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プロローグ

 いつの間にか眠り込んでいたらしい。

 流石にこの辺りで直射日光に照らされるのは、それだけで疲れるものだ。

 座ったまま眠るのは前職で――正確に言えばその通勤時間に――身についた一種の能力だった。決まった時間、決まった場所で眠れるというのは。


 「さて……」

 ベンチから立ち上がり、少しストレッチしてから部屋の片隅に置かれたコーヒーメーカーへ。

 プラスチックの取っ手をつけた紙コップに黒い液体を注ぎ、少しぬるいそれに片手で開いたコーヒーフレッシュを一つ流し込む――片手開けは前職以前からできた、誰に誇れるでもない特技。


 「お、交代だな」

 「ええ。お疲れ様です」

 半分ほど飲み干したところでぬっと先輩が顔を出した。その目は俺と、その顔の下に持ち上げられている紙コップに注がれる。


 「よくこんな暑い所で熱いもの飲む気になるな」

 この部屋は――外に比べればいくらかは――涼しいが、一歩外に出れば強烈な日差しと熱とが俺たちを囲む。

 「まあ、目覚ましっすよ」

 実際のところを隠さず伝え、半分ほど残っていたコーヒーを飲み干した。

 特にコーヒーにこだわりがある訳ではない。だが少なくとも、この世で最後に口にしたものになるのは勘弁だと思うほど悪くはない――たとえ温くとも。


 そう。この世で最後に、だ。

 そうならないことを祈っているし、そうならないようにする方法は頭と体に刻み込まれている。そしてそれらを実行するための――最小限としか思えないようなものではあるが――装備品もまた揃っている。


 「よし、行こうか」

 「はい。お願いします」

 紙コップを捨てて、彼と共に部屋を後にすると、隣の部屋に入って己のロッカーを開け、中から仕事道具を取り出す。

 5.56mm×45のアサルトライフル。45口径のオートマチックハンドガン。マガジンポーチに予備マガジン3個を納めたプレートキャリアにはラジオポーチに無線機も。所謂兵隊さんの装備=今の仕事道具。


 「セイフティよし。装填よし」

 無論使用前点検を忘れずに。

 前職とは違う業界に再就職する――これは珍しいことではないだろう。

 それが傭兵――滅多にないだろうが、ない訳ではない。

 おれは今、その滅多にない例になっている。

 「ハウスよりブリッジ」

 耳につけたインカム越しに聞こえてくる先輩の声。すぐに低い男の声が返ってくる。

 「こちらブリッジ」

 「現在時一四〇〇。これより定時巡回を開始する。ハウスより“レッド”ルートを使用。ブラヴォー2及び3の二名。装備A1オーバー」

 「一四〇〇の定時巡回を開始。ルートはハウスよりレッド。ブラヴォー2と3が装備A1で行う。了解した。進路は現状を維持する。ブリッジアウト」


 その通信の直後に緊迫した声の別の通信が入り込む。

 「こちら右舷ウィングよりブリッジ!2時方向に接近するドローンあり!」

 だがその声に対する回答は苦笑――それと多少の苛立ち――交じりのものだった。

 「アルファ2、こちらでも確認している。それは届け出のあった海洋観測用ドローンだ。本船の進路上にも侵入していない。攻撃はするなよ。ブリッジアウト」


 ブリーフィングで伝えられているだろうし、支給されているデバイスを向ければドローンの登録番号から所有者から確認できるはずだが、どうもあのアルファ2=今回が初任務の新人はそそっかしい。

 「あいつ大丈夫かよ」

 先輩と目を合わせて笑いあう。

 「昨日アルファの隊長がぼやいていましたよ。『気楽なクルーズになると思っていたがなぁ』とかなんとか」

 それからもう一度苦笑。それでいい感じに目も覚めた。


 部屋を出て通路を進み、最早覚えた急こう配の階段を登って扉を開けば、そこから先は今日の仕事場。

 「う……」

 ミラーボールの上を走っているのかと錯覚するほどにギラギラと輝く海面を疾走する貨物船の甲板だ。

 貨物船セントバーンズ号。恐らくあと一時間ほどで紅海に入る。

 目指すはその最奥スエズ運河。俺たちの仕事はそこまでだ。

 そこで船を降り、そして家に帰れる。

 「まったく……」

 一緒に甲板に出た先輩が、痛い程の日差しに眉をひそめた。時刻はまもなく午後2時=一日で一番暑い時間帯。

 中東の凄まじい日光は、外に出て数歩のうちに服の上から着ているプレートキャリアを即席の暖房器具に変えてくれる。


 「この辺りに来るたびに思うよ。これで本当に未来なのかね?」

 そう言う先輩の眼は、水平線の辺りにある茶色の陸地と頭上の巨大な光源とを交互に行き来している。

 そう、ここは未来だ。

 正確に言えば2090年。それも、もう一つの地球の。


 前職とは違う業界に再就職――よくある

 それが傭兵――滅多にないがまるっきりないとは言い切れない

 勤務先が未来の異世界――それ以上に滅多にない。


 だが、ありえない訳ではないことは、俺とこの先輩を含む、この船で海賊共ににらみを利かせている連中が証明している。


(つづく)

「剣と魔法の異世界ファンタジーとかVRMMOとかは書いたし、そろそろ火薬と硝煙の異世界があってもいいじゃない」

とか脳みそが言い出した結果始まりました新シリーズ。

いつものお願いではございますが、生暖かく見守って頂ければ幸いです。

それでは、御用とお急ぎでない方はどうぞお付き合いください。

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