三日会わざれば16
「CPよりオールアルファ!爆発を確認した!全員無事か!?」
「こちらアルファ1、隊員一名が負傷したが既に回復している。ここを離れるが正面は包囲されつつあり。裏口から出たい。そちらに敵はいるか」
角田さんが応答している間にも、もうもうと立ち込める土煙の向こうから銃弾が飛び込んできている。
そして断続的な銃声に混じって更に通信。
「CP了解。裏口付近に敵部隊は確認できないが、現在そちらの正面に向かって複数の武装した無人機が接近中だ。外に出たらすぐに頑丈な建物内に避難しろ。その建物から北西に放棄されたラプラスの工場がある。まずはそこに向かえ――」
デバイスで周囲の地形を確認する。
ラプラスの工場まではそれほど距離はない。無人機に見つかる前に逃げ込む必要がある。
そして工場を抜けた先には、元々駐車場だったのだろうか、広いスペースが確保されていた。
「――そこからLZまでのルートをデバイスにアップした。確認できるか」
言われてすぐ、新たなルートがデバイス上に表示される。
まるでカーナビのそれのように地図上に引かれた線が、町はずれの車両整備基地まで伸びている。
「……了解。確認した。移動する」
それだけ告げて通信終了。
LZまでの安全な移動ルート。普段ならありがたい話だが、今に限ってはそうも言っていられない。
一瞬頭に浮かぶ考え――残り一人の捜索を諦め、俺たちだけでも帰還する。
「……」
だが、その現実的な考えは浮かんですぐに掻き消えた。
変わり果てる前の個々の建物内の光景。そしてさっきフリッツさんに見せられた要救助者=フランシスカ・レイクの写真。もっと言えば彼女の写っていた集合写真。
そして、本当なら俺たちと一緒にいるはずだった、かつての分隊長の顔。
俺たちは一人失った。だがフリッツさんは一人しか残らなかった。
放っておいて帰る――その言葉は俺たちのうちの誰も言うことが出来なかった。
「よし、全員移動しよう。クロ、大丈夫だな?」
「はい。行けます」
プライマリーを失った彼女も、腰からセカンダリー=9mmオートマチックを引き抜いてセーフティを外している。
それを確認した後、角田さんとアイコンタクトで示し合わせ、俺が先頭に立って階段を下りていく。
「くっ!」
階段を下りきる直前、目の前の壁が連続で爆ぜる。
咄嗟に足を止め、スモークグレネードを階段の向こうに放り投げて一瞬停止。銃声に混じってボンという破裂音が響き、視界が覆われ始めてから移動を再開する。
「頭を下げて!」
叫びつつ自分でその姿勢を取り、煙幕の向こうからもお構いなしに撃ってくる数名に対し、カウンターの残骸を利用して盲撃ちで反撃。俺と角田さんがそうしている間に、後ろ2人が裏口を開けた。
「開いたぞ!」
フリッツさんの声に俺は空になったマガジンをダンプポーチに放り込みながら振り返る。
「よし、行けトーマ!殿は俺が」
そう言ってくれた角田さんの肩に手を置き、それから開かれた扉へと一目散。背後でばら撒く銃声が一秒ほど続き、それから足音が接近してくる。
建物の裏は細い路地に面しており、突然飛び出してきた人間たちに驚いたネズミたちが放置されて変色したゴミ箱の上から一斉にどこかへ走り去った。
裏口から見て右に進み、最初の角を左。その後は直進して通りを渡った先にあるのがラプラスの工場だ。
「待って……」
デバイスに表示されていたそのルートを辿ろうとする俺たちに、最初に角に到達したクロが静かに告げ息を殺す。
彼女に倣った時に聞こえてきたのは二つの足音。
振り返るクロ。手短なハンドシグナル=始末する。銃を使うな。
一番近くにいたフリッツさんがそれに応じて、クロと同時にナイフに持ち替える。
そしてほぼその直後、飛び出してきた民兵にクロが飛びついた。
「!?」
体格的には劣るはずのクロだが、ナイフと、何より出会い頭の待ち伏せという状況の前ではそんなものは何にもならない。こうした遭遇戦闘では先手を取ることが圧倒的なアドバンテージとなる。
相手がハイポート状態のライフルを構えるなり、手放して襲撃者に対応するなりの判断を下すよりも早く相手の懐に飛び込んだクロが、そのまま相手を引き込んで、抱き着くようにして動きを止める――その時には既に、ナイフの柄が相手の首を引き切っていた。
そしてそれを理解する頃には彼女は相手を蹴り剥がし、力を失った相手の体が後続のもう一人にぶつかったところで、フリッツさんが飛び掛かっている。
鞭のようにしなり、動けなくなった相手にクリンチのような姿勢を取りながら相手の背後、腎臓の辺りを抉り、抜いた刃が今度は首へ。
駄目押しの二の太刀を浴びせた相手からクロがライフルを奪い取る。今しがたの協力者と同じ03式。ついでに相手のマガジンも一本奪い取ってベルトに挟み込む――流石にマガジンのサイズがポーチと合わないか。
「クリア」
「お見事」
ジャージの袖で返り血をぬぐい、奪ったライフルの状態を確認する彼女にそう告げ、ポイントマン交代。
そのまま路地を駆け抜けて、目の前に現れたボロボロの工場へ。CPの言っていた頑丈な建物という表現からはかけ離れた朽ち果てぶりだが、他に選択肢もない。
体育館のようなその建物は、どうやら裏口だったようだ。
小さな事務所のような建屋が寄り添うように建っていて、案の定というべきか、その入り口はひしゃげ、隣に出来た大穴から入り込むことになった。
「アルファ1よりCP、ラプラス工場に到着した」
「了解だアルファ1。そのまま中を進んでくれ。無人機がさらに接近している」
了解とだけ返し、俺たちは廃墟の中へ。なんとか間に合ったようだ。
裏口とはいえ、こちらもそれなりのオフィスと言っていい建物だった。
といっても、多くは封鎖されており、入り込める場所はそう多くない。入ったすぐ先には小さな守衛室があり、その奥には空港のゲートのような探知機を設置した廊下が奥へと伸びている。
無論のことながら既に機能しないオブジェでしかないが、往時には一体何を警戒していたのだろうか。
その廊下を進み、大きな警告シールの張られた奥の扉を開く。
先にはまた廊下。しかし様子が明らかに異なる。
それまでのオフィス然とした――多少黄ばんでいるとはいえ――白い壁紙とリノリウム張りの床は、コンクリートの打ちっぱなしと大小様々な配管の上に覆いかぶさったグレーチングに切り替わっていた。
そしてそのコンクリートの壁に設けられた大きなはめ込み式の窓の向こうに広がる、何の用途に使われたのか分からない種々の機械の迷宮。
何らかの機械から伸びているベルトコンベアーが部屋の左右に、奥に向かって平行に走り、そしてまた別の機械に飲み込まれていく。
或いは登りと下りが逆かもしれないが、動いていない今では判断のしようがない。
そしてその分厚い窓の少し先、さっきくぐったゲートよりも更に厳重だったのだろう電子ロックの扉に差し掛かる。
電力が死んでいる以上壁と同じはずだったそこはしかし、一体何があったのか内側から大きく捻じ曲げられていて、左半分はほとんど取れかけている。
「ここは……」
その隙間を通り抜けて、その理由をすぐ理解した。
恐らく何らかの爆発物による攻撃を受けたのだろう、その扉の周囲も同様に破壊され、壁には小さなクレーターがいくつも残されていた。
そして足元に転がる複数の死体――南洋同盟とJ1614型の。
転がっている他律生体は先程のようなスカウト仕様ではなく、アフリカや東欧で戦った通常の兵士型だ。
いつものライフルだけではなく、対戦車ロケットと思われる代物を持ったまま死んでいる個体も存在する――建物内で何故必要になったのかは分からないが。
その戦闘の跡を越えて、同じようなものが転がっている更に奥へと進んでいく。
「間隔を開けろ。警戒しつつ進め……」
角田さんの指示に従い、横一列に広がって、そうした連中と機械類の間をすり抜けて。
この空間の中間程のベルトコンベアーの終点で再度俺たちは合流する。辺りが滅茶苦茶に破壊されていて、進めるルートが限られていたことで。
「ここで一体何が……?」
そこで初めてクロがこの空間について感想を述べた。
「反乱……って訳じゃなさそうだがな」
近くに転がっているJ1614型と、彼等の前で固く閉ざされた扉を見ながらフリッツさんが呟いた。
「反乱?」
「ああ。そうか、知らなかったか」
尋ね返した角田さんに対してその扉の向こう=下へ降りるエレベーターを見ながら、彼はぼそりと続ける。
「ラプラスはここで、公社の他律生体を造っていたよ」
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に
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