!?」
男の口から声が漏れ、俺を見つけた眼球が可動範囲の限り後ろを見ようと動く。
だが、その努力は実らなかった。
男の眼はぐるんと上を向き、白目のまま室内の仲間たちに再会する――クロとその後ろに続いた俺の盾として。
「突入!」
声と同時に、クロの右手の03式が盾の肩越しに火を噴く。
それと同時に俺もまた引き金を引いた。突入してすぐの右側、突然の事を理解できないでいるもう一人の民兵に。
そいつが倒れるのよりも早く俺たちは前進し、その間にもクロが同じような状態で慌てて銃を手に取った左の民兵の頭を貫く。
ここまで二人とも攻撃はない。だが、まともな反応を示した敵はその直後に現れた。
「ああああっ!!」
「くっ!!」
それも俺の方に。
部屋の右側。奥まったスペース――或いはもう一つの小部屋から飛び出してきた男。
叫び声と共に突進してきたそいつの振り上げた右手にはマチェットが一振り。
袈裟懸けに振り下ろされたそれを、咄嗟に左右の手をスイッチした得物で受け止める。
銃の左側面、ハンドガードの根元辺りで受け、そのまま止まらずに、銃口が円を描くように下へと振り落とす。
それと同時=銃口を相手の輪郭の内側に入れながら引き金を引く。
1mとない距離での5.56mm弾の射撃。流石に貫通してしまうため威力は落ちるが、それでも十分に傷を与えることはできる。威力が落ちると言っても、間違いなく内臓を貫いているそれは、ただ即死から数秒死を遅らせるだけに過ぎない。
――そしてその数秒が油断ならないことは俺も知っている。奴の体が地面につく前に二発目を叩き込み、直ちにマチェットを彼方へ蹴り飛ばす。
直後、クロが正面の相手を撃ったのが、そして最後だったそいつの上に盾にしていた最初の男を捨てる。
制圧完了。この客間と思われる室内で生きているのは今や俺たちだけだ。
「クリア」
「クリア」
互いに反対の方向を確認しながら背中越しに声を掛け合い、そのまま奥へ。
上への階段のある廊下を挟んで向こう側にはリビングが、そして階段の横を抜けた廊下の奥にはどうやら風呂場があるようだ。
最低限のクリアリングだけしたらすぐに上に登ろう。危険はあるが、外で待っている角田さん達は更に危険だ。となれば、ゆっくりとクリアリングしてから進む訳にもいかない。進行方向の安全を確保したら、そのまま上に登ろう。
「!?」
その考えでまずは廊下を確認し、渡ろうとしたまさにその時、階段の上からグレネードが投げ落とされた。
「グレネード!!」
叫びながら飛び下がり、コンクリと思われる壁の向こうに、頭を廊下とは反対に向けて伏せる。オーバーに思われるかもしれないが、フラググレネードの危害半径は馬鹿にならない。
次の瞬間に響き渡る破裂音と、飛び散った破片が家中の壁や天井に穴をあける音が同時に聞こえる。
「無事か」
「はい。大丈夫です」
すぐ横に伏せていたクロの安全を確認してから起き上がり、すぐには飛び出さず壁の向こうの階段にそっと目をやる。
ギシギシと一歩ずつ音を立てながら、警戒した様子で――足の動きでなんとなく察する――降りてくる男。
警戒はしているがこちらにはまだ気づいていない。
「あっ!!」
その足に一発撃ち込んでやる。
声と共に支えを失った体が派手に落ちてくる。
一番下まで落ちたところでとどめの一発をくれてやり、それから階段の上に目をやる。
どうやらこいつ一人だけだったようだ。
それから一階部分、階段横の部屋をクリアリングする。
どうやらLDKだったようで、リビングとダイニングキッチンが一体化したそこにはしかし、生活の痕跡以外は何も見られない。
クロに合図して、階段を上がっていく。一人分の幅しかないそこは、家の広さの割りに随分手狭に感じた。
登りきった先は廊下の途中だった。
警戒しつつクロと互いの受け持ちを決定。右側の部屋=ちょうど今しがた通ってきた部屋の上の場所をクロが、反対側の廊下を俺がそれぞれ担当する。
つまり、彼女がクリアリングしている間に、この人一人がすれ違う事さえ難しい廊下に敵が出てこないか監視するのが俺の役目という訳だ。
廊下の一番奥には屋上に登るための階段があり、あれを登ればもう目標だ。
そしてそこまで誰もいない事を確認すると、背後のクロの肩に手を置く。
「クリア」
「了解。突入」
その場で方向転換し、同時に彼女がドアを僅かに開けてスタングレネードを放り込み、炸裂と同時にドアの残りを蹴り開けて突入。
「クリア」
もぬけの殻だったのかすぐ戻ってきた彼女と共に第二段階=廊下の左右にある部屋を開けながら進む。
建物の設計上右寄り左の方が小さい部屋になっているはずと考えて、手前にある左側を彼女に任せ、一歩奥の右側の扉の前に待機。突入は同時に行う。
――と言っても、お互いに既にスタングレネードは切らしている。
ならフラググレネードを投げ込むか?一瞬その考えも頭をよぎるが、交戦規定が即座に否決する。中に非戦闘員がいるかもしれない状況では使えない。
「よし……」
覚悟を決めて扉の前へ。セカンダリーに変更し手とスペースを確保。
そのまま渾身の蹴りでぶち開けて中へ突入。凄まじい叫び声に迎え入れられる。
部屋=八畳ぐらいの奥に長い寝室。扉近くにクローゼット。大きな窓の前にベッド。その上でタオルを手繰り寄せて体に巻き付けた裸の女がこちらを見て絶叫。
そしてその前に飛び出してくるもう一人=女と、そして俺とそう大して歳の変わらないような男。その手に持った拳銃をコッキング。
「ちぃっ!!」
咄嗟にその男を撃つ。右肩に当たった弾が拳銃を投げさせ、ベッドにもたれるように倒れたそいつにとどめ。二度の銃声を女の絶叫がカバーする。
「待て!大丈夫だ。何もしなければ撃たない」
どこまで効果があるのか分からない台詞を絶叫と同じかそれ以上の声で叫ぶ。
手で制止しながら金切り声を上げる女に害意がないことを示して外へ。ここは安全だろう。
その直後、女の泣き叫ぶ声に別の音が入り、反射的にそちら=すぐ隣を振り返ると、まさに左側の部屋から飛び出してきた男が侵入者をナイフで刺し殺そうとしていなされているところだった。
「くぅっ!!」
そのいなした張本人=クロは闘牛士のようにひらりと身をかわしながらナイフを持った男の腕を極め、勢いをそのままに反対側の壁に頭から叩きつけていく。
悶絶する男。同時にその手から飛んでいくナイフ。
その間に男のヒップホルスターから拳銃を奪い取ったクロが、彼の飛び出してきた部屋に立て続けに三発発砲。
ここからでは見えないが、恐らく室内に二人目がいたのだろう。
こちらの部屋の主が銃声にパニックになっている間に、クロは用済みになった盾を室内に蹴り込み、四発目を彼に撃ち込んでいた。
「クリア」
奪った拳銃をそのまま持ってそう言いながらこちらへ。
「!?」
同時にこちらの室内でした物音に反射的に銃を向けた。
その先にあったもの=死んだ男の落とした銃を探し出してそれを拾う女。
「やめろ!それを捨てろ!!」
泣いているような、怒っているような、泣きながら怒っているような女の顔がこちらを睨みつける。
彼女が何者なのかは分からない。彼女の前に倒れている、俺が撃った男と何か関係があったのかもしれないし、なかったのかもしれない。
だが誰であっても、彼女はここで死ぬべきではない。俺は彼女を殺したくない。武器を持たない非戦闘員を一方的に殺すべきではない。
マキナがそう命じている。俺自身もそう考えている。
だが現実はそうさせてくれない。
「銃を捨てろ!!」
女は銃を取った。拾ったそれをこちらに向けた。
――多分初めて触ったのだろう不器用さで。
「畜生!!」
俺は叫んだ。
体はしっかりとマキナの命令を実行した。
「……クリア」
部屋から後ずさり、扉と反対側の壁に体をもたれかける。
すぐ横に心配そうに俺を見るクロ――恐らく何があったのか知っている。何と声をかけていいのか決めあぐねている。
「……大丈夫だ」
その声が自分の口から出たことを知ったのは、次の言葉を発した時だった。
「……大丈夫だ」
それから大きくため息をひとつ。吐息と一緒に戦闘継続には余計な感情が吐き出されていく。
「先に行こう。あの階段の上だ」
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません
今日はここまで
続きは数時間後に




