三日会わざれば15
ベランダから下を見下ろす。
バラバラと近寄ってくる南洋同盟の民兵たち。
その動きはバラバラで、道の真ん中を堂々と走ってくる者や、建物の影や放置された車両などに隠れながら近づく者、それらの後ろに隠れるようについてくる者と、全く千差万別。
一つだけ言えるのは、練度は大して高くないという所だろうか。
「これは……駄目か」
遺された汎用機銃に手をかけ、焼き付いた銃身と溶けたハンドガードに気づいて諦める。
その銃の残骸が、そしてその足元に放置された空になった弾薬箱が、戦闘の凄惨さを物語っていた。
とにかく、置き土産が使えない以上は自前の武器でなんとかするしかない――持ってきた弾が足りるかは別として。
セーフティを解除し、セミオートに切り替え。
再びベランダから正面の道を見下ろすと、まさにその瞬間に爆竹を炸裂させたように銃声が響き渡り、反射的に身を隠した。
「撃ってきた!」
パッと音を立てて、身を隠しているベランダの手すりの頂上がはじけ飛び、即席陣地の形成に使われた土嚢に弾丸がめり込む。
恐らくここの防御力はあくまで最低限だ。あまり長くは持つまい。
「ちぃっ!」
なら?攻撃は最大の防御なり。
第一陣の銃撃の隙間を狙って反撃に転じる。
起き上がりざまに手直な人影に狙いをつけ、同時に発砲。
二発叩き込んですぐに隣へスライドし、そのまま再度二発。同志二人が倒れたのを知った他の兵士たちが蜘蛛の子を散らすように道の左右へ逃げていく。
「っと」
それからワンテンポ遅れて、彼等を迎え入れた建物や車の影から第二陣の銃弾が飛来して、俺は再び隠れる。
その時に聞こえた耳をつんざく連射。
それが隣のベランダ=角田さん達のいるところから聞こえてくるのを悟って再度顔を出す。
上手い事隣が牽制と陽動になってくれているチャンスを逃がす手はない。先程弾が飛んできた方向に構え、こちらに気づくのが遅れた連中に向かって一発ずつ撃ち込んでいく。
「ちっ」
流石に全弾命中とはいかないが、それでも相手から反撃に転じる時間を僅かにでも奪えたことは意味があった。
重く、大きい銃声。俺の5.56mm×45とは明らかに異なるそれが、すぐ横で響いた。
ドットサイトの向こう、今俺が撃ち、そして外した相手が、隠れているセダンのトランクから引きはがされるように後ろに倒れる。
「タンゴダウン」
「ナイスキル」
撃った張本人は、周囲からの反撃も意に介さず、更にもう一発。今しがた斃した相手の奥に隠れていたもう一人が後ろにひっくり返った。
それに続くようにこちらも再度銃撃。勇敢なマークスマンに対抗するこれまた勇敢な民兵が倒れる。
ここまでで5人を撃った。
だがそれで相手の動きが止まった訳ではない。
「突っこんでくるぞ!」
「近寄らせるな!」
叫び声が交錯。ほぼ真下に銃口を向けて、足元まで肉薄してきた相手に向けて引き金を引く。
手が足りない。
角田さん達は東側から殺到する別動隊――というよりも規模から考えてそちらが本隊か――の相手で手いっぱいで、俺たちの方まではフォローできない。
そして彼らの相手に比べれば数は少ないとはいえ、こちらの担当する正面の連中は、練度の割に士気は高い――或いはこいつらも薬物でハイになったまま突っ込んできているのかもしれないが。
ベランダという場所は斜め下に撃ちおろす利点はあるが、ひとたび足元に入り込まれてしまうと反撃は難しい。
銃座が使える場合や、迎撃に十分な人員を充てられる場合なら問題にならないだろうが、今ここで連中を抑えているのは俺たち2人だけだ。
そして向こうにそれがバレつつある。
複数名が物陰から猛烈な射撃を繰り返し、その隙をついて他の連中が肉薄を敢行。
当たるを幸いに――というか当たることなど端から期待せずにばら撒いているだけとはいえ、少しでも警戒しなければ、最低でも注意を向けねばならない状況が生まれるのは、この状況では致命的だ。
「数が多すぎる……」
漏らしながら近寄ってくる相手の脳天に一発。
建物内に入り込まれれば、背後を晒すことになる俺たちには致命的だ。
「取りつかれました!入ってきます!」
クロが隣で叫ぶ。
咄嗟に俺が動いたのは、その声の直後だった。
「ここを頼む」
報告にそう答えて肩にポンと手を置く=離れる合図。
「あっ、待って。私も――」
「接近を防いでくれ」
本音:加勢してもらえるのなら何よりありがたい。
どれほどBMSにより傷が瞬時に回復できるようになっているとはいえ、腕が無くなってしまえばポンプを打つことはできない。
それに何よりどれほど入り込んできているか分からない状況に一人きりで対応するのはあまりにリスクが高すぎる。
だが同時に、こちらに対応する人員を2人とも後方に回してしまうのは、その対応の間近づいてくる敵に対し無防備になるという事を意味している。
なら選択は自ずと決まってくる。
即ち、敵に背後を見せず、かつクロと互いにカバーし合えるギリギリの距離。
扉が無くなった部屋の入口に戻る。
やるべきことはこのまずこの2階エリアを守りきる事。
階下まで範囲を広げるのはその後、クロでも角田さんでも頼れるようになった時だ。
「……」
入口越しに廊下に目をやる。まだこちらには姿が見えない。
――いや、いる。
階段下から近づいてくるかすかな足音が銃声や叫び声に混じる。
「ッ!!」
そしてそれに気づいた直後、階段を上ってくる頭が2つ。
まだだ。まだ撃つな。銃を構え、その時をじっと待つ。
嫌に長い一瞬が流れ、自分の鼓動がこの混乱の中で異常なほどしっかりと聞こえてくる。
そしてその嫌なスローモーションの直後、一人の男がぬっと階段から姿を現した。
「!?」
一瞬の交錯。奴と目が合う。続いて銃口が。
狭い廊下に銃声が反響し、その中を奴が階下に引きずり込まれるようにして落ちていく。
俺の放った弾:少なくとも2発が命中。
奴の放った弾:俺のすぐ横の壁で跳弾して廊下の奥へ。
咄嗟の直感:結果が逆でも何もおかしくない。
「コンタクト!背後に階段に敵!」
叫びながらセレクターをフルオートに。廊下へ飛び出し、階段に銃口を向けたまま、今斃した相手を追いかけるようにそちらへ移動。
ポイントマンが落ちてきたことで足止めを余儀なくされたバックアップを見つけるのと、奴が俺を見つけるのにはほんの一瞬の――しかし致命的なラグがあった。
「!!」
奴が手放してしまったライフルを拾い上げる。その時にはこちらは既に奴に銃口を向け、照準をつける前に引き金を引き絞っている。
まるで映画――ミシンで縫うように床の着弾が直線を描いて階段の下に突っ込んでいく。
直線はすぐに奴の元へと到着し、その体を駆け上がり、大の字の姿勢で相手を押し倒した。
「タンゴダウン」
報告しながら、今ので最後だという事を確認。
とりあえずこちらは済んだ。再びクロの支援に移る――そう考えて振り返った瞬間に叫び声。
「下がれ!!」
それがフリッツさんの声であるという事と、クロに向けて言っていたという事と、それを言い終わる頃には既に彼女は言われた通りにしていた=こちらに向けてターンして飛び込んでいたという事と、その理由がやってくるのとは同時だった。
「うおっ!!?」
それから俺の声が喉から吐き出されるのには一体何世紀必要だったのだろうか。
その間に、クロが急加速して俺に突っ込んできた。
その衝撃と質量とが俺を廊下に押し戻して、彼女を抱えるように尻もちをつかせる。
爆音と、凄まじい煙。ベランダは見えなくなっている。
その異常な――この状況では正常な――事態を把握するのに必要だったのは、そしてすぐにもたらされたのは、煙の切れ目に見えた、鋭い軌道を描いてこの建物から離れていくランフォリンクスの姿だった。
50mm短距離ロケット弾。奴が腹に最大4発抱えられるそれが、ベランダとその周囲の床をクロごと吹き飛ばした。
「クロッ!しっかりしろ!」
呼びかけにも反応はない。
ぐったりともたれかかる彼女の体からは力が抜け、投げ出された足は膝の辺りから痛々しくズタズタに引き裂かれていた。
「待っていろ……!」
その足を見て反射的にポンプを取り出し、髪の毛を避けて首へ。
「ぐっ!うっ……」
ビクンと体が跳ね、意識を取り戻した彼女が跳ね起きるまで一秒ほど。
「よし、動けるか?」
「えっ、あっ、はい……ありがとうございます」
飛び跳ねるように俺から起きると、背後を振り向いて何があったのかを理解した。
――ついでに、自分の武器もなくなってしまったという事も。
「そっちは無事か!?」
煙の向こうで角田さんの声。
そこで初めて、彼等が近くまで退いてきている事。ベランダと、彼等の頭上の辺りが無くなっていることに気づいた。
「何とか生きています」
「よし、とはいえこのビルはもう駄目だ。下に降りて裏口から外に出る」
そこまで言って、俺たちの状況を見る角田さん。
「トーマ、まだやれるな?」
疑問形での断言。勿論こちらの答えは決まっている。
「大丈夫です」
「なら俺と下に降りてくれ。二人はその後に続け」
「「「了解」」」
移動開始。自分のライフルを確認して動くことを確かめる。
「よし……」
銃に問題はない。なら、後は俺次第だ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に
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