三日会わざれば17
足元に転がるJ1614型をつま先で蹴りながらフリッツさんは続ける。
「ラプラスってのは、元々いくつかの分野を抱えた企業だったが、日本時代には民生品生産にだけ関わっていた。法律上そう簡単に兵器開発なんてできなかったし、何より需要もなかったからな。……もっとも、当時から一部の、それこそ他律生体部門なんかは軍事転用可能な技術だとされていたがね。それが独立後はあっさりと東人連の兵器生産のOEMを引き受けるようになった。日本時代に培った技術と設備をそっくりそのまま転用してな」
大方経営陣は初めからそのつもりだったのだろう、と付け足して。
「後はお決まりのパターンだ。東人連で使用する他律生体生産を行う傍らで公社のOEMも引き受け、更にはサイドビジネスとして一部無人兵器のデッドコピーまで手広くやっていた。まあ要するに、ユーラシア戦争前後で急増した中小兵器メーカーとしてはよくある姿になった訳だ」
以前コロンビアで受けた任務を思い出す。
あの時は北共のではあったが、やはり公社の他律生体のOEM生産を引き受ける傍らで、周辺諸国の使用する他律生体生産を行っていた。
記憶を掘り起こす作業から現在に戻ってきたのは、周囲に倒れている両軍の死体を見ながら角田さんが漏らした言葉によってだった。
「にしては、随分ぞんざいな扱いな気がするが……」
ぞんざいな扱い。その言葉を発する時に、視線は死体から建物そのものへと移っていた。
弾痕が無数に残っているのはまあ分かる。これだけ死体だらけになる戦いだ。余程激しく撃ちあったのだろう。
だが、ボロボロの壁や所々穴が開いて、薄っすらカーテンのように光が差し込んでいる天井などは、一朝一夕でそうなるものではない。
「ま、公社にしても東人連にしてもだ」
その問いかけに、訳ないといった様子で答えるフリッツさん。
「もうこの工場は用なしだったのだろうな。ラプラス本社は那覇に移転して、今や南洋同盟の手が及んでいるこの辺りで生産活動を続ける必要はない。放棄するのは何年も前から決まっていたのだろうさ」
「ですが、だとしたら何故ここを巡って戦闘が?」
クロの問いに返ってきたのは小さなため息と肩を竦めるポーズ。
「さて、そこまでは俺も分からん。とりあえず、今は早い所ここを通り抜けようぜ。死体じゃなく動く奴が追ってくる前に」
俺たちは目を合わせ、それから再び隊列を組んで行動を再開する。
下り用エレベーターの奥にも、それまでと同じような機械類とコンベアーが、そしてそれらを複雑に組み込んだ=壊れるに任せておいた瓦礫やがらくたが転がる中を、水が岩の隙間にしみ込むように進んでいく。
どうやらエレベーターが中間地点にあったらしい。同じぐらいの時間で反対側の壁についたが、そこに設けられた開いたままのシャッターの向こうには外の世界ではなく、同じような室内が続いているのが見えた。
――そして、誰かが動いているのも。
「!?」
「隠れろ。誰かいる」
インカムに角田さんの声。反応して全員が一斉に左右に散り、シャッターの前を無人にする。
「――、……。……」
何かの声。反射的にデバイスを操作して指向性マイクをオンにする。
インカムに聞こえてきたのは何者かの声――ではなく、ちょうどその瞬間に入ってきたCPの警告だった。
「オールアルファ及びホテル2-2。工場正面駐車場に車両が接近している。大型のSUVが一台。恐らく南洋同盟と思われる。警戒せよ」
「アルファ了解。現在工場内にアンノウンを確認。待機中だ」
角田さんの答えに続いて指向性マイクの声。
「――ええ。先程地下も確認しました」
その声に一瞬己の口から音が漏れた。
「これって……」
聞覚えがある。
咄嗟に隠れているベルトコンベアーからちらりと頭を出して音源に目を向ける。
どうやら声の主は通話中のようだ。シャッターの向こう。恐らく出荷待ちなのだろう左右に整然と並べられた無人兵器に挟まれた中央の通路で何かを話している人影。
それを守るように先程は死体で発見したJ1614S型が四体で周囲を警戒している。
そしてその中央から聞こえてくる声は、そして護衛の頭の間から見えるその姿は、間違いなく北ジンバラ準州でアジャーニと話していたあの男だった。
緩くウェーブした首にかかる程の黒髪の下、相変わらずサングラスのため目元は見えないが、その体格や肌の色、そして何よりマキナを使わずとも理解できる言語――間違いなく日本人。
「……奴は何を言っている?あれは何語だ?」
世界単位での話だが現地人であるフリッツさんにはよく分からないという点からしても、恐らく聞き間違いではない。
「あれは……中国語の亜種みたいなものです」
説明が面倒なので適当にごまかしておく。西洋人には日本人と中国人の区別がつかないという話を昔聞いたことがあったのをヒントについたはったり。
アジャーニとは親しげに話していたが、今ではそのアジャーニを匿った――そして守り切れなかった――南洋同盟に狙われている男が、まさにその支配地域で活動している。
クエスチョンマークが頭の中に浮かび上がるが、その間にも男と何者かとの通話がインカムに響いてくる。
「問題ありません。“トイボックス”は全て回収済み。“演習データ”も先程送信したもの以外存在しません。また、機密保持のための地下施設破壊は完了しました。地上階は襲撃を受けていましたが、守備隊は地下の施設に隠して守り切りました」
トイボックス?演習データ?何の話だ。
恐らく先程のエレベーターの向こうにそれらがあったのだろうが、今となってはそれを探すこともできない。
話からして、恐らく南洋同盟はここの地下に公社が何かを隠している事を知って襲撃したようだが、ついに目的は達成できなかったようだ。
周囲に転がっている無数の死体がその襲撃部隊と、彼等に応戦した守備隊の成れの果てなのだろう。
「ええ。はい。……それでは」
通話を終えた男が俺たちから離れるように踵を返す。
護衛がそれに追従し、連中のいる区画の更に奥=大きく掲げられたラプラスのロゴマークの下、閉ざされているシャッターの方へと向かう。
シャッターそのものは開けずに隣の扉を開けて外へ。どうやらまだ向こうに施設が続いているようだ。
「……行ったか」
フリッツさんの声。
念のため俺たちはそれからゆっくり5秒カウントしてから動き出す。
「なんだったんだ、今の……」
「分かりません。でも、間違いなく北ジンバラにいた男でした」
「ここの地下で何かやっていたようですが……」
それぞれに得た情報を確認し合う。
それに割って入るようなCPの声。
「CPよりオールアルファ及びホテル2-2、駐車場のSUVに五名乗り込んで移動を開始した。そちらに異常はないか」
「こちらアルファ1。こちらは無事だ」
返答と同時に移動を開始する。連中が出て行った後の向こうの区画へ。
俺たちの足元に何があったのかは気になるが、今は安全に脱出するのが先決だ。
「おい、これを見てくれ!」
連中が立っていた辺りに移動したところで、不意にフリッツさんが通路の右に並べられた無人機の一つの前で立ち止まった。
「何かありましたか?」
「こいつだ。ここを」
振り向いて彼の指すものを確認する。
彼の指は軽自動車ぐらいの大きさの胴体に折りたたまれた前進翼を備えたUAVの、有人機ならコクピットの後ろ辺りを示していた。
TAD-091ホルニッセ。北共の総合軍事企業が開発した偵察・対人攻撃を主眼にした無人航空機。これを小型化して施設制圧に特化させたものがザウートで使用されたグロウラーだが、ここにあるのは恐らくデッドコピー品だろう。
その機首近くにあるAI搭載スペースの近く、左右の機体にはあるパネルが取り外されて、大きくくぼんでいた。
(つづく)
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